カメオのブローチ

 さて、マリヤンとグラントが旧エノー宅で密談をしていた頃、アイネもまた特に親しい友人だけを連れて、王都から少し離れた貴族の屋敷に赴いた。

 先日は王都にある公爵家の別邸で行われたサロンで簡単に面会しただけだったが、そこで改めて気に入られたからか、今回は本格的に第三王子の派閥の集まりに招かれてしまったというわけだ。

 そして……この集まりに参加するということは、すなわちアイネたちが本格的に「第三王子派」に加わると宣言するも同然ということであり、第二王子派に加わっている仲間――――例えばラウラなどとの関係がより悪化する可能性が高い。

 アイネ自身に政治的な信条がなくても、だ。


「アイネよ、よく来てくれた。なにやら、パーティーの日より気合が入っているではないか」

「こ、こちらこそっ! 殿下にお招きいただき恐縮ですっ! あの日は、その……仕事中だったものですから、気の利いた格好も出来ず…………」

「なに構わん。なんならもっと気楽な格好でもよかったのだがな」


 邸宅に入ってすぐに会うことができたジョルジュは、相変わらず素朴ながら洗練された服装で、ラピスラズリのように輝く青い髪の毛が、黒地に銀の刺繍でより強調されている。

 それに対しアイネは、スラチカやミルファーのアドバイスを受け、慣れないドレスを着て精いっぱいおしゃれをしていた。

 「黒天使」の異名を持ち、髪の毛の色も併せて「黒」のイメージが強いアイネだったが、スラチカとミルファーのアドバイスを受け、ほんのり赤みがかった白いドレスを着用することで、なかなか優雅な雰囲気を醸し出していた。


「お久しぶりですジョルジュ殿下。実家がいつもお世話になっております」

「フレキア伯爵令嬢か。残念ながらエライユ公子は来ていないが、今日もゆっくりしていってくれ」

「存じておりますわ。ご配慮感謝いたします」


 元々リシャール(エライユ公爵家公子)を慕っているミルファーは、当然ながら実家であるフレキア伯爵家も含めて第三王子派であり、ジョルジュ王子とは以前から何度も面識があるようだ。


「あの……私は一応、アイネさんの付き添いなのですが、この集まりに加わってもよろしいのですか?」

「構わない。我々は兄上と違って来る者を拒まぬからな」

「ありがとうございます! で、ではアイネさんとも積もる話もございますでしょうし、皆様に挨拶に伺ってまいります」

「え!? ちょ、ちょっと………」


 神殿の司教であるスラチカは、本来この場にはあまり関係のない立場ではあったが、アイネの友人ということであっさりと同行での入場を許可されたのだった。

 そして、彼女もまた、以前から恋人がいるミルファーと第三王子に恋をし始めたアイネに影響を受けたからか、この日の出席者によさそうな独身者はいないか、コッソリ見定めようとしているようだ。


 スラチカとミルファーは、空気を読んで早速アイネの元を離れ、ジョルジュと二人きりの状態に持って行った。

 とはいえ、相変わらず王子の後ろには屈強な護衛の騎士が立っているため、完全に二人きりと言うわけではないのだが…………友人二人がフェードアウトしてしまうと、急に緊張感が高まってきてしまう。


「その……こんな私ですけれど、ジョルジュ殿下にお会いするのを楽しみにしていました。そ、それで……っ、再び御目通りがかなったお礼に、こちらを献上したいのですが…………」

「何、私にプレゼントを?」

「はいっ、気に入っていただけると、嬉しいのですがっ!」

「ふむ……」


 アイネにとって、異性にプレゼントを贈るというのは初めての経験であり、ただでさえ勝手がよくわからない上に、相手は世界有数の大国の王子――――アイネは緊張を抑えるように軽く深呼吸をすると、意を決して小さな赤い箱を取り出し、ジョルジュの前に差し出した。

