無謀
「ちょいとリーズ! 売り言葉に買い言葉とはいえ、あんな安い挑発に引っかかるなんてっ!」
「だってツィーテン! いきなり依頼を取り下げるなんて、マスターがかわいそうじゃない!」
「せめて依頼の内容と期間を全部確認してからやるべきだったね…………」
依頼主が帰った後のギルドでは、リーズが身勝手に引き受けてしまった依頼のことですっかりパニックになっていた。
マスターがかわいそうだからとはいえ、アーシェラの言う通り、依頼の中身と期日くらいは把握して、可能かどうかを判断すべきであった。
「いいかいリーズ、冒険に慣れているならまだしも、僕を含めここに居る全員は冒険者としてかなりの初心者だ。無茶をしたら命を落としてしまう。これはリーズだけが無茶をすればいいってものじゃないんだ。いくら人助けとはいえ、リーズや僕たちが死んじゃったら、マスターはもっと悲しむよ」
「うぅ……その、ごめんなさい」
アーシェラは自分でも「こんな言葉が出てくるものなんだ」と不思議に思うくらい、強く、それでいて丁寧にリーズを諭した。リーズも、面と向かって怒られるよりも心に響いたらしく、素直にアーシェラに謝った。
リーズも、冷静に考えてみればとんでもないことをしてしまったと思ったのだろう。急に依頼内容のことが不安になり、そわそわし始めた。
「ねぇ二人とも、あなたたちの依頼の期日はあとどれくらい?」
「え? これか? これはあと30日って書いてあったっけ」
「一応まだ余裕はあるみたいだ」
「マスター……その、ほかの依頼も見せてくれる」
「わかったわ」
リーズは、とりあえずすべての依頼内容とその期日について確認することにした。
もしかしたら期日的な余裕はあるのかもしれないし、逆にどう頑張っても無茶なのかもしれない。まずそこを把握しなければ、無理かそうじゃないかの判断はできないだろう。
幸い、エノーとロジオンが受けた依頼については、まだかなりの余裕があった。行って現地での戦闘をこなして帰ってくるのに、運が良ければ7日程度、長くても10日あれば十分だろう。
しかし――――――ほかの依頼を全て並べてみると、途端に全員の顔が一気に険しくなった。
「あの人、こんなにたくさんの依頼を出してたんだね…………」
「まあお得意様ではあったよ。あんな性根の腐った部分があるとは思ってなかったがね」
そう言ってマスターもやや複雑そうな顔をする。
依頼主が出していた依頼の数は全部で30もあり、期日の余裕以前に、小規模パーティーがすべてこなせる量ではないことは明らかだ。
逆に言えば、それだけたくさんの依頼を出してくれて、しかも報酬も悪くないという依頼主は、大人数を抱えていた「老騎士の鉤槍」にとっては最高のお得意様だったこともまた事実だろう。
「……しかたない、リーズは頑張れるだけ頑張ってみるっ! 出来なかったらリーズが働いて返せばいいんでしょ!」
「なぁ……君、そもそも『体で払う』ってどういう意味か分かってるのか?」
「え? お皿洗いとか工事現場のお仕事とかじゃないの?」
「ちげーよ!! そんな甘いもんだと思ってたのかよ!?」
「だと思ったわ。でなきゃ、あんな安請け合いはしないに決まってるか…………。いい、体で払うっていうのはね…………」
ロジオンは念のためリーズに「体で払う」の意味を確認したが、案の定リーズは何か勘違いしているようだ。生まれが世間知らずな貴族なので、ある意味仕方がないのだが…………ツィーテンは、このまま勘違いしていては色々と危ないと考え、リーズに「体で払う」の意味を出来る限り柔らかい表現で教えてあげた。
すると、リーズは顔を赤くしたかと思えば、急に青くしてしまう。
「そ、そんな……っ! そんなひどい目に遭うなんてっ! どうしよう……っ!」
「ええっ!? 体で払うってそういう意味だったの!?」
「なんでお前まで驚いてるんだよ!?」
なお、どうやらエノーもきちんとした意味を知らなかったらしく、ロジオンにツッコミを入れられていた。どうもこの槍使いの少年も、かなりピュアなハートの持ち主らしい。
「まあ、こうなっちゃ仕方ない。お嬢ちゃんたちは、しばらく王国外のどこかの町のギルドに移って、ほとぼりが冷めるまでちまちまやってくんだね。あんたたちみたいな前途有望な冒険者を、こんなつまらないことで潰しちゃあたしも目覚めが悪いよ」
「でも………それじゃあマスターがっ! そんなのやだよっ! あんな意地悪されてるのに、何もできないなんてっ!」
「と言っても無理なものは無理だしなぁ」
「くそっ、俺がもっと強ければこんなことにはっ! こうなったら最悪俺がこの子の身代わりになるしか」
「それはある意味最悪だな…………今から交渉して負けてもらうことはできないものかな」
リーズ達やマスター、それにその場に居合わせているだけに過ぎないエノーたちがどうするべきか悩んでいる間――――アーシェラだけは無言で依頼の中身を、一つ一つ何度も確認していた。
(最短の依頼でどう頑張っても間に合わないものはない。期日の最長は9か月先。実力的に厳しいものは…………)
アーシェラは考えに考えた末、確実ではないものの、解決できる道筋をなんとか見出した。
「マスター、それにリーズ。依頼をすべて解決すること「だけ」を目指すなら、僕に考えがある」
「え! 出来る方法があるの、アーシェラっ!?」
「たぶん、かなりきつい日程が続く上に、入るはずの報酬の半分以上は入ってこなくなる。それでもよければ…………」
「なんだか危なっかしい予感がするが、聞くだけ聞いてみようか」
こうして、アーシェラは考え付いた苦肉の策を披露することにした。
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