手紙 Ⅱ

「あぁー……美味しかったぁーっ! 美味しすぎて、途中で涙出そうになったよー! 俺もこんなうまい料理を作ってくれる奥さんが欲しいなー!」

「ふふっ、もし美味しい料理を作ってくれるお嫁さんがいたら、ちゃんと大切にしてあげないとだめだよ」

「そりゃー勿論。でも今の仕事は、一か所に長くいられないのが残念なんだよねー。はぁー……まだ見ぬ恋を選ぶべきか、この仕事を続けるべきか……」

「もうシェマってば、まだそんなことを考えるのは気が早いよっ! もしシェマに好きな人ができたら、

そんなこと悩むよりも、自然に「どうにかしなきゃ」って思うようになるよ! リーズだってそうだったし!」


 シェマが加わった夕食も片付き、三人で食後のお茶を楽みながら、のんびりと雑談をしていた。


 彼もアーシェラとリーズの新婚生活を見て、自分も身を固めたいと思い始めたようだが、やはり長距離の郵便屋という仕事の関係上、実入りは良くても家に長くいられないのが悩みのようだった。

 実際彼は名目上、田舎にある実家で両親と父型の祖父母、それに3つ年上の姉とその夫と暮らしていることになっているが、家に戻るのは良くて二か月に一度きり。こんな調子では、結婚してもお嫁さんに愛想をつかされてしまうのではないかと思うのも無理はない。


 とはいえ、世の中には出稼ぎで長期間離れるのが当たり前の夫婦もいるので、必ずしも家を開けがちなのが悪いとは言えないのだが…………いつもぴったり寄り添うリーズとアーシェラを見ていると、どうしても理想の夫婦像とはかくあるべきだと思ってしまう。


「ああそうだ。結婚願望が芽生えたのは俺だけじゃないんですよー。ほら、今回も手紙がこんなにたくさん!」

「なんだか……前よりも多くない? 全部返事できるかな?」

「えっへへ~、人気者はつらいね、シェラっ♪」


 食器が片付いて広々としたテーブルに、シェマが麻布の袋をドサッと乗せた。

 前回も仲間たちから届いた手紙の多さに驚き、すべての手紙の返事を書くのに3日ほどかかってしまったが、今回は明らかに、さらに多くなっている。

 ここまで大量の手紙が来ると、返信する以前にすべてに目を通すだけでも大変だ。


「なんなら返事は俺が次に来た時でいいよー。あいつらもそこまで催促してるわけじゃないし、なによりそうしないとアーシェラは無理しちゃうでしょ」

「うんうん、確かに。ね、シェラ、お返事はゆっくりしようね」

「……あはは、リーズだけじゃなくてシェマもお見通しか」


 勇者様をしていたころのリーズもそうだったが、アーシェラはそれに輪をかけてワーカーホリック気味なところがある。

 目の前の手紙の束に対しても、リーズとシェマの念押しがなければ、アーシェラは数日間缶詰めになってでも律儀に手紙の返信に没頭したに違いない。

 仲間たちも、すぐに返事を催促することはないだろうし、そもそもシェマ一人を通じて手紙をやり取りしているとわかっている以上、返事が返ってくるのに数か月単位の時間がかかるのは想定内だろう。


 逸る心を抑えてくれたリーズとシェマに感謝しつつ、アーシェラは袋の中から手紙を一枚手に取る。

 便箋を開くと、それは一か月ほど前にこの村を訪れた三人のうちの一人である、フリントからだということがわかった。


「フリントからだ。何々…………え? フリントが婚約した?」

「えぇっ!? ほんと!? リーズにも見せてっ!」

「ね、言ったでしょー。仲間内では今恋愛ブームが来てるんだけどさー、だとしても手が速すぎるよねー。手紙を受け取ったとき聞いて、俺もびっくりしたよー」


 手紙によれば、ある領地で山岳専門部隊の隊長になったフリントは、開拓村から戻ってすぐに、以前から懇意にしていた花屋の幼馴染に勢いでプロポーズをして、めでたく受け入れられたとのことだった。

 なんでもその幼馴染は、猟師時代から森で採取した花を納品しているうちに仲良くなったらしいのだが、フリントが兵士の隊長に就職して故郷から両親を呼び寄せた際、なんと両親から独立して一緒についてきて、現地で自分の店を構えたという剛の者のようで…………