 受け取ったジョルジュが箱を開くと、中には天使の像を模ったカメオのブローチが収められていた。


「これは……なかなかいい品だな。だが、私がもらってもいいのか? そなたの家の家宝などではないのか?」

「だ、大丈夫ですよ! ついこの前商人から買ったばかりで、もしかしたら殿下に似合うかなと」


 アイネがプレゼントしたカメオは、前日偶然出会ったマリアンから買ったもので、マリヤンによれば南方諸島でしか取れない珍しい貝を使ったものだという。

 大貴族が好むような金や宝石の装飾はないが、白い肉厚の貝殻を使った彫刻の出来栄えは見事というほかない。


 ジョルジュが喜ぶか、それとも拒否反応を示すか、どちらかだろうとドキドキしながら様子をうかがっていたアイネだったが、彼女の予想に反してなぜかジョルジュは若干困惑気味の用だった。


「もしかして、気に入られませんでしたか?」

「いやいや、このようなところで贈り物をもらうとは思っていなかったのでな。ありがたく受け取ろう」

「よ、よかったぁ……」


 だが、どうやらプレゼント自体は喜んでもらえたようだ。

 ジョルジュはさっそく、カメオのブローチにひもを通して首に下げ、ネックレスとした。

 全体的に濃い配色の服装の中で、ただ一点胸元で淡く輝くブローチは、アイネが思っている以上にとてもよく似合って見えた。


「ふふふ、見れば見るほど見事なものだな。これはもっと大勢に見てもらわねばな。おーい、諸君! 見てくれたまえ、このブローチ! 

アイネにプレゼントしてもらったものだ!」

「わ、わわわ! 殿下っ、恥ずかしいですって!?」


 こうしてジョルジュがアイネからもプレゼントを見せびらかしたことで、出席していた人々が一目見ようとジョルジュの周りに集まり、すぐに新入りのアイネに関心が寄せられることになった。


「やあアイネ殿、先日のパーティーでは素晴らしいものを拝見させていただきましたな」

「「黒天使」のアイネ様がいれば、ジョルジュ様の将来は安泰でしょう! 今後もより一層の交流を深めてまいりましょう!」

「もしやジョルジュ様に交際を申し込んだのでは? なかなか抜け目がありませんねぇ」


 集まっている人々の出身は、大小の王国貴族だけでなくかつての一軍メンバーも数人混ざっており、その中の多数が第二王子セザールに反感を持っていた。

 彼らと話していくうちに、どうも彼らは勇者リーズが第二王子セザールと結婚して独占する不服としていて、聡明な第三王子ジョルジュを担ぐことで、王国政治の改革を狙っているようだった。


「ジョルジュ殿下は…………リーズ様をお后様にしようとは思わないのですか?」

「もちろん、勇者リーズは非常に魅力的だが、兄上のように王家で独占しようとしてしまえば、ここにいる彼らのように少なくない貴族や平民から妬まれるだろう。

我らが目指すのは、あくまで真に平和な王国だ。勇者が誰と結ばれようと、それは彼女の自由だろう」

「そ・こ・で! リシャール様の出番ですわ! リシャール様なら、きっと勇者様とも釣り合い、そして私も…………」

「あはは……ミルファー、ちょっと黙ろうか?」


 謎の病に倒れているリシャールは論外だとしても、ジョルジュはあくまでリーズを狙う気はないらしい。

 果たしてどこまで本当なのか、今のアイネにとってはわからない。

 けれども、この場にいる人々は、第二王子の取り巻きの貴族たちとは違い「利益」ではなく「理想」で集まっていることは理解できた。


(この方なら、もしかしたら……今の閉塞した王国の空気を打開してくれるかもしれない)


 元々根が単純なアイネは、彼らと交流するうちに早くも第三王子支持に心が動いてきたようだった。

 この先で巻き起こる、騒動の種となり始めていることに気が付かないまま…………



 勇者リーズは戻ってこない。

 彼女に頼り切っていたこの国の歯車は、このころを境にもはや修正不可能なまでに狂い始めていたのだった。

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