舞踏会

 庶民が憧れる絢爛豪華な貴族のイメージとして、真っ先に上がりやすいのが「舞踏会」だ。

 お城の中にある大広間で、綺麗なドレスで着飾った女性たちと、堂々たる立ち振る舞いの男性たちが、

豪華な料理や酒に舌鼓を打ちながら、奏でられる音楽に合わせて優雅に踊る――――――まさにこの世の天国のような情景だ。


 しかしながら、実際に舞踏会に出席する貴族の面々にとっては、そんな生易しい場所ではないことをきちんと理解している。

 昼間のお茶会が「静」の教養を求められるのと対照的に、こちらは「動」の所作を見定める場であり、当然のことながらただ単においしいものを食べてお酒を飲んで、踊って楽しめばいいというものではない。

 その上で、ある者は自身の家の品格を上げるため、またある者は裏の情報を収集するため、はたまた一夜の相手、もしくは婚約者探し、ライバルへの牽制、政治的な密談、などなど…………とにかく誰もかれもが腹に一物抱え、常に相手を出し抜く機会をうかがっているわけである。

 「貴族の宴は退廃の宴」とはよく言われるが、彼らからしてみれば、自分の社会的地位がかかっている重要な場なのだ。



「アイネさんってば…………また警護役なのですね。残念ですわ」

「私もたまには、アイネさんのドレス姿を見てみたかったのですが」

「いいのいいの! 私にはドレス姿なんて似合わないし、ダンスだって見れたものじゃないもの! それに、勇者様やエノーさんたちが戻ってくるまでは、私が油断するわけにはいかないわ」

「まあまあ、そんなこと言わないでよアイネ」

「あなたのようなすらっとした美人がドレスを着れば、きっと殿方の衆目を集めること間違いありませんわ」


 美しいドレスで着飾った友人たちを前に、アイネは黒一色の警備用の布服を身に纏い、自分のことを謙遜するように笑っていた。

 とはいえ、内心では――――


(そもそも、ドレスが似合わないだの、ダンスが下手だの言ってたのは、あんたたちじゃない…………)


 アイネは知っている。

 この友人たちが、陰で彼女の悪口を言っていたことを。

 曰く「あれは殆ど男の体形だからドレスは似合わない」「ステップの踏み方が暴力的」「眼光が野獣そのもの」

 それを本人に聞こえないところで言っているなら、知らなければ問題ない話だが、先日この友人のうちの一人が、わざわざアイネに「ご注進」してきたのだから始末に負えない。

 結局彼女たちとの友誼も、表面上のものにすぎないと知って、アイネは思わずため息を漏らした。


(ま、警備こっちのほうが気楽なのは間違いないけどね)


 アイネ自身もドレスが似合わないことは自覚しているし、ドレスを着ること自体昔から大嫌いだった。

 前線に立って剣を振るう貴族の女子や女騎士は、今時珍しくないとはいえ、アイネの体は極端な筋肉質であり、彼女に似合うようなドレスを作ること自体が、至難の業だと言われている。

 今ではアイネの暴力を恐れて、面と向かって言ってくる者はほとんどいないが、昔はドレス姿が筋肉で盛り上がって見えると良くからかわれたものだ。


 もういっそのこと、男装してパーティーに出たいところだが、それはそれで、却ってネタにされるだろう。

 そんなことを考えていると……ふと、毎回本当に男装して舞踏会に出席していた人物のことを思い出す。


「そういえば……勇者様は、舞踏会の時はなぜか男の人の格好だったわね。

あれはあれですごくよく似合ってたけど、ドレス姿で踊るのも見たかったな……」


 そう、勇者リーズは、舞踏会があるたびになぜか男性貴族の服を着ていたのだ。

 やや小柄な彼女の為に特別にあつらえたのか、袖丈はリーズにぴったりでとても似合っており、純白の衣装に金の飾りがこれでもかというほど散りばめられ、まるで太陽のような輝きを放っていた。

 当然みんなリーズに目線が釘付けだったわけだが、それに不満を言う人も一人もいなかった。

 リーズはドレスを全く着ないわけではなく、華やかな衣装が必要なパーティーでは、それはそれは美しいドレスに着飾っていた。リーズが男装するのは、あくまでも舞踏会の時だけだった。

 噂では、非公式ではあるが既に婚約者している第二王子セザールが、リーズが他の男性を誘惑しないよう、あえてそう言った格好をさせているという話もある。


 リーズは、男性女性分け隔てなく手を取って踊っており、アイネも一度だけ彼女のパートナーをしたことがあった。黒天使の異名を持つ彼女ですら、まるで本物の天使と踊っているような感動を覚えたものだから、男性となれば一緒に踊っただけで好意を持ってしまうのも無理ないことだろう。


「勇者様はダンスも完ぺきだったなぁ。私と踊ったときも、動きがすごくスムーズですごく感動したし、

かとおもえば男の人と踊っても違和感がほとんどなかった。私がまねしても、きっとああはならないんだろうな」


 アイネが壁を背にホール全体に目を光らせる中、王宮楽団による演奏が始まり、着飾った男女たちが手を取り合って踊り始めた。

 お茶会の時もそうだったが、勇者リーズがいないだけなのに、なんとなく踊りに花が足りないように感じてしまう。

 一体リーズの何がそうさせるのか、そして…………なぜ自分では代わりにならいのか、アイネは何度も自分の心に問いかけてみる。


「私だって……腕っぷしならなんとか勇者様と渡り合えるし、家柄だってそれなり、それに勉強だって、苦手なりに励んできた。けれども、私が勇者様の真似事をしたところで、どうにもならないことはわかってる。結局私は戦うことでしか存在意義を示せない。世界が平和になった今、もう戦いなんて起こらないのだから」


 勇者とはいえ、たった一人王宮からいなくなっただけで、ここまで大きな影響があるとはだれが思っていただろう。

 それほどまでに、仲間たちや王国の要人たちは、あらゆることをリーズに依存していたのだとしたら、それは恐ろしいことである。


「私も幼いころからもっと努力していれば、勇者様みたいになれたんだろうか? 

でも、あれ? 勇者様って、もともと貴族なのに冒険者をしていたんだっけ? と言うことは、足りないのは実戦経験?」


 ふとアイネは、今更ながら、自分がリーズのことについてあまりよく知らないことに気が付いた。

 ストレイシア男爵家の末子で、ずいぶん前から冒険者として活躍していたことは知っていたが、そんなリーズが何が好みで何が苦手なのか、何か趣味を持っているのか…………ずっと一緒の仲間だったはずなのに、それらの話題を全く聞いたことがない。

 勇者リーズはなんでも完ぺきにこなせる、好き嫌いなどを超越した存在――――それが今の王国の人々の持つイメージであり、アイネも例外ではなかったわけだ。


(私は……勇者様のことを何も知らなかった。今までこんなことも気が付かなかったなんて!)


 そうしているうちに、楽団の演奏が一曲終わり、踊っていた人々に周囲から盛大な拍手が送られる。

 人々は心の底から平和を謳歌しており、アイネの出番が来るようなアクシデントが起こる予兆は全くない。


 しかし、その平和が何によって成り立っているかが、正しく理解できている人間は、この中にどれだけいるのだろうか。

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