神官

 リーズから差し出されたスープを飲み終えた少女は、血行が回復したのか、青白かった顔が頬を中心に赤みを取り戻していた。

 もっとも、頬が赤いのはスープのせいだけではないようだが…………


「どう? シェラの特製スープ、おいしかった?」

「は……はい、大変……美味しかったです」

「えっへへ~、よかったっ♪ リーズも食べるのが楽しみになってきた!」


 アーシェラが作ったスープを「美味しかった」と言ってもらえるだけで、リーズは自分が褒められたかのように嬉しくなり、とびきりの笑顔を見せてきた。少女にはそれがあまりにも眩しかったらしく、さらに赤面して思わず視線をそらしてしまう。

 その生娘らしい初々しい様子に、アーシェラはまるで昔の自分みたいだなと、思わず和んでしまった。

 だが、和んでばかりではいられない。少女には聞きたいことが山ほどあるのだ。


「落ち着いたかな。僕はアーシェラ……この村で村長をしてるんだ。君は旧街道を抜けてここを目指していたみたいだけど…………もしよかったら、君の名前と、なんで旧街道の途中で倒れていたのか、聞いてもいいかな?」


 少女はアーシェラのことを若干警戒し、自分のことを話してもいいのかどうか少し迷ったようだが、

命の恩人に名乗らないのは失礼だと思いなおし、口を開いた。


「私は……マリーシア・エルテンと申します。王都アディノポリスの中央神殿で、聖女様の身辺のお世話をする神官を務めておりましたが…………聖女様は王国より密命を受けたまま戻って来られず…………。私は、心配で心配で、どうしようもなくなってしまい…………こうして自ら聖女様を探しに出たのです」

「リーズじゃなくてロザリンデを探しに来たんだね」

「はい……とある村で泊めていただいた際、聖女様が護衛をお二人引き連れて旧街道の方に向かっていったと聞きまして……。準備はしっかりとしたつもりでしたが、私は何分旅には慣れておらず…………装備の不足もあって、途中で倒れてしまったのです。ですがまさか、このようなところで勇者様にお会いできるとは…………思ってもみませんでした」


 少女――――マリーシアは、リーズを探しに来たのではなく、ロザリンデを探すためにここまでやってきたのだった。

 リーズとアーシェラは、てっきり勇者捜索部隊がついにリーズの居場所の情報を突き止めたのかと覚悟していたのだが、マリーシアがこの場所を知ったのは本当に奇跡のような偶然だったらしい。

 ただ、マリーシアは幼いころからほとんどの時間を神殿内で過ごしていたせいで、かなりの世間知らずだった。そのため、彼女は旅の知識もなく、ろくな準備もしないうちに無謀な冬の山越えを行ってしまったのである。

 命を落としそうなら引き返すことも考えられるが、ロザリンデの捜索に命を懸けていたマリーシアは、引き返すという選択をあえてしなたっかというのも問題だ。


「あの、それで……勇者様がいるということは、聖女様もこの地に……?」

「残念ながらロザリンデさんはもうここにはいない。あの人は次の目的の為に、秋が終わる前に山向こうに戻っていったよ」

「そんなっ!! こんなの嘘でしょう……なぜなんですかっ!?」


 命懸けの山越えで奇跡的に助かったマリーシアだったが、残念ながらロザリンデはかなり前に旧街道を戻ってしまい、行き違いになってしまった。つまり、彼女の命がけの苦労は完全に徒労だったわけである。

