結成

 なるほどねぇ……君が、マスターが言っていた『老騎士の鉤槍』の生き残りだったわけか」

「生き残った…………と言うよりも、置いていかれたって言った方が正しいかもね」


 しげしげと眺めながらそう言うツィーテンに、アーシェラはやや自嘲気味に答える。

 そして、そんな暗い様子のアーシェラを、リーズは相変わらず心配そうにじっと見つめていた。


「ほかの人は故郷に帰ったって言うけど、あなたも帰っちゃうの? それともほかのギルドに行くの?」

「あー……嬢ちゃん、あんまり根掘り葉掘り聞かんでやっとくれよ。この子はちょっと……その――――」

「隠さなくてもいいよマスター。僕はカナケル王国からの難民の子だから故郷はもうないし、ギルドでも一番下の見習いだったから、ほかのパーティーでも戦力にならないだろうね」

「あっ!? そ、その、辛いことを聞いちゃってごめんなさいっ!」

「い、いや大丈夫、気にしてはいないよ。それより僕の方こそ、せっかくの残ったメンバーなのに、何もできなくて……ごめん」


 大変なことを聞いてしまったとリーズは慌てて頭を下げて謝ったが、対するアーシェラもあまりにも素直なリーズの態度に、落ち込むことも忘れて、必死に自分は大丈夫だと言い張った。

 その様子が何だかおかしくて、そばで見ていたツィーテンは思わずクスリと笑ってしまう。だが、それと同時に、彼女の中である一つの打算が浮かんだ。


「んっふふ、そうかそうか、逆に言えばあんたはもうフリーってわけか! ならちょうどいいや、あんたを含めてこの3人で新しくパーティーを結成しない?」

「新しいパーティーっ! それいいかもっ! えっへへ~、それじゃあ、これからよろしくねっ♪」

「え!? ちょ、ちょっと待って!? 新しいパーティーを結成するのは自由だけど、僕も!?」


 突然年下の美少女に手を引っ張ってこられたと思ったら、あれよあれよという間に新しいパーティー結成にいきなり組み込まれてしまい、アーシェラは困惑しっぱなしだった。

 あまりうれしそうには見えないアーシェラを見て、リーズは首をかしげる。


「やっぱりリーズ達と一緒じゃだめ?」

「ダメってわけじゃないけど…………逆に僕なんかでいいの? 戦闘経験はさほどないし、何より僕は強化術士だから大した戦力にならないだろうし…………あと出来るのは家事と雑用くらいだから」

「そうなんだ! リーズは逆に剣の使い方は自信があるけど、家事はやったことないの。だからね、リーズとあなたで得意なこと同士を分担すれば、きっとうまくいくと思うよっ!」

「お姉さんからも頼むよー。あたしは野外活動の経験なら豊富だけど、冒険者家業の細々したしきたりみたいなのは知らないからさー」


 自分の実力に自信の持てないアーシェラは、ただでさえ戦力的に余裕のない新設パーティーに自分が入って足手まといにならないか心配でならなかったが、一方でもしかしたら新しい自分の居場所が見つかるかもという希望が、心の中で徐々に湧き上がるのを感じた。


(新しい居場所を作る……か。今まで僕は誰かに助けてもらうことばかり考えてた。けど、僕ももうそろそろ大人だ。自分の生き方は自分で決めるべきなんだろう)


 リーズのおかげで、大切な人との離別が続いて後ろ向きになっていた気持ちが、急に明るくなったのを感じた。

 後年アーシェラは、リーズが自分を誘ってくれたことがきっかけで「大人」としての自覚が芽生えたと振り返っている。


 その一方で、リーズとツィーテンはあまり乗り気ではなさそうなアーシェラを、何とか自分たちの仲間にしようと内心必死だった。


(えっへへ~、さっそく仲間ゲットっ! しかも男の人なのにお料理や洗濯ができるなんて、すっごく助かるっ!)


 リーズはすでにアーシェラのことを「自分の力で手に入れた仲間」と認識しており、しかも直感で「家庭的で包容力があって頼りになりそうだ」と、まるで男性が女性に向けるような好感を抱いていた。


(一番下の見習いだったとはいえ、あの「老騎士の鉤槍」の下積みを経験して、なおかつ最後まで残っていたメンバー……これはいい掘り出し物を見つけたわ!)


