輸送隊の人
辛気臭い雰囲気を漂わせるアイネ他一軍メンバー三人に対して、マリヤンは何かいいことがあったかのようにニコニコ微笑みながら、空いている椅子の一つに着席した。
服装も、以前開拓村を訪れた際に着ていた、素朴ながら実用重視のものではなく、都会の雰囲気に合わせたようなサッパリと洒落たデザインのものを着ており、
見た目はまさに「都会のセレブ」といった感じだった。
「ふっふっふ~、久しぶりですね皆様」
「ええっと……アイネ、この子と知り合いなんですか?」
「何言ってるのよスラチカ。魔神王討伐の旅の間に輸送隊やってたマリヤンよ!
私は小腹が空いたときによくコッソリお菓子を売ってもらってたわ」
(輸送隊じゃないんだけど……この人たちに何を言っても無駄だよねぇ)
マリヤンだって、二軍だったとはいえ元々戦いのために召集されたメンバーの一人だし、戦闘にも何度か参加したことがある。輸送隊のように見られたのも、彼女が馬車で後方で物資やけが人の運搬を担っていたからに他ならない。
300人前後の集団にいて自分の顔を忘れるというのもアレだが、比較的仲の良かったはずのアイネにまで戦力として数えられていなかったことに、マリヤンは心の中で毒づいたが、それを表情に出すことはなかった。
「いやー、商売が終わってたまたま通りかかったら、皆さんがなんだか辛気臭い顔してたんで思わず声かけちゃいました~。何か嫌なことでもあったんですか?」
「別に。あなたには関係のないことです」
「そうですかぁ…………やっぱり貴族の皆様には、平民の私にわからない苦労があるんでしょうかね。あ、もしよかったら気分転換にお買い物とかどうですか? 今なら特別にお安くしますよ!」
「呆れましたね。結局商品を売りつけたいだけじゃありませんの。アイネならまだしも、あなたのような平民に碌なものを扱えるとは思えませんわ」
「まぁまぁ、見るだけでもいいですから、ね?」
「おいしそうなお菓子とかあったら、私が買いたいな!」
マリヤンは抱えてきた大きめのバックを開くと、中からいろいろな箱を取り出して、机の上に並べて見せた。
すると、いままでつっけんどんな態度だったスラチカとミルファーの目の色が徐々に変わっていった。
珍しい装飾が施された宝石箱に、美しい光沢を放つ赤や白の繊維、ランプの種にすると3年燃え続けるという貴重な術道具などなど、王国の貴族であれば誰もが喉から手が出そうになる品物が盛沢山だった。あと、申し訳程度に南方地方特産の保存がきく菓子もある。
「すごいわ……よくこれだけ集めましたわね」
「あぁ、この奇麗な布があれば、リシャール様が喜びそうな奇麗なドレスができそうです……………先ほどのご無礼、お詫びしますゆえ、言い値で譲っていただけませんか?」
「勿論ですとも! お手持ちがなければ、お屋敷まで運びますよ!」
「あはは、相変わらずおいしそうなお菓子があるわ! これ頂戴!」
こうしてマリヤンは、あっという間に三人を虜にし、信頼を得てしまった。
これこそ、彼女の思うつぼとも知らずに…………
「だけどマリヤン、よくこんなに珍しいもの集めてきたわね。どこか大きな貴族に売るつもりだったの?」
「ふっふっふ~、実はですねぇ~これらの品物は、いつか勇者様にお祝いとしてプレゼントしようかと思ってたんですよ!」
『えっ!?』
勇者様のプレゼントと聞いて、アイネたち三人はビクッと肩を跳ね上げ、平然を装うとするもわかりやすく挙動不審になった。
「ああご心配なく! これ全部をプレゼントするっていうわけじゃなくて、どれか一つを献上しようかと思ってたので。それに、荷物は馬車の中にまだいっぱいありますから、少し減るくらいどうってことないですよ」
「ええっと、マリヤンさん……でしたっけ? その、勇者様はまだ外遊中では?」
「ありゃ? まだ帰ってきていないんですか? 私はその辺の情報がないので、てっきりもうそろそろ帰ってくる頃かなと」
マリヤンはしらばっくれるように、平然と嘘をついた。
そもそもマリヤンは開拓村でアーシェラと結婚したリーズに会っていて、そのうえでこんなことを言い放つのだから、面の皮が厚くなったものである。
それに、リーズのことを「知らない」と自然に口にすることで、三人を勘違いさせる狙いもあった。これは半分ほどアーシェラの入れ知恵だったりする。
「これだけ品物を集めたのも、少しでもリーズ様が好むものがあればと思いまして~」
「勇者様が」
「好むもの……」
「リーズ様と頻繁にお話ししていた皆様なら、もしかしたら好みを知っているんじゃないかなって」
『………………』
(勇者様の好きなもの!? ええっと……なんだっけ? 剣かな……?)
(……勇者様はどのようなこともそつなくこなされますが、そういえば特に好まれたものは、なんでしたっけ…………?)
(リシャール様はモノではないので除外するとしましても、それ以外は……)
リーズは何が好きなのか? マリヤンの質問に、三人はとっさに答えが出ず、深く考え込んでしまった。
好きな食べ物を思い出そうにも、なぜかリーズが食事をしていたのを見た記憶があまりなく、装飾具も今思えば必要最低限のものしか身に着けていなかった気がする。
そもそも、リーズに面と向かって「何が好きですか?」と聞いたことすらないので、なんでも好みそうだと知っていても、肝心の一番のものが思い浮かばないのだ。
そんな様子を見て、マリヤンは心の中で呆れると同時に、哀れみすら覚えてしまったようだ。
(そんなの
アーシェラ特製のハンバーグを食べている時の、見ているこっちまで胸がいっぱいになりそうなあの笑顔――――そして、大好きな夫に寄り添って、頬を赤らめながら甘える幸せそうな様子――――あんなのを見せつけられたら、悩む余地などありはしないというのに。
結局、王国の人々が好きなのは「理想像としての」リーズであり、中身にはあまり関心がないのだろう。
だったら、どっかからリーズの影武者か、さもなくば人形でも用意して、それを好きなだけ崇めまつればいい…………マリヤンが心の中で罵詈雑言をダース単位で考えている間も、三人は結論が出せなかったようで、話題をごまかし始めた。
「ま、まあ……勇者様は多趣味だから、マリヤンが心を込めたものなら、なんでも喜ぶと思うわ! なんだったら最高級のお菓子でもいいと思う!」
「私はドレスなんかいいと思います! 勇者様なら、きっと何を着てもお似合いになります!」
「そうですねぇ……私ももうちょっと色々と見て見たいと思います。でも、何かわかったら教えてくださいね。私には……今は皆さんだけが頼りですから♪」
そう言って笑顔を見せるマリヤンは、内心複雑な気分ながらも、これから始まる壮大な計画の足掛かりを一歩築くことができてホッとした。
すっかり彼女を信用しきってしまったアイネたちは、この後マリヤンの巧みな話術で「愚痴」という名の王国の裏情勢について話を聞くことができ、今後の計画についての有益な情報を色々と手に入れることができたのだった。
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