寝坊
ドンドンドン ドンドンドンドン
木の板が威勢良く叩かれる音が聴こえて、アーシェラはゆっくりと目を覚ました。
「う、ん…………誰か来ているのかな? こんな朝早くに?」
寝ぼけ眼のままアーシェラが体を起こすと、彼にぴったりと抱き着いて、ほとんど体の一部のようになっているリーズまで一緒に持ちあがる。そして、その動きでリーズもうっすらと目を開いた。
「…………ほぇ、しぇら? もういっかいするの?」
リーズもまたアーシェラ以上に寝ぼけているようで、夜が明けたことにすら気が付いていないらしい。
掛け布団が少しはがれたことで、冬の冷たい空気が素肌にヒンヤリと刺さり、リーズは無意識にアーシェラの首と自分の首をネッキングさせ、少しでも愛する人からの熱を感じ取ろうとした。
だが、もう一度木の板……いや、扉をたたく音ともに、慌てたような声も聞こえてきた。
「リーズ様! アーシェラ! いないんでしょうか!?」
「おかしいな? 留守か? だが、どこにも出歩いているのを見てないしなぁ…………?」
一方の声はレスカだとわかったが、もう一人の声がだれなのか、アーシェラはすぐに思いつかなかった。
何度も聞いたことがあるものの、村の住人ではない。
アーシェラが数秒思案している間に、リーズの方が先に正解を言い当てた。
「あれ? シェマのこえがする?」
「……はっ! そうだ、シェマだ! おーい、シェマっ、僕は今起きたところだ、少し待ってて!」
「うむ、やはりまだ家にいたな」
「なんだ、まだ寝てたのかって………あれー?」
どうやら、先ほどから扉をたたいていたのは、時々郵便配達に来ている元二軍メンバーのシェマに間違いないようだった。リーズもアーシェラも返事をしないので、もしかして留守なのではと思っていたようだが、そうではなかったのでほっと一安心した。
だが、すぐに「今起きたところ」という言葉を聞いて、シェマの声が固まり、数秒間が開いた。
「おーいアーシェラ、今起きたところってお前、ずいぶんと寝坊して…………あっ」
「はい? それはどういう…………あっ」
二人は、お互いの言葉でようやく何かを察したようだ。
「し、しまった! まさかもうお昼前!?」
「ま、まあまあまあ、そういうこともあるもんね! 夫婦間の情事……じゃなかった事情に立ち入って悪かったよ! 隣の家を借りるから、あとでゆっくり来てほしい!」
アーシェラはてっきり朝だと思っていたが、実はもうとっくにお昼前になっていたのだった!
彼が気が付かなかったのは、この日に限って雨が降りそうなほどどんよりとした天気だったせいで、カーテンから日差しがほとんど入ってこなかったから、まだ日が昇っていないと勘違いした…………というのもあるが、そもそも二人が寝たのが、色々あって早朝になってしまったわけで。
昨日までの探索活動の疲れもあって、昼前になるまで泥のように眠りこけてしまったというわけである。
そんな時に村外からの来客があるとは、なんともタイミングの悪い話である。
「ごめんよシェマ! この僕が寝坊するなんて…………ほら、リーズ、起きて! もう朝どころかお昼だよっ!」
「おひる………? え、えっ……ええええっ!!??」
リーズもようやく事態を把握したようで、慌てて目を覚ました。
「ごめーんシェマっ! リーズも寝坊しちゃったっ! 今着替えるから待っててーっ!」
「だ、大丈夫ですよリーズ様ーっ! そんなに慌てなくても!」
「そ……そうだぞリーズ! 羨ましいとか思っていないから、ゆっくり準備してくれ! シェマさんは私の家に案内しておく!」
こうして、アーシェラとリーズは急いで起床して普段着に着替えると、乱れた髪を梳かすために真正面から抱き着きあって、鏡を見ないでお互いの髪の毛に櫛を入れていく。
傍から見ると、こんな時くらい自重しろよと思ってしまうイチャつきぶりのように見えるが、この夫婦にとってはあくまで急いでいる時の合理的手段に過ぎない。本当ならゆっくり雑談しながら、鏡の前で髪の手入れをしあいたいのだ。
「シェラ、後ろ結べたよっ」
「ありがとう。僕の方はもう少し待って……それと、お腹はすいてない?」
「少しすいてるかも…………でも、お昼と一緒で大丈夫」
シェマもレスカも「大丈夫」とは言っていたが、声から察するに、何やら二人に急いでみてもらいたいものがあるようだ。
朝食を食べないのは体に悪いが、死にはしないだろう。
アーシェラがリーズのツインテールをリボンで結び終わると、二人は駆け足で、ちょっと離れた向かいにあるレスカとフリッツの家に足を運んだ。
「あ、おはようございます村長、リーズさん!」
「おはようフリッツ君っ! レスカとシェマは?」
「もう来てくれたのか。こっちだ」
二人レスカたちの家に入ると、暖炉の火でお湯を沸かしていたフリッツが出迎えてくれた。
レスカの声が寝室から聞こえたので、そちらに向かってみると――――――――果たしてそこには、二人用ベッドに寝かされた、見覚えのない少女と、それを心配そうに見守るシェマの姿があった。
「お待たせシェマ…………その子は?」
「!! ずいぶんと衰弱しているじゃないか!」
「…………話せば長くなるんだけどー、この子は俺がこの村まで飛んでくる途中、旧街道の雪の中に倒れていたんだ」
ベッドに横たわっている明るい金髪の少女は…………顔色が寒さで蒼褪めており、呼吸もとても弱々しい。
冬の旧街道を一人で越える――――それがいかに無謀なことかを知っているリーズとアーシェラは、驚きとともにその場で顔を見合わせた。
何やらまた、村に一波乱ありそうな予感がする……………二人は目線だけで、同じことを感じていると確信し、お互いに小さく頷くのだった。
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