家 Ⅱ
村に戻って荷物を片付けて、少し体を洗ったら休む間もなく夕ご飯の準備(それも村の全員分)をする羽目になったアーシェラ。にもかかわらず、彼はとてもうれしそうな顔でビーフシチューを煮込みつつハンバーグの肉を捏ねていた。
下拵えまではブロス夫妻がやってくれていたし、主食となるパンはディーター一家が焼いているが、出来立てが一番おいしい料理の仕上げはやはり食べる前にしなければならない。
「やっぱりこうなっちゃうよねっ♪ ふっふっふ、なんだかまるで自分へのご褒美みたいに思えるから、俄然気合が入るよ」
「えっへへ~、こんなところまであの頃と一緒だねっ! リーズたちが冒険から帰ってきた後のお祝いのごちそうは、全部シェラが作ってくれたもんね!」
そして、アーシェラの隣にはリーズがぴったりと寄り添って、アーシェラと同じ手つきでハンバーグを捏ねる。
この村に来てから何度もアーシェラの料理を手伝ったおかげか、最近ではリーズもそれなりに捏ねるときの手加減がわかってきたようで、ポンポンと転がすような手さばきを見せている。それに何より、リーズも料理の楽しさがわかってきたようだ。
「不思議だよねシェラ、大好きな人と一緒に好きなことをしてると、疲れが全然感じないの。あの頃のシェラもこんな気分だったんだよね」
「まあね。初めのうちは、僕にできることはこれくらいしかないからって思って必死にやっていたけど、途中からむしろそれが楽しくなってきた。それに、危険を冒して必死に頑張ったリーズをどうしてもねぎらってあげたかったし、さっきも言ったように、ひそかに自分へのご褒美もなってたし」
「リーズも…………頑張ってくれた大好きなシェラのために、こうして自分の得意な料理で疲れを癒してほしいって思う」
久々の本格的な長期探索は、リーズとアーシェラの冒険者時代を幾度も思い起こさせた。
未熟な頃の失敗や、野営の思い出、それに命がけの戦闘も。「危険を冒すと書いて『冒険』と読む」の言葉通り、つらく苦しかったことの方が多いが、そんな経験をしなければ得られない喜びもあることも知っている。
冒険者のころ、リーズやエノー、ロジオンたちがくたくたになって何もする気力もなくごろごろしている間にも、アーシェラとツィーテンは洗濯に料理に後片付けに、最後まで走り回っていた。
リーズたちはそれを「大変そうだな」と思いながらも、結局厚意に甘えて完全に任せっきりにしていた。今思えば、あのころからもっと手伝っていればとリーズは今更ながら反省していた。
「今までは、ほとんどシェラに面倒を見てもらってた子供だったけど、もうリーズはシェラの奥さんだから…………リーズにできること、シェラにたくさんしてあげたいの」
「リーズ…………」
ハンバーグを捏ねながら、リーズの体がふわっとアーシェラに寄り掛かる。
思えば、久々に二人きりになることができた。
大勢の人と交流するのが大好きで、とても仲間思いのリーズだが、そんな彼女にだってプライベートの時間は必要だし、そのプライベートとはアーシェラと二人きりになることだ。
仲間たちから見れば、この二人は冒険の間もほとんどの時間隣同士で過ごし、隙を見てはイチャ付き合い、甘い言葉とともに砂糖を振りまく、のべつ幕なしのラブラブ夫婦にしか見えなかった。
特にミルカは、これが普通の夫婦のありさまだとミーナが勘違いしないか心配するほどだったし、フィリルも「真面目な顔して4人も子供がいる、むっつりスケベなセンパイ夫婦でもここまでじゃないんですけど」とややあきれていた。
が、劇的な障害をすべて蹴散らして、相思相愛の末に結ばれたこの夫婦にとって、そんな状況ですら「我慢していた」の範疇に入るのだから何をいわんやである。
「それに、シェラのことをもっともっといっぱい知りたい。もちろん、シェラのことを一番よく知ってるのはリーズで間違いないんだけど、まだまだ知らないこともいっぱいあったし、もっともっともーっと、シェラのことを好きになれると思うと、とってもワクワクしてくるの!」
「な、なんだかちょっと恥ずかしいね。でも僕のことをもっと好きになってくれるなら、これほど嬉しいことはないよ」
「今回の冒険で、シェラの故郷を見つけたとき、リーズはシェラが魔神王から奪われたものを取り戻すことができたんだって思って、少し泣きそうになったの。リーズは一度勇者になったから、みんなのために戦うのが当たり前だったけど、やっぱりシェラのために頑張ることができるのが一番だって改めて思った。シェラも村長になって、みんなの面倒を見なきゃいけない立場だと思うけど、リーズのことを一番に見てほしい…………こんな我儘なリーズでも、もっと好きになってくれるよねっ」
「ふふっ、もちろんだとも。むしろリーズが我儘を言っていいのは、僕だけにしてほしいな、なんてね」
「もうっ、シェラってばーっ!」
リーズはアーシェラの言葉に顔を真っ赤にし、感極まってアーシェラに抱き着いて、胸元に顔をすりすりしてしまう。場所が場所だったら、その場でアーシェラを押し倒していたかもしれない。
「早速甘えてくれるのは嬉しいけど…………火を使っている時は気を付けてね」
「えっへへ~。ねえシェラ、せっかくだから一つ我儘を言っていいかな?」
「ん? 我儘? 何か欲しいものがあるの?」
「うん! シェラ、ちょっと耳貸して」
「?」
二人きりで他に誰もいないのに、なぜ周りを憚る必要があるのか疑問に思ったアーシェラだったが、素直にリーズの口元に耳を傾けた。
「あのね、シェラ………………ゴニョゴニョ」
「っ!? リーズ、それは……っ!」
リーズが耳元でささやいた言葉を聞いた瞬間、アーシェラは顔から炎が出そうなほど一気に赤くした。
「シェラとリーズは夫婦になったんだから、ちゃんと夫婦の仕事もやらないとねっ♪」
「あ、あぁ……」
「えへへ~、今夜はよろしくね、シェラっ」
そう言ってリーズは、そのままアーシェラの頬にキスをする。
のぼせたように赤くなったアーシェラは、無言のままコクンと頷くので精いっぱいだった。
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