遺跡
探索開始から11日日目――――
リーズたちはついに南西の湿地帯中心部にまで足を延ばした。
朝早くに出発し……瘴気の霧を振り払い、術などを駆使して毒沼を渡る強行軍の末、彼らはついに風化した石畳の道と、かつて人が住んでいたと思われる建物の数々を発見した。
白い壁と平らな屋根を持った堅牢そうな家々は、外壁が所々で崩れ落ち、屋根も無事なものはほとんどない。ものによっては、今にも自壊しそうなほどだった。
「ここがジュレビの町…………立派な家がすっかりボロボロになってる」
「おそらくここはまだ郊外でしょう。私も噂に聞いたことがありますが、ジュレビ湖とその周辺は旧カナケル王国直轄地だったため、大変栄えていたようです」
「とりあえず、まずは周囲の解呪からだね。もしかしたら今日は、ベースキャンプに戻らずにこのあたりで野営するかもしれないから、いつも以上に徹底的にやろうか」
湖上都市というからには、それなりに優雅な景色を想像していたリーズだったが、まだ町の郊外という事もあってか、予想していたよりもかなり寂しい風景に思えた。
とりあえず、まずはいつも通り瘴気の解呪から行うが、ベースキャンプからそれなりに遠い場所なので、野営する可能性も考えて、いつもより徹底して解呪作業を行う。
周囲の解呪が完了したら、さらに西の方角へ…………石畳が続く先に歩みを進める。
「ねぇシェラ、この辺は瘴気の濃度が濃いと思わない?」
「ああ……僕にもわかるよ。明らかに湿地帯の入り口に比べて、渦巻いている瘴気が重い。解呪しないで先に進んだら、きっと無事では済まない。フィリル、ミーナ……わかっているとは思うけど、決して僕たちから離れないように」
「は、はいっ! 村長!」
「あたしも、瘴気を吸って魔獣人間になるのはヤですからねっ!」
町がある場所は瘴気地帯の中心部でもあり、進むにつれて、感覚ではっきりわかるほど瘴気の濃度が濃くなっていくのが感じられる。
しかし…………リーズが何となくアーシェラの顔を覗くと、彼の表情が若干こわばっているように思えた。
「シェラ……もしかして、ちょっと疲れた? なんだか、少し顔色がよくないよ」
「僕の顔色が……? 分かるのかいリーズ」
「もちろんだよっ! リーズはシェラの奥さんなんだから、いつもと違うのもすぐに分かるよっ!」
「わ、私全然気が付かなかった! すごいねリーズおねえちゃん!」
ミーナたちはおろか、アーシェラ自身も気が付いていなかったが、リーズの目にははっきりとアーシェラが何かしらの問題を抱えているのがわかる。
これも、長い付き合いの賜物なのだろうが、今この状況では喜んでもいられない。
「大丈夫、疲れてはいないよ。ただ、なんだか胸騒ぎがするんだ。何故かはわからない……」
「無理しないでシェラっ。不安だったらリーズがギュッとしてあげるから」
「胸騒ぎですか……村長の嫌な予感はよく当たりますわ。撤退の判断は早めに致しましょう」
「済まないリーズ、それにみんな。無理はしないよ、約束する」
アーシェラは、リーズや仲間のメンバーたちを不安にさせてしまったことを申し訳なく思った。
彼自身疲弊しているわけでもなく、具合が悪いと感じているわけでもない。
ただ、「この先に自分を待っている何かがある」という漠然とした胸騒ぎが、なぜか心を乱すのだ。
(いったいこの先に何がある? 焦りが無意識に顔に出るなんて……)
アーシェラの顔色が悪く見えたのは、自分自身の心が何に駆られているかがわからず困惑しているからだろう。
これ以上悪化するならば、一旦出直すのも手かと考えたが、リーズが手を恋人繋ぎでしっかりと握ってくれるおかげで、アーシェラは再び勇気が湧いてくるのを感じた。
「行こう、シェラっ。リーズがずっとついているから!」
「ありがとうリーズ……すごく心強いよ」
左手の手袋越しでも伝わってくるリーズの手の暖かさを感じ、アーシェラも応えるようにぎゅっと握り返した。
いつもなら誰かしらが茶化すところだが、流石にこの緊迫した状況にあっては何も言えなかった。
むしろ、アーシェラが不安になるとほかのメンバーも一気に不安になるので、リーズが元気づけてくれるのは非常にありがたかった。
気を取り直して進む彼らは、途中いくつもの廃墟を通り過ぎ、破損した橋を越える。
湖上都市と言うだけあって、廃墟と化した建物の塊が、広大な湿地帯の島々に点在するように配置されており、独特の形状をした町だったことが容易に想像できた。
やがて――――崩壊しかけた大きな石橋を渡った先にある、一際大きな島に到達したリーズたちは、今までの遺跡とは比べ物にならないほど建物が密集した場所を発見した。
「ついにたどり着いたようだね…………。ここがジュレビの町の中心に間違いない」
「この空気の重苦しさ……まさか」
「うわっ!? な、なんかこの場所だけ襲撃を受けたんでしょうか? どこもかしこも、建物が滅茶苦茶じゃないですか!?」
「テルルーーーー、どこかに隠れていたら、返事してーーーーっ!」
「村長、リーズさん、お気を付けください。先ほど解呪した範囲がすでに瘴気に侵食され始めていますわ。おそらくこの辺りに、何か瘴気を発するものがあると思われます」
せっかく目的地についたというのに、彼らに感慨にふける余裕と時間はなかった。
必死になって解呪した濃い瘴気が、再び外側からじわじわと侵食され返されている。このまま解呪を続けなければ、リーズたちがいる場所はたちまち瘴気に飲まれてしまうだろう。
解呪の術に使う術力は、攻撃の魔術に比べて消耗がとても軽いとはいえ、アーシェラとミルカの術力もいずれ枯渇してしまう。
一旦退くか、すぐに別の手を講じるか、すぐに決断しなければならない。
そんな中、リーズは持ち前の抜群の視力で、かつて街路であったであろう石畳の向こうに、何かを見つけた。
「…………シェラ、あそこにあるもの、見える?」
「ちょっと待って。今望遠鏡を出すから」
アーシェラは、カバンから単眼の簡易望遠鏡を取り出して、リーズの指さす先を覗いてみると…………濃い紫色の霧の向こうに、3階建ての家ほどの高さがある、漆黒の「杭」のようなものが突き刺さっているのが見えた。
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