商人の暗躍

「遠い道のりをわざわざ来てもらった上に、いろいろと頼んで済まなかったな」

「いえいえ~、なんだかんだで儲けさせてもらってますし、役得ですよっ!」


 カフェテラスでアイネたちと歓談した翌日、マリヤンは王国の郊外にある、とある貴族の邸宅に赴いていた。

 しかし、今は邸宅の持ち主――――エノーはおらず、代わりに待っていたのはグラントとその腹心である分厚い鎧をまとった男性騎士だった。

 今から行うやり取りは、決して誰にも見られてはいけない…………それゆえ、グラントも王都の自分の邸宅でも、自分の領地でもなく、あえてここを選んだのだろう。

 人数も極限まで絞り、完全に信用できる一人だけを連れてきたことにも、その本気度がうかがえる。


 マリヤンは勇者パーティーにいた頃、グラントとは多少面識があったが当初はやはり輸送隊扱いだったため、さほど仲は良くなかった。しかし今ではこうして、悪だくみの仲間となっているのだから、世の中分からないものである。

 普段の激務ゆえか、はたまた冬の冷え込みのせいか、グラントの顔には疲労が色濃く現れていたが、ソファーに座って紅茶を飲みながら話し始める表情はとても穏やかであった。


「それにしても……二軍メンバーたちの王都入場禁止令はまだ解かれていなかったはずだが、よく無事に入って来れたものだな」

「ふっふっふ~、グラントさんってばわかってるくせに~♪ 門の衛兵さんたちは、そもそもあたしたち二軍の顔なんて覚えてるわけないですし、賄賂とか渡すまでもなくふつーにスルーできましたっ!」

「……………」


 城の防衛は管轄外とはいえ、警備のあまりの適当さにグラントは首を力なく振った。

 末端の兵士たちは悪くない。責任は命令を徹底していない上層部にある。


「でも、なんですかねぇ……昨日はアイネさんやミルファーさんたちともお話ししましたが、ずいぶんと内部崩壊が進んでるみたいですね。どうしてこんなになるまで放っておいたのですか?」

「これでも滅んだ旧カナケル王国よりはマシなのだがな……誰が悪いとは言えん。全部悪い。今までは勇者様がいてくれたからこそ、奇跡的に国がまとまっていたが、いなくなった途端にこのありさまではな……」


 マリヤンはまず、グラントに昨日あった出来事をはじめ、リーズが無事に暮らしていることや、各地の仲間とのネットワークが構築されつつあることを語った。

 殆どの情報はグラントの手元にある情報と一致しており、今のところ「計画」の準備に支障はなさそうであったが、ただ一点だけ気がかりなことが出来たこともある。


「アイネさん、どうも第三王子様に気に入られてしまったみたいで、なんでも明日、さる公爵家のサロンに呼ばれているらしいですよ?」

「ふーむ、あの黒天使がか…………第三王子ジョルジュ殿下は、なぜか最近急に影響力を増している。しかも、わざわざ第二王子に反感を持つ貴族や、かつての勇者パーティーメンバーを取り込んでいるのだ。第二王子殿下への対抗のつもりかもしれぬが、それ以上のことを企んでいるかもしれない」

「それ以上のこと……まさかっ! その第三王子様も勇者様のことを!?」

「今のところそのそぶりは全くないが、元々そこまで派手な動きがなかったせいもあって、いまいち読めぬのだ」


 第三王子ジョルジュ――――今までは社交界にもあまり顔を出すことのなかったものの、勉強熱心であることはよく知られており、教育係となった文官たちの間ではもっぱら「秀才」と噂されていた。

 それゆえ、以前からエライユ公爵家をはじめとして、それなりに有力貴族の派閥の支持を得てはいたが、今頃になってセザールに対抗するかのような派手な動きをしているのが、グラントにとって不可解なことこの上なかった。

 マリヤンが言うように、ジョルジュもまた兄と同じくリーズを狙っている可能性もあるが、それをにおわせるような言葉や動きが一切ないというのもまた不気味だった。

 端的に言えば、今の第三王子は「王国貴族の分断をわざと煽っている」風にしか見えないのである。


「リオン、そなたはどう見る?」

「私ですか?」


 グラントが、唯一居合わせている部下……赤髪の騎士リオンに話を振った。


「我々がクーデターを画策しているように、第三王子殿下もまたクーデターを狙っている……というのが比較的考え得る可能性かと」

「ふむ、だがその口ぶりからすると、そうとも言えない理由もありそうだな」

「……我々はあくまでほかに手段がない故、強引な方法に頼らざるを得ないのですが、ジョルジュ様ほどの方であれば、そうまでせずとも王座につくスマートな方法がいくらでもあるはず。まぁもっとも、ジョルジュ様がそのスマートな方法を見つけたら、の話ですがね」


