会議

 昼食が終わり、傷心のマリーシアが村長夫妻の家を後にした後、アーシェラはすぐに村の主要人物たちを招集した。

 村人たちを集めた理由は勿論、新たに村に来た神官の取り扱いについて話し合うためだ。


「ヤァ村長! ヤアァ村長っ! 随分と厄介なのを抱え込んじゃいましたなっ! ヤーッハッハッハッハ!」

「あの子のせいでミーナが落ち込んでいますわ。あの子に反省の意思がないのであれば、私も少々厳しくせざるを得ませんわ」

「とはいえ、将来的に村に移民を呼ぶとなると、この手の軋轢はどうしても避けられん問題でもある」

「やれやれ……リーズ様やアーシェラにまで噛み付くなんて、あの子は結構厚かましいんだねー」


 ブロス、ミルカ、レスカ、それとオブザーバーとして参加したシェマの四人が、それぞれ席について、出されたお茶を飲みはじめた。彼らを呼んだリーズとアーシェラも、昼食を片付けてすっかり落ち着いたようで、いつものようなのほほんとした雰囲気になっていた。


「ごめんねみんな、忙しいのに集まってもらって」

「まったくですわ。私はこれから明日の仕事の準備がありますのに」

「おいミルカ、お前のそれは単なる昼寝だろう。そんなことを繰り返していると、いつかアイリーンみたいになるぞ。まあそれはさておき、村長……本当にあのマリーシアという神官をこの村で受け入れ続けるのか?」

「僕としてはそのつもりだよ。ただそれは……あくまで個人的な意見にすぎない。何しろこの問題は、僕だけが我慢すればいいというものじゃないからね」


 開拓村ができてから、新しく村に加わった人間はマリーシアを含め4人――――そのうちリーズは、村人になる際にすったもんだあったが、リーズ自身が非常に協力的で、かつアーシェラの大切な人ということもあり、村人たちはむしろ一丸となって彼女を受け入れた。

 そして次に開拓者見習いのフィリルと、パン屋見習のティムが来たが、彼ら二人はあらかじめ来るということがわかっていたし、何よりも二人とも素直な性格だったため、問題なく村に馴染んでいる。

 しかし…………今回村にたどり着いたマリーシアは、この村に来たのはほとんど事故のようなもので、彼女自身の意思ではない。その上、早速村人たちとの間に溝を作り始め、いちゃもんを付けるなどして、村人たちの神経を逆なでしているのである。

 例年より余裕があるとはいえ、ただでさえ厳しい冬の季節にこのような問題を持ち込むのは、村人たちにとって大きな負担となってしまうだろう。なのでアーシェラは、何をするにもまず村人たちの賛同が必要と考え、こうして話し合いの場を設けたのだった。


「彼女が村に馴染むまでは、当然僕の方であらゆる手は打つ予定だ。けれども、マリーシアがちゃんと村に馴染むには、どうしても村全員の力を借りる必要があるんだ。だから、不満があるなら今のうちに言ってほしいし、受け入れ反対が多数意見であれば、僕も考えるよ」

「ヤッハッハ! 私たち一家は、子供たちにさえちょっかい出させなけれりゃ、別に構わないよ! あ、でも食べ物を粗末にしたら怒るよ……ゆりしーがねっ! ヤーッハッハッハ!」

「私も別に構わん。とはいえ、フリッツにいちゃもん付けるようだったら殴るがな。ま、村長ができるというのだから、私はそれを信じるまでだ」


 まず、普段そこまで関わり合いにならないであろうブロスとレスカは、受け入れについておおむね追認することにしたようだ。

 彼らもマリーシアが早速イングリット姉妹に迷惑をかけて、あまつさえ村長夫婦にも食って掛かったことは聞いているが、逆に言えばその程度が彼女のできる限界だということも見抜いている。武器を持った荒くれ者が村に押しかけてきたというなら話は別だが、マリーシア自身は色々と煩いだけで、最悪無視すれば害はないということなのだろう。

 むしろ、この程度のことで村を追放してしまう方が、彼らにとっては後気味が悪いし、レスカが言っていたように将来的に移民を受け入れるとなれば、これよりもっと面倒な問題がたくさん出てくるだろう。ならば、まだ人数が少ないうちにいろいろと問題点を洗い出しておくのも一つの手である。


