注目の的

 第三王子ジョルジュがこの場に現れたことがよっぽど不快だったのか、第二王子セザールは第三王子の前にツカツカと歩み寄り、腕を組みながら上から目線で、威圧するように話しかけた。


「珍しいこともあるものだな、引きこもり。今更人気取りにでも来たのか?」

「いえいえ兄上、この所私は将来の王国の支えになれればと勉強詰めでしたが、偶には羽を伸ばそうと思い、こうして舞踏会に参上したのですよ」

「ふん、ずいぶんと生意気になったものだな。それにお前は最近、俺のやり方にいちいちケチをつけるように言いまわってるそうじゃないか。だが残念だったな! 俺は勇者を娶り、次期国王になることはもう決定したようなものだ。お前が何をコソコソしようと無駄なんだよ」

「はて、兄上は何をそんなに恐れているのでしょうか。レタン様(第一王子のこと)を差し置いて次期国王を名乗るくらいなら、もっとどっしりと構えていればよいのでは?」


 セザールはやけに突っかかるものの、対するジョルジュはどこ吹く風。

 しかし、まさか舞踏会の場で王子同士が目線で火花を散らし始めるのは、参加者たちも想定外だったようで、すぐに各々が支持する王子の方に移動しようとする者もいれば、どちらが有利かをギリギリになるまで見定めようと日和見する者もいた。


(噂には聞いていたけど、想像以上の仲の悪さね…………とりあえず、お互いが衝突しない様にしないと)


 緊張感が漂う中で、アイネは最悪の事態に備えるべく兵士たちに手で指示を出し、争いが起きそうになった際にすぐに止められるよう兵士たちを配置転換させはじめた。

 だが、まずいと思っていたのは彼女だけではなかった。

 第三王子のお付きの中には、先日の結婚式でセザールに花嫁を奪われたシャストレ伯爵の姿があり、それを見た目ざとい貴族の何人かが、場合によっては一発即発の事態になりかねないと考えたのだ。


「まあまあセザール殿下にジョルジュ殿下、お二人の間に何かあったのやもしれませぬが……本日はせっかくのめでたき宴、わが王国のより一層の発展を祝うためにも、ここはどうか穏便に…………」

「ふん、まあいい。ジョルジュのやつが何しに来ようと、俺の方が上である事実は揺るがないからな! 今日はせいぜい、俺の華麗な姿をよーく見て、本物の王族の器を「勉強」していくがいいさ」


 平和を祝う宴になるはずの舞踏会が、まるで王国の複雑な政治模様を如実に示す縮図と化しつつある中、王子二人の仲裁をした貴族が、場の雰囲気を変えるべく舞踏会のプログラムを進めはじめた。


「さあさあ、楽団の皆様! 今宵は二人の殿下がお見えですからね、とっておきの演奏で御もてなしいたしましょう!」

「ほぅ、いい曲を選ぶな、流石だ。誰にしようか…………そうだな、お前がいい」


 楽団が演奏を始めると、セザールはなんとシャストレ伯爵の元カノの手を取って、踊りに誘った。

 彼はこの場においてもなお、出来る限りの嫌がらせに余念がないようで、まるで元婚約者に見せつけるかのように、ホールの中央で踊り始めた。


 事情を知っている者たちはこの光景を見て騒然としする。

 だが、さすがに王族の前で私情をむき出しにするのは、貴族としての品格に関わるのか、シャストレ伯爵も元花嫁の女性も、まるでお互いが知り合いではないかのように、平然とふるまっている。さすが両方とも大人の貴族といったところだろう。

 ただ――――――


「な……なんなのあの子っ! いつもは目立たないくせに、このラウラより先に殿下の手を取るだなんて…………厚かましいにもほどがありますわっ!」

「やだ、あの子ったら確か、あそこにいるシャストレ伯爵の婚約者だったのが、直前になって殿下の寵愛を受けたっていわくつきの娘じゃない」


 むしろセザールのお付きの女性、特にラウラをはじめとするプライドが高い者たちが、自分たちを差し置いて選ばれたことに対して嫉妬の炎を燃やす始末。


 それでも、王子にダンスのパートナーとして選ばれるだけあって、彼女の踊りは実に優雅で一分の隙もない見事なものだった。

 アップダウンが頻繁に行われる難しい曲を、柔らかい脚運びで捌き、セザールと踊ることができる喜びが見るもの全員に伝わってくるようであった。

 もちろんセザールの方も、自信満々な性格に恥じない、完璧で力強い踊りを披露する。

 それはまるで、自分が欲しいものはすべて力尽くでも手に入れてみせると、周囲に見せつけているようで……………この自信過剰ともいえる勝ち気な態度が、彼の支持者たちにとっては頼もしく見えるのだろう。