 あまりにも理不尽な結果に、マリーシアは悔しそうに涙を流し、リーズたちは一気に気まずくなってしまった。


 そこでリーズは、泣き出すマリーシアを慰めるように優しく頭を撫でて、涙をぬぐってあげた。


「大丈夫だよ、マリーシアちゃん。大丈夫……ロザリンデは春になったらここに戻ってくるから、それまでこの村で待ってようよ、ね?」

「聖女様が……戻ってくる? ですが……」

「マリーシアさんがロザリンデさんを慕う気持ちは痛いほどわかりますわ。ですが、もう一度旧街道を越えるとなると、今度こそ無事ではすみませんわ」

「家なら私がブロスさんたちに頼んで作ってもらうよっ! できるまでは私たちの家にいていいからっ! これ以上無理しないでっ!」

「…………私は、どうしたら?」

「何はともあれ、しばらくゆっくり休んで考えなよ。また旧街道を戻るにしても、それなりの用意は必要だしね」


 ロザリンデと行き違いになったことで気が動転していたマリーシアだったが、リーズやイングリット姉妹、それにアーシェラから諭されて、何とか再び落ち着きを取り戻した。


「そうですね…………また倒れてしまっては、聖女様に合わせる顔がありません。私の未熟ゆえに一度は失われかけたこの命、再び粗末にしてはいけませんから」

「分かってくれた? リーズは新しいお友達大歓迎だから、長くいてくれると嬉しいな。ね、シェラ♪」

「あぁ、今年の冬はリーズが来てくれたおかげで、去年の冬よりもかなり余裕がある。ロザリンデもしばらくしたら帰ってくることは僕も保証するよ。良かったら家も新しく作ってあげる。だから、冬の間くらいはここでゆっくりしていくといい」

「えへへ、これからよろしくねっ!」

「は、はいっ!」


 と、話している時――――リーズのお腹から、キューっと悲鳴のような音が大きく響いた。

 聞きなれているミルカとミーナは小さくクスッと笑うだけだったが、部屋の隅であまり会話に参加していなかったシェマは、おもわず吹き出してしまった。


「ブフッ!? い、今のはリーズ様の腹の虫の音ですか!? てっきりウチの飛竜の腹の音かと~」

「えへへへ……ごんめんごめん、マリーシアちゃんがおいしそうに食べてるのを見たら、リーズもお腹すいちゃって」

「もう夕ご飯を食べ終わる時間もとっくに過ぎたころだからね…………。僕たちはそろそろ戻ろうか。シェマもよかったら一緒に食べてく?」

「いいのかい? やったーっ!! じゃあ俺も荷物整理したら行くからー!」

「マリーシアさんの面倒は私とミーナで見ておきますわ。村長たちはゆっくりとお休みください」


 こうして、その日の夜はミルカとミーナがマリーシアを任せ、空腹のリーズはアーシェラとともに家に戻ることにした。

 彼女にはまだまだ聞きたいことはたくさんあるが、病み上がりの今は安静にしている必要がある。


 帰る間際にも、リーズは「おやすみー」と笑顔で手を振りながら帰っていった…………が、しっかり組んであるとはいえ、木材でできているこの家は、窓を閉めても外の声が聞こえてきてしまう。


「シェラ~っ♪ おなかすいたね~っ! マリーシアちゃんに先にを越されちゃったけど、リーズもあの赤いスープたくさん食べたいなっ!」

「うんうん、そう言うと思ってたっぷり作ってあるから、今夜も思う存分食べていいよ」

「えっへへ~、シェラ大好きっ!」


 外に出たとたん早速聞こえてくる新婚夫婦の甘々の会話に、ミルカとミーナ、それにシェマも思わず苦笑いしてしまった。


「あれはきっと、わざと聞こえるようにしているに違いありませんわ」

「あはは……本当に仲がいいね、村長とリーズさん」

「さっきは軽く返事したけどー……今のを聴いた後だと、なんだか家にお邪魔しに行きにくいなー」


 しかし……「いつものこと」と思いながら過ごして居る彼らとは対照的に、マリーシアの表情は暗かった。

 神官であるマリーシアには少し刺激が強かったのだろうか? 一瞬そう思ったミルカだったが、どうも様子が変だった。


「あのっ、失礼を承知でお聞きしますが…………」

「どうかなさいました?」

「あの方は、本当に…………本当に勇者様なのですか?」

『え!?』


 あまりにも唐突な質問に、三人は言葉を失ってしまった。

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