 先ほどまで微動だにせず、かなり硬い性格のように見えたリオンだったが、いざ口を開くとマリヤンが予想していた以上に饒舌で、しかも親しみやすそうな雰囲気さえ感じた。


「いずれにせよ、ジョルジュ殿下の動きは我々にマイナスになることはあれど、プラスになるとは思えません。なので、常に最悪の事態を想定して対処するほかないかと」

「というわけだ、マリヤン。我らが王国という巨人は、背骨が折れているだけでなく、原因不明の熱病に侵されている始末だ。本当ならもう少し時期を見越して行いたかったのだが、そうも言っていられない」

「えぇ、分かってます…………少なくとも今月中には、私がリーズ様のご家族を王都から脱出させます!」


 グラントとマリヤンがひそかに進めている「計画」――――それは、いざとなったときに人質にされる恐れがあるリーズの両親兄姉全員を、安全なところまで逃がすというものだった。

 本来であれば、リーズの家族を王都から移動させるのは年明け以降を予定していたのだが、アイネをはじめとする様々な情報網から勘案して、いつ不測の事態が起きるかわからない状況になってしまったのだ。


 リーズの家族全員の行方が分からないと国王に知られれば、流石にグラントと言えどどうなるかわからない。

 もちろん、ごまかせるように様々な手を打ってあるが、まだ軍部の掌握が完全ではないため、一歩間違えてクーデターが早まれば、王国は焦土と化してしまうだろう。

 数人の命を救うために、結果的に無辜の民が数万単位で犠牲になるような、本末転倒な事態は避けなければならない。


「すまないな。あの日……王都で祝賀会があった日、我々はそなたたちを外に締め出し、勇者様と無理やり離別させたというのに、今はこうして無理な願いをしている……………虫のいい話にも程があるが、今頼れるのはそなたたちだけなのだ」

「もぅ、気づくのが遅いですよ~。もちろん私だって、まだ許したわけではないんです。でも……リーズ様が悲しむ姿を私は見たくないですし。こういうことに関しては、グラントさんを頼るほかないんです」


 マリヤン自身、グラントのことを信用しているわけではない。

 もっと言えば彼女とグラントを仲介した、大魔道ボイヤールすらも完全には信用できていない。

 逆にグラントも、マリヤンから完全に許されていると思っていない。

 そして、彼女の後ろで糸を引いているであろうアーシェラが、自分を……ひいてはグラントの愛する王国を切り捨てるかという不安もある。


 二人の間を繋ぎとめているのは「勇者リーズの為」という信念一本のみだ。

 それを二人はわかっていてなお、自分の命すら危うい計画を実行しているのである。リーズがいかに慕われているか、よくわかる状況と言える。


「そんなわ・け・で♪ あの三人からもっともっと社交界に食い込みたいので、お金くださいな♪」

「ふっ、抜け目ないな。当面は追加で10万ターレルあれば十分か?」

「あ、はい。私が言い出しておいてなんですが、よく10万もポンッと出せますね。王都で豪邸が買えますよ?」

「どのみち計画が成功しなければ、金をいくら抱えていようと無意味だからな」


 もはや開き直りの境地に達しつつあるグラントは、ふとソファーから立ち上がって、カーテンの隙間から窓の外を見た。


「冷えると思ったら……雪が降っているな」


 まだ古狼の月2日だというのに、王都にはちらほらと雪が舞っていた。

 これから先、王都アディのポリスはより一層寒気が舞い込むだろう。


「雪は嫌いですね。足跡が付きますし、馬車の轍がのこっちゃいます」

「そうか……見ている分には好きなのだがな。…………くれぐれも体調には気を付けたまえ」

「はい、グラントさんも、それにリオンさんも」


 マリヤンとグラントによる話し合いは1時間もしないうちに終わったが、お互いに収穫は非常に大きかったようだ。

 とはいえ、長居してはあらぬ疑いが掛けられてしまう。マリヤンは付き人のリオンから、今後必要になるものをいろいろ受け取ると、愛用のバックに大切にしまい込んだ。


「マリヤン殿」

「は、はぃ!? なんでしょう!?」


 リビングを後にしようとしたマリヤンに、今までほとんど会話に加わらなかったリオンが後ろから声を掛けてきた。

 帰り道のことを考えて緊張していたマリヤンは、突然呼び止められたことに驚き、びくりと体を震わせて振り返った。

 だが、リオンの顔は先ほどとは打って変わって、身内を心配するような表情を浮かべていた。


「その……父上と母上と、それに妹…………リーズのことを、よろしく頼んだ」

「っっ!!」


 ストレイシア男爵家の長男にして、リーズの兄であるリオンの言葉に、マリヤンは無言で頷くことしかできなかった。

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