 そしてツィーテンは、彼の経験に目をつけていた。

 「老騎士の鉤槍」は、そのパーティー規模ゆえ新人の冒険者がひっきりなしに入団を希望してくる。そこから本当にやる気のある者を選別するために、半年ほどは任務に一切関わらせず、家事、雑用、座学、訓練を徹底的に叩き込むという。

 そのため、半端な気持ちで入団した新人は地味なうえに辛い下積みに耐えられずに退団していく。そんな中で、少ないながらも実戦にまで参加していたのだから、冒険者としての基礎は間違いなく十分だ。

 レンジャーとしての戦闘経験はあるが、冒険者としての活動は初めてのツィーテンにとって、彼は何よりも得難い掘り出し物。ここで逃すわけにはいかなかった。


 彼女たちがそんなことを考えているとは露知らず、普段からあまり押しが強くないアーシェラは、二人の申し出受けることにした。


「ありがとう……こんな見ず知らずの僕を、パーティーに誘ってくれるなんて、思ってもいなかった。大した力にはなれないかもしれないけど、全力を尽くすから……! その、えっと……リーズさん、だっけ?」

「うん、リーズはリーズっていうの! そういえばあなたの名前、まだ聞いてなかったね。あれ……お姉さんの名前も聞いてなかったっけ?」

「あっははは! そうだ、私も名乗ってなかったわ!」

「嬢ちゃん…………それでよくパーティー組もうって気になったね」


 リーズはここまで来てようやくアーシェラの名前どころか、ツィーテンの名前すら知らなかったことに気が付いた。

 あまりにも前のめりなリーズに、酒場のマスターは呆れたように首を振った。ここまでおおざっぱだと、いっそ清々しく感じるほどだ。


「僕はアーシェラ。アーシェラ・グランセリウスだ」

「へぇ、女の子みたいな名前なのね」

「あはは、よく言われるよ」

「でも、きれいな名前だって思うよっ! アーシェラ……アーシェラね」


 リーズはアーシェラの名前を覚えようと、何回か口の中でつぶやいた。

 リーズがアーシェラを「シェラ」と呼び始めるのは、もう少し先の話になる。


「ほいじゃあお姉さんも自己紹介だ。私はツィーテン・ケンプフェルト。多分この中じゃ一番年上かな?」

「えっへへ~、ツィーテンか~……ツィーテンもかっこいいっ!」

「そうでしょそうでしょ! これからよろしくねリーズちゃん」


 こうして、元々名乗っていたリーズ以外の2人の名前をそれぞれ確認し、当面はこの3人でパーティーを結成しようかという事になった。

 しかし、ここでアーシェラが少し困った顔をする。


「ん~……しかし、少人数のパーティーもなくもないとはいえ、後2、3人はいた方がいいんじゃないかなって思うんだ。僕はこの通り前衛に立てないし、できれば盾で攻撃を防ぐ人か、攻撃の魔術か治癒の魔術を使える人が欲しいかも」

「確かに、アーシェラの言う通り、もうチョイ人数が欲しいね。10人とかそんな大勢はいらないけど、もう少し人がいないと持てる荷物も少なくなるし」

「うーん、リーズたちのほかに新しく冒険者を始める人はいないかな?」


 彼らは、今のままでは人数が少なすぎると感じた。

 ベテランになれば2人以下の少数精鋭もできなくはないが、荷物の運搬や戦闘の連携の観点から、新人パーティーの場合は4~7人が理想だと言われている。

 ただ、盾など攻撃を防ぐ職業は、装備に金がかかるせいで基本的に騎士階級以上でないとできないし、攻撃や回復魔術を使える才能のある人間はそれだけでもあちらこちらから引っ張りだこだ。


 果たしてそんなに都合よくそんな人材がいるものだろうか?

 三人が悩んでいると、またしてもタイミングよく酒場の扉が開いて、ボロボロになった2人の冒険者が口げんかしながら入ってきた。


「な、だから言っただろ。俺の術はそう何回も使えねぇって……」

「うるせえよ! だからと言って俺ばっかりに戦いを押し付けようとすんなよ!」

「言ったなっ! どうしても術攻撃が必要だからついて来いって言ったのはお前だろ?」

「お前がここまでポンコツだなんて思わなかっただけだ!」

「くそっ……もういい、そこまで言うなら別の奴を探すんだな」

「上等だっ! もうお前なんかには頼まん!」


「ちょっとちょっとあなたたち、喧嘩しちゃだめだよっ!」


 お互いに喧喧囂囂言い合う二人を、リーズは慌てて止めに入った。

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