「レスカさんはどう? これからはマリーシアちゃんをリーズたちの家で引き取った方がいい?」

「お気持ちは嬉しいですわ。ですが、夜の新婚夫婦と寝る場所を共にするというのは、マリーシアさんにとっても、村長夫妻にとっても、色々とよろしくありませんもの」

「それもそうだねー! せっかく結婚したばかりなんだから、夜くらいは二人っきりで過ごしたいよねー!」

「そ、そうだよねっ! えっへへ~♪ マリーシアちゃんには悪いけど、リーズたちにも大切な仕事があるもんね♪ ね、シェラっ!」

「う、うん……」


 マリーシアの面倒よりも、リーズとアーシェラの夫婦生活に支障が出ないようにすべきというミルカとシェマの言葉に、リーズは満面の笑みを浮かべてうきうきで同意し、アーシェラは恥ずかしくなって、赤くした顔を伏せてしまった。


「……僕たちとしては嬉しいけれど、レスカの方は大丈夫なのかい?」

「いくらあの子でも、寝るときの作法なんてないでしょうし、うるさいならばテルルに頼んでお眠にしてあげればいいのです」

「ああ、あのおおきな羊かー…………初めて見たときは、俺もびっくりして腰が抜けるかと思ったよー」

「その代わり、と言ってはなんですが、夕食だけ暫くは村長の方で面倒を見ていただけますか? 朝食は別時間にして、お昼はお弁当を用意しますが、夕食だけはどうにもなりません」

「わかった。僕としても、せめて村人たちと一緒の食卓に着けるようになるまで、みっちり教育しなおすよ」

「ヤハハ、なんだかんだで皆さん面倒見がいいですナ! できることがあれば、うちも協力するよっ」


 こうして、話し合いの末マリーシアの受け入れは満場一致で承認された。

 各家庭の受け入れの分担と、彼女の矯正――――もとい教育方針もある程度決まり、ひとまずこの村から追放するという機運が生まれなかったことに、リーズとアーシェラのみならず出席者全員がほっとした。


「いやーよかったよかった! せっかく助けたのに、あの子自身のせいでまた山向こうに持って帰るってなったら、俺もやりきれないからねー」

「腐っても神官だ。基本的な治癒術は心得ているだろうから、怪我をしたとき薬品の節約になる。少なくとも無駄飯ぐらいにはならないはずだ」

「とりあえずあの子には、早いところ家を作ってあげよう。いつまでも住居をほかの人におんぶにだっこじゃ、私たちだけじゃなくて、本人も心許ないだろうからね。ヤッハッハ」

「だったらエノーとロザリンデのために建ててる家を、マリーシアちゃんに使ってもらおうよ! あの家ならもう少しで完成するから!」

「そうだね、あの二人には悪いけれど、今住んでいる人の方が優先だ。僕も時間があったら、なるべく家の建設に力を貸すよ」


 受け入れることが正式に決まった後は、今後の受け入れ態勢について話し合われた。

 フィリルやティムのような住み込み修行を行わない以上、マリーシアには自分の家に一人で住んでもらうほかない。今まで神殿で四六時中集団生活を送ってきた彼女が、どこまで一人暮らしに耐えられるか定かではないが…………彼女は独特なプライベートの持ち主なので、各家庭に同居するのは現実的ではないだろう。

 後はいかに無理なく彼女を村に馴染ませるか、改めてリーズとアーシェラに責任がのしかかる。今は協力的な村人たちも、今以上にひどくなれば考えが変わるとも限らないのだ。


「ふー……とりあえず当面は、色々と様子見だね。みんな、協力してくれてありがとう」

「大丈夫っ、マリーシアちゃんはリーズとシェラで何とかするから!」

「なぁに気にすることはない。あの勘違い貴族が来た時よりははるかに楽だ。むしろ、何かあれば私も積極的に手伝うぞ。お尻ぺんぺんくらいならいつでも頼まれてやる」

「まあ、お尻ぺんぺんは私がやりたいですわね。あの子が涙目になりながら許しを請う姿を想像すると………ふふふ」

「ヤハハー、じゃあうちはゆりしーにお任せするかなっ! ああでもパン屋のヴァーラさんも威力がありそうだし、迷うね!」

「みんな、なんでそんなにお尻ぺんぺんしたいのさ…………」


 とはいえ、なんだかんだで村人たちもそれなりにストレスが溜まっているようだった。


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