畑 Ⅱ

 意識不明だったマリーシアが目を覚ました、その次の日の午前中――――リーズとアーシェラは、家の裏手の薬草畑で肥料となる土を撒いていた。


「さて、今日はこんなものかな。冬の間は植物が休眠するから、土に栄養を蓄えておくんだ」

「へぇ~植物も冬眠するんだねっ! シェラって物知りっ!」

「あはは、これもデギムスさんからの受け売りだよ。農業の大変さは、僕もつい最近知ったばかりだからね」


 つい先日まで南西の湿地帯の調査に赴いていたため、その間薬草畑は留守の住人達に草むしりなどの最低限の管理のみを依頼していた。

 長い間放っておいた分、手間をかけて作業して、不在分を取り戻さなければならない。


 リーズたちがまいた肥料はブロス一家が作った特別製で、秋の間に村の南にある森で、大きく掘った穴へ大量の落ち葉とともに人やヤギの「落とし物」を投入して、3か月発酵させている。

 肥料精製穴は村から少し離れたところにあり、ときには村にまで漂ってくるほどのかなりきつい匂いを放っていたのだが、気温が低くなって発酵が落ち着いた今では、匂いはほとんど出ていなかった。

 これを一度にたくさんではなく、数日に一回少しずつなじませるように畑に撒くことで、成長に使った土壌の養分が回復するのだ。



 そんな二人が畑仕事をほぼ終えた頃、羊飼いのミーナがたった一人でこちらに歩いてくるのが見えた。

 しかも、いつもの天真爛漫な明るさはなく、何やら落ち込んでいるようだった。


「あれ? ミーナちゃん……どうしたのかな?」

「また羊が脱走した、というわけでもなさそうだ。とすると……」


「村長……リーズお姉ちゃん、こんにちは……です」


 二人のところまできたミーナは、おずおずと頭を下げて挨拶をしてきた。


「ミーナちゃん、どうしたの? 今日は元気ないけど……?」

「はいっ……その、村長とリーズお姉ちゃんに「れいぎさほう」を教えてもらいたくて。特に、お食事の時のマナーとか……」

「礼儀作法? さてはあの子がさっそくやらかしたようだね」


 なんと、ミーナは食事のマナーをはじめとした、礼儀作法を身に着けたいと申し入れてきた。

 かなり唐突なお願いだったが、アーシェラとリーズはすぐ原因に思い当たった。というより、原因はそれしか考えられなかい。


「何があったか、リーズお姉ちゃんに話してごらん」

「実は今日の朝ごはんのことなんだけど――――」


 ミーナの話によれば、今日の朝ごはんは、一晩寝て体が動くまでに回復したマリーシアと共に食べたのだが、その際にマリーシアがミーナの食事のマナーについて山ほどケチをつけたようだ。

 やれフォークの持ち方がなってないだの、口を開けすぎるだの、姿勢がどうだのと、とにかくほんの些細なところまで口出ししたため、ミーナは食事中身動きがほとんどとれなくなってしまった。

 それだけでなく、村の中でも特に上品に食べるミルカにまでダメ出しをしたらしく、ミルカが完全に臍を曲げてしまい…………


「我が家の食べ方にそこまで口出しされる謂れはありませんわ。気に入らないのでしたら、今後は別の家でお食事を頂きなさい。もっとも、ほかの方が受け入れてくれれば、の話ですが」


 と言って、朝食を食べるのをやめてしまったのだそうだ。

 幸い、病み上がりのマリーシアの食事を取り上げるようなことはしなかったが、ミルカはもう二度とマリーシアと食卓を共にしたくないと言っている。


「う~ん……なんとなく、昔のロザリンデに似た雰囲気があったけど、そこまでいろいろ言うなんて……」


 容体の回復まで家に泊めてもらい、食事まで用意してもらっている身にもかかわらず、用意してくれたイングリッド姉妹にダメ出しをすると聞いて、リーズは思わず絶句してしまった。

 しかも、心優しいミーナがわざわざ二人のところまできてこのような話をするということは、マリーシアのことは誇張でも何でもなく、むしろもっとひどいことを言われたのをマイルドにしている可能性すらある。


「なるほど……で、ミーナはどうして礼儀作法を身に着けたいと思ったの?」

「えと……このままだと、マリーシアちゃんに食事を食べてもらえないから…………

私がきちんとした食べ方ができれば、またマリーシアちゃんとご飯食べられるかなって……」


 寝台を一つ明け渡し、さらに食事まで作ってあげた相手からそんなダメ出しをされたら、いくら温厚な人でも怒って当然だろう。

 なのにミーナは、自分より相手のことを心配して、自ら配慮しようとしているのである。彼女のあまりの健気さに、リーズとアーシェラは思わず顔を見合わせてしまった。

 そして、そんな健気なミーナにここまで考えさせてしまったことに、リーズはより一層憤慨した。今のリーズにとって、ミーナは妹にも等しい存在なのだ。


「まかせてミーナちゃん! リーズがマリーシアちゃんにビシッって言っておくからっ!」

「ちょっと待ったリーズ。気持ちはわかるけれど、今あの子を正面から叱ってもきっと逆効果だ。今下手に扱うと、どんな無鉄砲なことをするかわからないからね」

「あ……そっかぁ」

「うーん…………どうしたらいんだろう? シェラ、何かいい方法はある?」

「まずは、あの子をがんじがらめにしているものを壊してやる必要があるだろうね。マリーシアは少しの間苦しむかもしれないけれど、僕は……長い目で見て最善の方法をとりたい。あとはまあ、村のみんなの協力次第かな? なにはともあれ、まずは作戦会議だ。リーズ、力を貸してくれる?」

「うん、もちろんだよシェラっ! シェラならきっと何とかしてくれるって、リーズは信じてる! それにミーナちゃんもねっ!」

「はいっ! お願いします、村長」


 マリーシアは今のままでは、村に馴染むどころか、また旧街道を越えていこうとしかねない。

 危ういうえに扱いが面倒な訪問者を、どのように相手すればいいのか――――――開拓村始まって以来の「招かざる客」に、村長アーシェラの手段が問われることになる。

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