「ふっ、どうだ? これが王族の踊りというものだ」


 二曲目が終わり、一曲目よりもさらに大きな拍手が会場に響き渡った。

 踊っていたペアは十数組いたというのに、観客の目線はほとんどセザールのペアにくぎ付けで、ほかの組はほとんどその存在を忘れられ、単なるエキストラに成り下がってしまったほどだ。


「お見事です。流石は兄上、堂々とした素晴らしいお姿でした」

「ふっ、当然だ。俺を誰だと思っている。おまえも王族の名を辱めるような真似だけはするなよ?」


 すでに勝った気でいるセザールに対し、ジョルジュはあくまですました顔で応える。


(ジョルジュ殿下……やはりセザール殿下と張り合うおつもりなのかしら?)


 かなり感情的な行動をするセザールとまるで正反対の、感情を抑えたような対応をするジョルジュを見たアイネが、そう感じてしまうのは無理もないことだろう。

 ジョルジュの本当の人となりはあまりよく知られていないが、仲が悪いという噂がある以上、あえて兄と正反対のふるまいをして、セザール反対派の心をつかもうという魂胆だろうか。


 楽団が三曲目を奏ではじめ、二曲目とは打って変わって激しく情熱的な音楽が会場を盛り上げる。

 ところが、第三王子はお付きに女性をほとんど連れてきておらず、その数少ないお付きはすでにほかの男性貴族と踊り始めてしまった。

 ジョルジュはいったい誰と踊るのだろうか? ひょっとしたら、会場の中にいる女性に声をかけるのか? はたまた、セザールのお付きの女性に声をかけ、セザールに忠誠を誓った女性の心を奪を撃とするのか?


 会場の注目を集める中、ジョルジュが手を取った相手は――――――


「よし、君がいい。一曲付き合ってくれ、これは命令だ」

「え!? ちょ、まっ………ええぇっ!?」


 なんと、会場の警備を任されているアイネだった!

 これには周囲の人々も、セザールとそのお付きの女性たちも、相手を命ぜられたアイネもびっくり仰天であった。


「待ってください殿下っ! 私は警備役なので、参加者ではありません! この通り、ドレスも着ていませんし……!」

「その身のこなし、君も貴族なのだろう? なら、最低限の踊りは習っているはずだ。それで問題ない」


 王族が警護の将を男子に誘うなどという前代未聞な事態に、アイネは慌てて抗議しつつも、ジョルジュの失礼にならないよう、全身全霊を込めて情熱的なステップを刻んだ。

 それに、セザールの時とは別の意味で注目の的となってしまい、三曲目で踊ろうとしていたペアたちですら、物珍しい光景に見入ってしまい動きを止めている。

 四方八方から突き刺さる視線に、アイネは恥ずかしくなって顔を真っ赤にしてしまう。


「し、しかし…………これでは、殿下や参加者の方々を護ることができません!」

「ふっ、君の揮下の兵士の動きは実に見事だ。ならば、少し離れたところで問題あるまい。それに……」

「それに…………?」

「君のそばにいれば、すぐに守ってくれるのだろう? ならば、ここが一番の安全地帯、というわけさ」

「~~~~~~~っ!!!」


 曲に合わせて抱き寄せられる瞬間、耳元でそう囁かれたアイネは、ますます顔を赤くし、頭が沸騰しそうになった。

 もはや抗議する気すら起きず、ジョルジュの怜悧なまなざしにじっと見つめられたまま、まるで操り人形のように、彼女の意思とは無関係に手足が動く。


 ダンスが苦手なはずだったアイネは、永遠に思える三曲目の間、ほとんど何も考えることもできないまま、王族のダンスパートナーを完璧に勤め上げた。

 この日の夜のことは、武骨な女性が王子様に見初められるというパターンの前例として、後世までずっと伝わっていったという。

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