夜営 Ⅱ

 探索開始から10日目――――

 この日の夜、リーズたちのベースキャンプから、珍しく肉の焼けるいい匂いが漂っていた。


「本当に運が良かったですわね。まさかこのような大物が仕留められるなんて」

「えっへへ~、久しぶりのお肉だーっ! しかもこれだけあれば、最後の日まで毎日ハンバーグ食べても使いきれないねっ!」

「毎日ハンバーグか……飽きないように、味付けを工夫しなきゃ」

「大丈夫だよシェラっ! 冒険者の頃は毎日同じハンバーグでも、リーズだけじゃなくてみんな飽きなかったし!」

「それもそうか」


 この日彼らは、ベースキャンプの強化をするために、湿地とは反対方向にある森林に足を延ばして、木材を伐採しに行ってきたところ、そこでかつて村を襲ったモンスリノケロースと同じくらいの体躯を誇る、イノシシの魔獣に遭遇したのだった。

 リーズたちを発見するや否や、森の木々を立派な牙でなぎ倒しながら突進してきた魔獣だが、残念ながら相手が悪かったとしか言いようがなく、リーズの剣による一撃で頭が吹き飛び、撃破された。

 そして、そのイノシシの魔獣は徹底した瘴気抜きの後に毛皮や牙、骨まで分解され、肉は血抜きされた後に切り取られ、アーシェラの手でハンバーグと化してしまうのだった。人間とは実に恐ろしい存在である。


 ここ数日間は携行食糧だけの食事が続いていて、さすがに少し飽きてきていたので、ここで新鮮な肉類が手に入ったのはまさしく幸運と言えよう。


「んんっ! おいしいっ! 塩で味付けしてるだけなのに、シェラが作るとなんでこんなにおいしくなるんだろう?」

「そうだねリーズお姉ちゃん! 私も何度か作ってるけど、村長さんの作るものには遠く及ばないの。何かコツとかあるのかなぁ?」

「コツがあったらもったいぶらずに教えてくださいよぉ! あたしも野外料理もっとうまくなりたいんですから!」

「ははは、コツなんてないよ。ひたすら練習あるのみさ」


 岩塩と消毒用の香草だけの味付けにもかかわらず、相変わらずアーシェラの作るハンバーグは頬肉が零れ落ちそうなほど美味しかった。

 勇者パーティー全員の食事を賄っていた力量は伊達ではない。


「それにしても……キャンプ生活にも随分慣れちゃったね。ベースキャンプに帰ってくると、なんだか家に帰ってきたような気分になってきた」

「探索が終わった後にいろいろ建て増ししましたからねっ! 勇者様って土木工事も一流なんですね!」

「リーズはただ力が強いだけだから……これもブロスさんたちに倣ったんだよっ」


 湿地帯から川を挟んだ小高い丘に立てられたベースキャンプは、初めのうちはテントを守る木の柵と、魔獣除けの簡単な堀しかなかった。それをリーズたちは、探索が終わって時間が余っている間に土や岩、それにキャンプの近くで少し生えていた木を使って建て増しをしていった。

 その結果、柵は頑丈な土壁に補強され、それが冬の冷たい風を遮るので、初日に比べてかなり快適に過ごせるようになった。

 さらに、堀もより深くなってトラップが仕掛けられ、テントのある場所には雨除けの屋根ができるなど、もはや小さな村と言った規模になりつつある。

 ついでにこの日は森で調達してきた資材で簡易浴場も作ってあり、今夜は久々に水浴びができそうだ。


「よーし、じゃあみんな、そろそろ明日の打ち合わせをしようか」


 夕食を平らげて満足した後、アーシェラは術式ランプで照らした机の上に作った地図を広げて、次の日の探索の打ち合わせを始めた。


「みんなのおかげで、この湿地帯の四分の一くらいの地形を把握することができた」

「それでも四分の一なのですね。わかってはいましたが、まだまだ先は長いですわね」

「テルルもまだどこに行ったかわからないね。いったいどこまで行っちゃったんだろう」


 瘴気の解呪によって、湿地帯のより中心部を目指せるようになったものの、相変わらず飢えたサルトカニス大量発生の原因はつかめておらず、テルルの行方に関する決定的な証拠も不明なままだ。