 それらの内容が事細かく書いてあるフリントの手紙は、文字まで踊っているのではないかというほど軽快な筆致で書かれており、読んでいる二人まで嬉しくなってくる。


「『リーズ様とアーシェラのおかげで、告白する勇気が出ました。感謝……圧倒的、感謝!』だって!」

「僕たちは特に何もした覚えがないんだけど……でも、筆跡を見る限り嬉しくて嬉しくて堪らないってことはよくわかるよ」

「婚約と言えば、こっちも忘れちゃいけないねー。エノーさんとロザリンデさんからのお手紙だよー」

「どれどれ……エノーとロザリンデ、二人で一枚づつ書いたのか」

「ロザリンデの書くものって、相変わらずすごく長いねっ! 逆にエノーは短いけど、それがエノーらしいといえばエノーらしいよね」


 自分たちを見つめなおす旅に出たエノーとロザリンデは、現在北方を回っているようだ。

 この季節にあえて北の方を回るという選択をするのが彼ららしいが、こちらはフリントの手紙と打って変わって、貧しい地域の苦労と、その解消についての努力に悩んでいる様子が記されている。

 ただ、エノーは初期パーティー5人の中でも特に筆不精だったせいか、要点は抑えているものの内容はかなり簡略化されていた。おまけに字が下手である。

 一方でロザリンデの方は、仕事で日常的に文章を書いていたこともあって、アーシェラですら思わず驚嘆してしまうほどの奇麗な文字を書くが、書いてある内容が非常に膨大で、貴重な羊皮紙7枚分にも及んでいた。

 さすがに全部読むのは骨だと判断したアーシェラは、一回斜め読みして時間があるときに読み直すことにした。


「もう、ロザリンデさんってば本当に反省してるのかなぁ。癖がちっとも抜けてないじゃないか」


 アーシェラは文句を言いいながら、穏やかに笑った。

 エノーとロザリンデは今、あえて苦境に身を置いて、自分たちを鍛えなおそうとしている。

 それが正しい行為なのか、はたまた偽善なのか、今のアーシェラとリーズには何とも言えない。

 春になったらまた再開する予定になっているが、その間に二人がどれだけのことを学んでいるのか、いずれ見極める時が来るだろう。


「あの女の子……マリーシアちゃんも、尊敬するロザリンデさんが婚約したって知ったらどう思うかなー」

「うーん……今のままだと、ちょっと危ないかもね。リーズたちが何とかしなきゃいけないかな」

「ま、困ったらいつでも俺に言ってくださいよー、リーズ様! あと3日したら俺も実家に戻るんでー、場合によってはあの子を簀巻きにしてでも連れて帰りますんでー」

「流石にそれはひどすぎるね…………。大丈夫、マリーシアは知らない世界に怯えているだけだ。いずれ慣れてくるよ…………たとえ時間がかかったとしてもね」

「それならいいんだけど、俺も手荒な真似はしたくないからねー。じゃあ俺はそろそろブロスさんちでお風呂入ってくるよー。あまりお二人の時間を邪魔しても悪いからー」

「えへへ、そう? おやすみシェマっ」

「外は寒くて暗いから気を付けてね」


 こうしてシェマは、二人あての手紙を残して家を後にした。

 あまり長居して新婚夫婦の邪魔をしても悪いと思い、勇んで外に出てみたものの…………季節は冬真っただ中で、ドアから一歩外に出たとたん、強烈な冷気が彼を包んだ。


「うっひょー……さむっ!! 飛竜に乗ってるときよりはましとはいっても、一気に凍っちゃいそうだー。リーズ様とアーシェラの家って、すっごく温かかったからなぁー」


 ふーっと手に息を吹きかけ、よく揉んで温めつつ…………シェマは村長宅を振り返った。

 閉じた玄関とカーテンのわずかな隙間から漏れる光に混じって、リーズとアーシェラ明るい笑い声がうっすらと聞こえる。

 寒空の下でその光景を見ると、無性にその温かさがうらやましくなってしまう。


 だが…………この世界には、二人の幸せな世界を台無しにしようと目論んでいる人間が多くいることも、彼はよく知っている。

 先日仕方なく拾ったマリーシアは、単なる世間知らずでしかないが――――――王国の一部で、よからぬたくらみが動いていることを、仲間たちからいろいろ聞いているし、彼らの魔の手がいよいよ近づきつつあることも知っている。


(リーズ様も……アーシェラも……二度と不幸な目に陥ってほしくない。そのためにも、俺たちは……連帯しなければ!)


 心のうちで決意するシェマ。

 彼の動きは、リーズもアーシェラも知らないもので…………それがこの先大騒動を起こすことになるとは、この時点ではだれも気が付いていなかった。

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