波乱の予兆

 一曲目が終わってしばらくして、楽団のトランペットが勇ましいファンファーレを高らか鳴らし、主要人物が到着したことを告げると、優雅に談笑や飲食をしていた参加者たちは即座に背筋を伸ばし、すでに赤い絨毯が整っているホール正面扉の方に注目した。


 そしてアイネも、曲の合間を縫って扉の前に移動しており、事前の手はず通り配下の兵士たちを扉の両脇に整列させ、手の合図で扉を開くよう命じながら、高らかに声を上げる。


「第二王子殿下のご到ちゃーぁくっ!!」


 騒々しい戦場でも遠くまでよく聞こえると評判のアイネの凛々しい声とともに開かれた扉から、まず三人の重装備の近衛兵が入場して安全を確認すると、しかる後に第二王子セザールが大勢の着飾った女性を引き連れて堂々と入場してきた。

 高級な布地で作られた黒い衣装に、赤いマントと金の装飾具を惜しみなく用いた姿は王族の気品に満ち溢れており、会場にいるほぼすべての人間を圧倒したが、その後ろに控えるセザールが懇意キープにしている女性の集団もまた、彼がいかに圧倒的な存在かを表しているようだった。

 その数はなんと25名。どの娘も見た目非常に麗しく、この中から一人娶れただけでも男の価値が上がると目されている。

 特に、セザールの両脇を固める女性は現在の「お気に入り」であり、彼の右隣りには茶会でアイネ相手に得意げになっていたラウラの姿があるほか、後ろの集団の中には先日――――シャストレ伯爵マトゥシュと結婚するはずだった令嬢もいた。


「ふっ……今回も大勢集まっているようだな。それに、皆の顔も随分と楽しそうで何よりだ。魔神王が倒れて平和になった今、もはや我々の楽しみを邪魔するものは何もない。今宵は存分に、舞踏会楽しもうではないか!」


 セザールがそう高らかに告げると、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 特に女性たちは、第二王子のあまりのイケメンっぷりに、その場で倒れかねないほど興奮をあらわにしていた。


「あぁ殿下! 今宵もとても凛々しくて…………そのご尊顔を拝することができただけでも幸せですわ!」

「お付きの方々の顔ぶれも随分と変わりましたのね。やはり、殿下のお相手を務められる女性といえど、努力を怠ってはいけないということなのでしょう…………」

「羨ましい…………私も一晩だけでも手折られる花になってみたいものですわ」


 周囲からぽつぽつと聞こえてくる言葉に、アイネも思うところがないわけでもないが、今は警護に専念しなければならないので極力気にしないよう心掛けた。

 それでも、ラウラがアイネの姿を見つけるや否や「どう? 思い知ったかしら?」と言いたげな嘲笑交じりの目線を向けてきたが、アイネ自身特に本気で羨ましくもなんともないので、何の反応もせずにスルーした。


(自分から男のアクセサリーに志願して何が楽しいのやら。私は一人だけを生涯愛してくれる人じゃなきゃお断りだわ)


 セザールの周囲に続々と集まる参加者たちを遠目に眺めながら、アイネはそんなことを考える。

 第二王子セザールが漁色家であることは、王国貴族社会ではほとんど常識であるが、それでもなお彼に近づきたいという女性は後を絶たない。

 それは、男性が美女相手に目先のことすら考えられなくなるのと同じことで、ある意味仕方ないことではあるが…………自身があまりモテない女性だと自覚しているアイネにとっては、むしろ生涯に一人だけ自分のすべてを受け入れてくれる相手が欲しいと思ってしまう。


 とはいえ、これだけ大勢の人間が出席すると、当然セザールを内心快く思っていない人間も多い。

 セザールに恋人や妻の心を奪われた男性、なかなか声をかけてもらえずプライドが傷ついた女性、そもそも敵対する派閥に所属する貴族など――――――彼らはセザールの耳に入らないよう、かなり小さい声でヒソヒソと陰口を言い合った。


「あのラウラって小娘…………平民出身のくせに、よくあそこまで厚かましくなれるわよねぇ。勇者パーティーで活躍したか何だか知らないけど、あの様子じゃ所詮成り上がりの付け焼刃よねぇ」

「後ろにいる青いドレスを着た若い娘、噂じゃシャストレ伯爵と婚姻する直前に権力を笠にかっさらってきたんだってさ。それを隠すどころか、舞踏会に堂々と連れてくるとは、あの王子はどんな神経をしているんだ」


 だが、かれらはヒソヒソ話をするだけで、結局何もしない。

 彼らにも表立って反発することができない事情があるにせよ、アイネにとっては不愉快なことには変わりない。そして、そんな状況を変えようと努力することを、全くする気にならない自分も嫌になる――――――


 と、そんな時にもう一度、楽団のトランペットが高らかにファンファーレを奏でた。


(そうだ、今回はいらっしゃるんだった)


 危うく仕事のことを忘れそうになったアイネは、瞬時に自分に喝を入れると、もう一度兵士を整列させ、合図とともに扉を開いた。


「第三王子殿下のご到ちゃーぁくっ!!」


「なにぃ? ジョルジュが?」


 アイネが第三王子ジョルジュの到着を告げると、貴族たちに囲まれていたセザールは意外そうな顔をして顔を歪めた。


 開いた扉からは、第三王子のジョルジュが、護衛を前に出さずに自ら先頭に立ち、キチっとした足取りで入出する。その後ろには、セザールの時と同じように三十人近い貴族が付き従ってきたが、驚くことにそのほとんどが男性であり、その中のメンバーには先ほど話題に出たシャストレ伯爵の姿もあった。

 服装は比較的自己主張が控えめで、兄とは対照的な青色のローブを纏い、装飾の数も最小限だが、全体のバランスを計算して配置しているのか、あまり寂しげには見えなかった。


 第二王子セザールと第三王子ジョルジュは、以前からあまり仲が良くないという噂が流れていたものの、ジョルジュがあまり公的な場に姿を見せないこともあって、この二人が顔を合わせることはあまりなかった。

 それゆえか、いざこの二人が相対すると、改めてその違いが決定的になったように感じた。

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