 順調そうに見える探索も、本題に関してはまだほとんど解明していないのである。


「そこで、明日は湿地帯の中心部まで一気に進んでみようと思う。地図で言うとこのあたりなんだけど、この辺はかつて『ジュレビの町』っていう湖上都市があったみたい」

「へぇ……町の遺跡かぁ。そこに行けば、何か手掛かりはあるかな?」

「基本的に人が住む場所は、生き物が住みやすい場所ですからね。探索する価値は大いにあるかと」


 今までは、安全を重視して地道な探索を行ってきたが、時には思い切った行動も必要だと感じたアーシェラ。その意見に、リーズをはじめとするメンバーたちはすぐに賛同した。

 ミルカの言う通り、人が住む場所は往々にして生活に適した環境が整っていることが多く、雨風を凌げる場所も多いことから、遺跡は野生生物にとって格好の住処となる。

 もし羊のテルルが生きていたら、本能的に人が住んでいた場所に居つくことも考えられる。


「ちょうどお肉も食べたことだし、一気に進んじゃおうっ!」

「かつて町だった遺跡って、ワクワクしますね!」


 いつにもまして探索熱が燃え上がるリーズたち。

 ハードな探索になることが予想されるため、この日は早く休もうという事になった………が、打ち合わせを終えようとしたとき、夜空を一羽の白いフクロウが飛んできて、リーズたちがいる机に降り立った。


「あ! 精霊の手紙!」

「宛先は……僕か」


 リーズが居るところに精霊の手紙が飛んできたのはいつ以来だろうか。

 宛先はアーシェラに指定されていたようで、彼がフクロウに触れると、ポンと白い煙を上げて一枚の羊皮紙に変化した。

 飛んできた方角から察するに、村からの手紙と思われたので、村で何か起きたのかと思いながらアーシェラは手紙を開く。


「おぉ、これは…………みんな見てよ。村のみんなからの応援メッセージだ」

「村のみんなから!?」


 なんと手紙には、村で留守番をしているメンバーたちから、探索に出ている5人への応援のメッセージがずらりと書き込まれていた。


『ヤッハッハ! 探索は順調かい? フィリルはケガしてないかな? お土産はみんなの無事と笑顔がいいね、期待してるヨ!  ブロスより』

『湿地はとても探索のしにくい場所。でも、リーズさんたちなら、きっと元気で過ごしてると信じてる。フィリルは、元気すぎて逆に迷惑かけないように  ユリシーヌより』

『村長、リーズさん。今のところ村には暴れ魔獣の襲撃も、暴れ王国貴族の乱入もない。村のことは私とフリ坊に任せてくれ  レスカより』

『ミルカさん、ミーナさん、羊は見つかったかな? 僕も村にいる羊たちも帰りを待ってるから、無理をしないでね  フリッツより』

『村長夫妻のいいところ…………もとい、仲睦まじい姿を見れなくてつまらないです。ちゃんと帰ってきてくださいね  アイリーンより』

『探索中の飯は大丈夫か? 帰ったら焼きたてのパンが待ってるぜ、楽しみにしとけよ  ディーターより』

『他人の無事を祈ったのは、これが初めてです。どうか期待を裏切らないでくださいね  ティムより』


 一部変なのもあるが、村人たちの気持ちがびっしりこもった、温かみの感じる手紙だった。

 こんな手紙を貰ったら、彼らのやる気も急上昇するというものだ。


「よーし、絶対に無事に帰ろうねシェラっ!」

「ああ、村のみんなも僕たちがいない分頑張ってくれているんだ。嬉しいね」


 彼らの帰りを待っている人々がいる。そのことを改めて胸に刻み、リーズたちは明日の探索に備えた。


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