依頼

「どう? 少しは落ち着いた?」

「ごめんなさい…………依頼が失敗して、ついイライラしてた」

「こんなことで躓くなんて、俺も冒険者失格だなぁ」


 喧嘩をしながら店に入ってきた新米の冒険者――――エノーとロジオンは、リーズのとりなしとツィーテンの一喝でようやく落ち着いた。そして、マスターが作った軽食とアーシェラが淹れたお茶を飲んで一息つくと、自分たちがかなり冷静さを失っていたことに気が付き、今度は逆にシュンとしてしまっていた。


「二人とも、冒険者なの? 二人だけでパーティーを組むってことは、結構慣れてるのかな?」


 先程アーシェラから「慣れている人だと少人数で冒険することもある」と聞いたばかりなので、リーズはエノーとロジオンもそういったベテランなのではと素直に勘違いしてしまったようだが…………二人はリーズの言葉に慌てて首を振った。


「あーいやいや! 俺とこいつは今回受けた依頼が初めてなんだよ!」

「この依頼なら、俺とこいつだけでもなんとかなるかなって」

「…………本当によく無事で帰ってきたね。甘い考えで冒険を始めると、簡単に死んじゃうから……そうなったら君たちのお父さんもお母さんも、それにここで待っていてくれるマスターもとても悲しむよ」

『ホントにごめんなさい』


 まるで母親が子供を諭すような怒り方をするアーシェラに、1つ年下でしかない新米冒険者二人も心にグッと来たらしく、謝りながら俯いてしまった。

 まだ甘えたい年齢で親を失い、その上最近の大勢の尊敬する仲間を失ったアーシェラにとって、命を落としかねない彼らの軽率さは我慢ならなかったのだろう。

 ついさっきまでかなり弱気だったアーシェラが急に怖くなりそうだったので、リーズとツィーテンは今度はアーシェラを落ち着かせる。


「ま、まあまあ、二人も反省しているようだし、きちんと怖い目に遭った経験は得てきたんだから、怒るのもその辺にしときなよ」

「……僕としたことが、ごめん、言い過ぎたよ」

「いや……俺たちがちゃんとしてなくて、命を落とすところだったのは事実だから」

「ええっとそれで、二人は結局何かの依頼に向かって失敗したんだよね? どんな依頼なの?」

「それがさぁ、ここから5日ほど歩いたところにある山に、鉄のような甲羅を持つ亀の魔獣がいるって話でな。そいつの甲羅3個分の破片が欲しいっていうんだ」


 ロジオンが言うには、王国領から少し外れた山中の水辺に、武器に加工できる甲羅を持つ亀の魔獣がいるので、その魔獣の甲羅が欲しいというのだ。

 本来であれば、こういった依頼は「老騎士の鉤槍」が担当するのが常なのだが、パーティーが全滅した今では、別のパーティーにも引き受けるチャンスが出てきた。それに目を付けたのが、エノーとロジオンの二人だったわけだ。


「確かに俺一人だけだと無理だけど…………故郷で武術の先生に教わって筋がいいって褒められたから、あとは術が使える奴がいれば行けるかなって」

「ああ俺も、それなりにいい威力の術が使えるから、あとは目的の場所まで護衛してくれる奴がいればなって」


 もちろん二人も冒険初心者にしては腕が立つ方であり、彼らなりに準備を整えていったわけだが、それでも不足だったようだ。


「だが、準備に使った金はすべて無駄になっちまったし、当面の生活をする蓄えもない…………」

「マスター、すまない。今回の依頼、やっぱキャンセルで」

「そうかい…………あたしも腕利きのパーティーがギルドに居なくなって、ちょっと余裕がなくなってたみたいね。あんたらには危ない依頼をしちまったのは、あたしもミスでもある」

「ねえ、だったらさ――――――!」


 結局二人は身の丈に合わない依頼はキャンセルするとマスターに伝え、彼女もそれを受け入れようとした。リーズは何か言いたそうだったが、ちょうどその時、また酒場の扉が開いて――――やや恰幅のいい男性が入ってきた。


「ギルドマスター、すまない。私が出している依頼だが、あれはすべて撤回して、別のギルドに回したい。「老騎士の鉤槍」が全滅してしまった今、この依頼を期日までに行ってくれるパーティーはいないだろう」

「そうかい…………まあ、あたしとしてはもう少し待ってほしいのも山々だけど、気持ちもわからなくはないからねぇ」

「すまんな、私も本当はここまでしたくはないのだが、これも商売なのでね」


 どうやら男性はこの町の有力な商人のようで、ここのギルドにいくつか物資の調達依頼を出していたようだが、主力パーティーがいなくなった今、依頼を達成できる能力はないと判断して撤回しに来たのだった。

 依頼を撤回すると、ギルドもあずかっている報酬やらお金やらを返さねばならず、台所事情の苦しいこのギルドにとってはまさに泣きっ面に蜂である。けれども、マスターももはやこのギルドももう長く存続できないだろうと見越しているのか、あっさり撤回に応じようとした。


 そこに――――二人のやり取りを傍で聞いていたリーズが、突然間に入ってきた。


「待ってください! その依頼、全部リーズにやらせてください!」

「ちょ、ちょっとリーズ、何を言ってるの!?」

「おっと驚いた、君も冒険者なのかい? しかも随分かわいくて育ちがよさそうじゃないか」


 突然面と向かって飛び込んできたリーズに、依頼主は思わず驚いて目を丸くするも、彼女の姿を見るや否や、何か良からぬことを考え付いたように若干口元をゆがませた。


「お嬢さん随分と自信があるようだが、どうやら相当の腕利きのようだねぇ」

「え、そう見える? えっへへ~、褒められちゃった!」

「違うってリーズ、ただの皮肉だって。ああごめんなさい、ここに居る僕たちはまだ冒険初心者で……」

「いやいやとんでもない。冒険者が勇敢なのはいいことだ。それにお嬢さん、依頼を全部やると言ったね、まさか冗談ではないよな」

「冗談じゃないもんっ! あなたが依頼を全部撤回したら、マスターがかわいそうだし、依頼の一つはもともとリーズたちが受けてたんだもん! 受けた物は最後まできちんと成し遂げて見せるわっ!」

「まて、その依頼は俺たちの…………」

「ん、今きちんと成し遂げて見せると言ったね?」


 アーシェラが止めようとするもむなしく、リーズは依頼を撤回させまいと堂々と啖呵を切った。

 しかも、エノーとロジオンが受けていた依頼すら「自分のもの」にしてしまっているのには、ツィーテンやマスターも若干困惑していた。


「よろしい! ならばこの依頼はしばらく置いておく、そのかわり…………達成できなかったら違約金は君に払ってもらう。手持ちのお金で払いきれなかったら、もちろんもらおう。いいね?」

「大丈夫っ! リーズ達に任しておいてっ!」

「ふっふっふ、それじゃあ結果を楽しみにするとしよう」


 こうして依頼主は、撤回しようとした依頼をすべてそのままにして、酒場を出ていった。

 依頼を守り切ったリーズは「やってやった」と満足げな表情をしていたが、ほかのメンバーたちは「えらいことになった」といった表情で、お互いに顔を見合わせていた。

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