安心

 村人たちが、大量の戦利品をまとめる作業をしていると、仕事をしていたため来るのが遅くなったブロス一家がようやく駆けつけてきた。


「ヤァ村長! ヤアァリーズさん! 長期間の探索、無事終わって喜ばしいですナ! ヤーッハッハッハ!」

「あぁ、ブロスの方こそ留守番お疲れ様、そしてミーナたちの代わりに羊たちの世話ありがとう。大変だったでしょう?」

「なんのなんの、これしきことならいつでもお任せくださいな! ヤーッハッハ!」

「リーズたちも頑張って、ブロスさんたちにお土産をたくさん持ってきたのっ! ほらこれ、すごいでしょっ!」

「ヤヤヤっ……これはまた、すごい量のお土産ですなぁ。しかもこの大きな狼の頭………わざわざ剥製用に加工して持ってきてくれるとは!!」


 アーシェラは、留守中特に仕事が多かったであろうブロスをいたわり、そのお土産として、防腐加工した巨大サルトカニスの頭を渡した。もちろん、最終的に剥製にするまで加工するのはブロスの仕事になるのだが、材料を現地で加工して持ってきてくれるだけでも、彼にとってはとてもありがたいことだった。

 また、リーズたちが調達してきた素材の数々も、ブロスを大いに驚かせ、そして興奮させた。

 こんなものが取れるのだったら、むしろ自分が行くべきだったと後悔するほどだ。レンジャーにとって、未知の世界での貴重な素材回収程楽しいことはないのだから…………


「ヤア村長! 次回があったら、是非私を連れて行ってもらいたい!」

「ふふっ、そうするよ。ただ、ちょっと残念なことに、探索の為に設置した前線基地は、この巨大サルトカニスとその配下の魔獣の群れに破壊されてしまったよ」

「リーズたちが食料を置きっぱなしにしたのがちょっとまずかったかも…………」

「アヤヤー、それはもったいない。ま、でもそのおかげでこんなにいい獲物が狩れたんですし、基地はまた作ればいいじゃないですかっ!」


 リーズとアーシェラが、ブロスと戦利品のことについて話している一方で、フィリルは彼女が慕うユリシーヌを見て、まるで戦地から帰ってきたご主人を見た犬のように飛びついていた。


「せんぱーいっ! フィリル、ただいま戻りましたーっ!」

「ちょ、ちょっとフィリル…………こんなところで抱き着かないで。リーズじゃないんだから…………」


 もちろん、抱き着かれたユリシーヌにはたまったものではなく、顔を真っ赤にして困惑しっぱなしだった。

 だが、なんだかんだで彼女も弟子の安否は気にしていたようで……甘えられても無理やり引き離すようなことはしなかった。


「とはいえ、無事に帰ってきたのは正直ほっとしたわ…………。リーズがいるとはいえ、あなたはまだまだ未熟だから」

「そうなんですよせんぱーい! 途中何回か危ないとこもありまして、あたしってやっぱまだまだ未熟だなって何度も思いましたよっ」

「そう…………それで、レンジャーやめたくなったかしら?」

「とんでもないっ! あたしはもっともっと強くなって、もっともっといろんなことを学ばなきゃって思うと、むしろワクワクしましたっ!」

「…………ふっ、ならいいわ」


 呆れるほど陽気で能天気なフィリルだが、そのまなざしと表情は、村を出発する前に比べると確実に精悍になっていた。

 はじめのうちは、彼女のことが苦手だったユリシーヌも、それなりの期間接しているうちに、愛着がわいてきたようだ。


(私は意外と…………騒がしい人間が好みなのかしら?)


 ユリシーヌは、今更ながら自分と相性のいい人間の誰もかれもが、無駄に元気で騒がしいということに気が付き、少しショックを受けているようだった。

 彼女自身、ブロスと結ばれて村に来るまではほとんど孤独に過ごしていたせいで、人の好みについては消極的な意味で無頓着だったのだ。だが、村に徐々に人が増えてくる中で、自分ですら知らなかった好き嫌いの感情が表れ始めていることに、ユリシーヌは少々不安を感じてしまう……………が、そんな悩みは、愛する夫のブロスが一瞬で吹き飛ばしてくれた。


「ヤッハッハー、おつかれさんフィリル。夕飯は無事帰還したお祝いに私とゆりしーでたくさん作ったから、楽しみにしててよっ! それにお風呂も沸かしてあるから汚れを落としてくるといいよ」

「はーいっ! 久々のお風呂っ、お先にもらいまーす!」

「洗濯ものは残らず出しておくのよ」


 風呂場に向かってダッシュするフィリルにかけるユリシーヌの声は、完全に母親のそれであった。

 フィリルから解放されて一瞬ほっとしたユリシーヌだったが、即座に次の懸案事項が待ち構えていた。


「ヤアァゆりしー、無事帰ってきたテルルなんだけど、この子をどう思う?」

「すごく……おおきいわね」

「でしょう? でも、このままじゃ羊小屋に収まらないんだよね」


 そう、せっかく無事に戻ってきたテルルが、羊小屋に入ることができないのだ。

 羊の畜舎はそれなりに大きめに作ってあるとはいえ、羊が一軒家と同等まで大きくなることは当然想定していない。そのうえ、ほかの羊たちが怖がってパニックを起こさないかどうかも心配だ。


「当面は外で生活してもらうしかないのでは? かなり長い期間、外で過ごせていましたし、天然の厚着をしていれば寒さは防げそうですが」

「だ、駄目だよお姉ちゃんっ! せっかくテルルは村に帰ってこれたんだから、冬の寒い風の中で過ごすなんてかわいそうだよっっ!」

「ヤッハッハ! というわけでゆりしー、急いでテルルが雨風をしのげる場所を作るよー!」

「仕方ないわね……」


 ミルカは、野生生活を満喫してきたテルルなら、少しの間なら外での生活に耐えられるのではないかと考えていたが、ミーナはその意見に反対し、快適に休める場所が欲しいと主張した。

 なるほど、言われてみれば彼女の意見はもっともだが、その労力はやはりブロス一家が担うことになる。


「しゃあねぇ、急いでデカめの屋根と壁を作ってやらにゃあな。わりぃが村長……その、俺たちの代わりに夕飯の準備を…………」

「くすっ、大丈夫ですよデギムスさん。それに冒険者時代も、帰ってきた後のご飯を作るのは僕の役目でしたから」

「じゃあリーズもシェラと一緒に宴会の用意をするねっ! ミーナちゃんやフィリルちゃん、それにテルルが活躍してくれたおかげで、まだまだ元気が有り余ってるのっ!」


 ブロスの父デギムスも、羊小屋増築に駆り出されることになった為、夜の宴会の料理を作ることができなくなった。

 なので、結局料理の方はアーシェラに一任され、一番活躍した功労者のリーズもそれを手伝うことになった。これでは何のための宴会かわかったものではないが…………こんなところも、開拓村の愛嬌の一つと言えるのかもしれない。

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