恐怖の計画
王宮内、第三王子ジョルジュが生活している離宮の一室――――
天井まで高く積みあがった本棚が壁一面を覆いつくしている書斎で、ジョルジュ王子はアイネから貰ったカメオのブローチを様々な角度からじっと見ていた。
すでに冬至が近いこの季節、空は早くも夕日に染まり、オレンジ色の西日が窓から部屋に差し込む。すると、乳白色のカメオもほんのりと紅色に輝いているように見えた。
「おやおやぁ~ん? 王子様、あのお姉ちゃんから貰ったプレゼント、気に入っちゃったの~?」
「……モズリーか。盗み見とは感心せんな」
「んもぅ、王子さまったら~お姉ちゃんがいるのに、浮気なんてひどくな~い?」
「ぬかせ。私とて芸術を愛でる心くらいはある。良い仕事にはそれなりの敬意を払うものだ」
扉を開けていないのにいつの間にか書斎に入り込んできたモズリーが、ニヤニヤしながらジョルジュを茶化すも、彼は驚くそぶりも見せずに軽くあしらった。
この王子はどこかの勇者とは違い、仮面を被って自らを偽っている時は感情豊かに見えるが、いざプライベートとなるとまるで彫刻のように無表情になるという、なかなかの変人である。
しかしながら、モズリーはジョルジュが珍しく何かに執着するのを見た。どんな心境の変化があったのか、聞きたくなって当然と言える。
「まあいいやっ♪ それより王子様、コドリア様が来てるけど入れていい?」
「正直今はあの辛気臭い面はあまり見たくないのだが、用があって呼んだのは私だからな、仕方ない、入れ」
「やれやれ、いつもながら殿下は手厳しゅうございますなぁ」
ジョルジュの許可を得たモズレーが扉を開くと、いかにもただならぬ雰囲気を醸し出す、黒いローブを羽織った顔色の悪い魔術士が入ってきた。
コドリアと呼ばれた彼は、なんと魔神王を討たれて壊滅したはずの邪神教団の残党であり、わけあってこうしてジョルジュから裏の仕事を任されている。
「して、結局勇者リーズは王国には戻ってきそうにないのか?」
「ははぁっ、何しろ王国暗部は構成員の大多数が我々にも分からぬ理由で消息を絶ち、我らの独自の情報網を用いても何の手掛かりも得られませんでした……。まさかあの勇者が、自らの使命と膨大な富と名誉を放棄して行方をくらませるなど、このコドリアの目をもってしても読めませんでしたわい」
「ふん……つまらんな。ノコノコと戻ってきたら、あの愚兄諸共地獄の窯に放り込んでやったものを」
そういってジョルジュは、コドリアの報告に心底つまらなそうな表情を見せ、わざとらしく「やれやれ」とため息をついた。
彼とその協力者たちにとって、目障りな勇者リーズは確実に取り除いておきたい障害物でしかなく、確実にこの世から消えてもらうつもりであった――――――が、肝心のリーズは王国に帰ってくる気配が全くないため、彼らが用意した計画は完全に無駄になってしまった。
これが面白くないわけがない。
セザールと違い、ジョルジュは不機嫌になっても部下に当たるようなことはしないものの、立ち上るどす黒いオーラは非常に恐ろしい。
モズレーは「ざんねんでーした♪」と呑気に笑っているが、コドリアはローブの下で冷や汗が全身でにじむのを感じていた。
「し、しかしながら殿下…………全く成果がなかったわけではありませぬ。勇者がどこにいるのか、私めにはある程度予測がついております」
「ほう、申してみよ」
「おそらく勇者リーズは、旧街道を越え旧カナケル王国地方へと逃亡したものと思われます」
「旧カナケル王国地方だと? 勇者はとうとう頭がおかしくなったのか? でなければ貴様の頭がおかしいのか? 何か証拠はあるのか?」
リーズの居場所予想が、まさかの旧カナケル王国地方と聞いて、ジョルジュより一層不可解そうに首をひねった。
旧カナケル王国は、目の前にいるコドリアが所属していた邪神教団が、魔神王の力を用いて完膚なきまで破壊したはずであり、今頃になってそんなところに赴くのは、自殺しに行くようなものである。
だがコドリアはなんとか話を続ける。
