回復

 目覚めた少女が初めに見たのは、辺り一面白銀の地獄――――ではなく、

木で組まれた天井と、自分の体に掛けられた温かい毛布だった。


「ここ……は?」


「あ、目が覚めた!? よかった~っ!」

「思っていたより早く回復しましたわね。私、村長さんたちを呼んでまいりますわ」

「お願いするよー。俺は作ってあった白湯を持ってくる」


 少女が目を覚ましたことを確認したイングリッド姉妹と、郵便配達員のシェマは、

彼女の回復を喜ぶと同時に、即座に自分がやるべきことに移っていた。

 ミルカは村長夫妻を呼びに行き、シェマは少女が目を覚ました時に備えて用意してあった、

レモンのはちみつ漬けを加えた白湯を温める。

 そして残るミーナが、少女を安心させようとゆっくりと語りかけてきた。


「痛い所はないですか? 辛い気分はないですか?」

「ええっと……はい、痛くはないですけど……」

「今温かいお湯を持ってくるから、待っててね♪」


 なぜ自分はここにいるのか、そもそも自分は本当に生きているのか――――困惑する少女だったが、ミーナが優しく話しかけてくれたのと、シェマが用意した白湯を少しずつ飲んで、落ち着きを取り戻していく。


 するとすぐに、意識不明の少女が目覚めたという知らせを聞いたリーズとアーシェラが、知らせてくれたミルカとともに、寝室へと入ってきた。


「あぁ、アーシェラさん、リーズ様ー! もう来て下さったんですね!」

「リーズたちも心配してたの。目が覚めてよかった」

「彼女の体調はどんな具合?」

「流石に少しショックを受けてるようだけど、落ち着いてますよー」

 

 イングリッド姉妹の寝室には(夫婦の家と違い)簡素なベッドが二つあり、そのうちの一つで寝かされていた金髪の少女は、目覚めて間もないようで、青い瞳が虚ろな様子だった。しかし…………


「え……!? ゆうしゃ……様?」

「わっとっとっと!?」


 彼女はリーズを見るや否や非常に驚いたように目を丸くし、危うく白湯の入ったコップを落としそうになったが、寸でのところでミーナが受け止めた。

 この反応を見るに、少女はやはりリーズのことを探しに来たに違いないと確信したリーズとアーシェラだったが、今はそのことは置いておいて、まずは体に不調はないか確認することにした。


「シェマから聞いたわ。旧街道の雪の中で倒れてたんだって。助かって本当に良かった! リーズも安心したわ! でも体は大丈夫? 熱はない? お腹は空いてる?」

「ふぇっ!? あ、あの……えっと」


 先ほどからほとんどまともにしゃべることができていない少女だが、無理もない。

 道中で倒れて目覚めたと思ったら、すぐに行方不明のリーズが目の前に現れ――――あまつさえ、リーズ自身の額を彼女の額に当てて、直に熱を測ってきたのだからたまらない。


「シェラ……どうしよう、まだ結構熱があるみたい!」

「まぁまぁリーズ……今は冷えた体が回復している最中なんだよ。

僕からも色々聞きたいことはあるけれど、まずはお腹を満たしてからだ」


 リーズからのダイレクトアタックが終わったかと思いきや、今度はアーシェラのターンが始まる。

 あらかじめトレーに乗せて運んできた、スープがよそられた器を取り出し、スプーンですくったスープを「少し熱いかな」と言いつつ、ふーっと息を吹きかけて冷ます。そしてなんと、そのスプーンを少女の口に近づけ…………


「はいどうぞ、熱かったら言って――――」

「まってシェラ! それはリーズがやるのっ!」

「そう? じゃあリーズ、渡すよ」

「えっへへ~、リーズがあーんしてあげるっ♪」

「えぇ……」


 が、途中でリーズが無理やり奪うように役目を交代し、のりのりで「あーん」をしてくるではないか。

 何が何だかわからなくなった少女だが、優しい匂いが漂うアーシェラ特製スープを前にして、空腹の限界をとっくに超えていた身体は抗うことはできなかった。


「んっ……んくっ」

「どう? おいしい?」

「は、はい……とても」


「なんかすごい赤いスープなんですけどー……辛くないんですか?」

「あら、ご存じありませんか? あれは旧カナケル王国に伝わる伝統の家庭料理ですわ。紅蕪と玉葱なのでとてもお肌にいいのですよ」


 ミルカの言う通り、見た目真っ赤で少しドロッとして見えるスープではあるが、それは細かく刻まれた具がそう見えるだけであり、実際はするっと飲み込めてしまうほどあっさりとしていて、それでいて深みのある繊細な味に仕上がっていた。

 さらに、冬になる前に収穫したいくつかの野草とキノコも刻まれており、そのうえでアーシェラはとっさの判断で、病人にも食べやすいようにわざわざハンバーグを細かく崩して食べやすくしている。

 どうやらアーシェラは、少女が目を覚ました際にすぐに食べることができるものを見越して作ったらしく、死の瀬戸際まで弱った身体でも全く負担にならずに飲み込むことができた。


 数人が見守る中で、リーズは何回もゆっくりとスプーンを少女の口に運び、一口食べるごとに微笑みかける。

 この面倒見の良さがあるからこそ、勇者パーティーのほぼ全員に慕われたのだろうと思わせる献身ぶりであった。だが、それと同時に――――


(あらあらリーズさん、病人相手にも嫉妬ですか。容赦ありませんわね)

(勇者様かアーシェラが看病してくれるのかー……羨ましいとも思うけど、実際にされると気恥ずかしくてそれどころじゃないよねー)


 この二人に面倒を見てもらうのは、別の意味で大変だなとミルカとシェマは思わず嘆息してしまった。

 そしておそらく、リーズとアーシェラの間に子供が生まれたら、この二人はきっと子供をかなり甘やかすのだろうなと思ってしまったという。

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