「確たる証拠はありませぬ。しかし、恐れながら殿下、様々な情報で不可能を消去していきますと、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となるのです。少なくとも勇者リーズは、王国及び中小諸国にいないことは明らか……。であるならば、何らかの理由があって旧街道を越えたと考えるのが妥当と言えましょう」
壊滅状態とはいえ、コドリアは邪神教団の残党を使って勇者の行方を追っていたのだが、途中までは何とか追えていたものの、最後の訪問地である港町ライネルニンゲンを出て以降の足取りが全くつかめていなかった。
だが彼はその執念深い頭脳で情報を仕分けた結果、消去法でリーズの居場所を推測したのである。
「なるほど、一理ある。で、どうする?」
「旧街道にはすでに我らが手の者を放っております。まずは勇者の居場所を特定し、しかる後に勇者の家族を人質に取ります……。そして勇者を脅迫して王国へと帰還させ、当初の目的通り――――」
「鈍間め、いったいどれだけ時間がかかると思っている。戻ってくる気が無いなら、その場で殺してしまえばいい」
「し、しかし相手は我らが魔神王を滅ぼした勇者…………我々だけではいささか無理があるかと」
「勇者とて人間だ。食事に毒を盛るなり、寝込みを襲うなり、やりようはいくらでもある。殺れ」
「殺れ……と、軽く言われましても……。いえ、ご命令とあれば」
「分かればよい。それと、中小諸国の分断工作も手抜かりなく進めていけ。金はいくらでも出す」
「ははぁっ……」
人使いの荒いジョルジュに内心辟易するコドリアだったが、彼ら邪神教団残党の目的を達するためにも、
このドス黒い第三王子の命令に逆らうわけにはいかない。
「では、儂はこれにて……。全力を尽くすとしましょう……」
「期待しているぞ」
その後一言二言交わすと、コドリアはジョルジュの無茶ぶりをなんとかすべく、トボトボと部屋を後にしていった。
退出する際の後姿は、悪の黒幕の一員に似つかわしくない途方に暮れた雰囲気が漂っており、場合によっては同情する人もいそうだと思えるほどだった。
「にしし♪ 王子さまは鬼だねぇ~」
「あれはあれでなかなかできる男だ。たまには信じて待ってやろうではないか。
それよりモズレー、お前にも命じていることは山ほどあるはずだ。サボっていたとしたら承知せんぞ」
「まぁまぁ~、たまには休憩もしないと、息が詰まっちゃうもんね」
再び二人きりになった書斎。
相変わらずモズレーは、事態の深刻さが分かっていないかのような無邪気な笑顔を浮かべている。
とはいえ、そんな彼女にもやることはたくさんあるし、それどころか先ほど話していたコドリアよりも忙しい身でさえある。平然としていられるのは、ある意味大物と言えるかもしれない。
「そーゆー王子様も、自分は働かないなんてことないよね~?」
「当然だ。せっかく良質の駒を手に入れたのだから、酷使しない手はなかろうよ」
ジョルジュは不気味な笑みを浮かべながら、もう一度カメオのブローチを覗き込んだ、
彼とその協力者にとって忌々しいはずの天使の像だが、沈みゆく夕陽の色に染まると、まるで堕天したような妖しさを醸し出していた。
そして、ふと窓の外を覗くと、西の空は夕焼けにもかかわらずちらほらと雪が舞い始めていた。
天気雨ならぬ天気雪は、積もることなく消えてしまうだろう。
だが、積もらず消えた雪は決して無意味なものではなく、目に見えないように王都の気温を下げていくだろう。
そう、まるで彼らのように――――
「やれやれ……この冬が来たら、もう二度と春は訪れぬと思っていたのだがなァ。
まぁ、これもまた一興か。楽しみが少し伸びたということにするか……」
陰謀渦巻く王都アディノポリスは、厳しい冬を迎えてさらに思惑が過熱する。
果たして、最後に笑うのは誰か…………結末は、神ですらも預かり知らぬことだろう。
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