出会
「ではファビアンさんも、故郷へ帰ると」
「ごめんよアーシェラ。僕もこの町には随分と世話になったけど、家に帰っていったん自分を見つめなおしたいんだ」
三角巾を被って箒を持ったままのアーシェラの前で、青い髪の毛の剣士ファビアンは、どこか痛々しい笑顔で彼に別れを告げていた。
「リーダーはもういない……それどころか『老騎士の鉤槍』もなくなってしまった。入ってまだ間もない君にはつらいかもしれないけど…………こうなってしまってはしょうがない。アーシェラも、別のパーティーに入れてもらうか、さもなくば故郷に帰るか――――――」
「ほかのパーティーには、僕のような戦力外を養う余力はないでしょう。それに、故郷はもうありません」
「うっ……ご、ごめん! そうだったね! ……けど、これだけは言える。君はまだ終わったわけじゃない、始まらなかっただけだよ。すぐにまた、家族になってくれる場所が見つかるさ。だからほら、笑って、ねっ」
落ち込んで無表情なアーシェラに対し、彼を一人だけ残していくファビアンは心が痛んでいるようだったが、彼の決心は変わらない。
せめて笑顔でと無理やり明るく振舞いながら、ファビアンは最後にアーシェラの頭を軽くポンポンと叩き――――そのまま片手を振ってギルドを後にした。
一人残されたアーシェラは、今が現実だとは認めたくなかった。
だが、認めなければならない。
かつては大勢の人々の活気で満ち溢れていた、冒険者パーティー専用の宿泊施設…………彼らの喜怒哀楽の声は二度と耳に入ることはない。
「また…………みんないなくなった。僕は、この先どうすれば…………っ」
手にした箒をぎゅっと抱えるアーシェラ。
彼の足元の床に、雫がポタポタ流れ落ち、小さな染みを作った。
王都アディノポリスから西に、馬車で7日ほどかかる国境沿いの中都市ルサディア。
王国と西側の中小諸国との玄関口となるこの町は、交通の要衝であると同時に、王国外での活動を収入源とする冒険者が数多く集まる街でもある。
政治腐敗を発端とする社会不安はあるものの、盗賊や魔獣が少ない王国領内では、冒険者パーティー同士の既得権益が出来ていたのも相まって、危険を冒して一山当てることが難しかった。
それゆえ、この国境の町に集まった冒険者たちは、一獲千金を狙った命知らずたちが多く、精鋭も数多く揃っていたという。
ルサディアの町には東西南北四つの区画にそれぞれ一つずつ冒険者ギルドがあり、その中でも南区にある冒険者ギルド拠点には「老騎士の鉤槍」という百戦錬磨で有名なの冒険者パーティーが所属していた。
最盛期には、ギルド所属の人員の7割がこの「老騎士の鉤槍」のメンバーだったともいわれており、その名声は王都アディノポリスにまで届くほどだった。
しかし――――パーティーは「邪教集団の儀式を食い止める」という依頼に、メンバーの大半が出撃していった結果………………儀式は阻止できたものの、大規模な罠を交えた猛反撃を受けてしまい、連絡要員だった数人を除いて全滅した。
ギルドに残っていた若いメンバーたちも、ショックで引退したり、別のパーティーに移籍。こうして、世界的に有名なパーティーはわずか10日で跡形もなく消え去ってしまったのだった。
「あー、やだやだ。新入りが顔を覚えないうちにいなくなるのも慣れないけど、顔見知りがほぼ全員いなくなるなんてねぇ…………」
老騎士の鉤槍メンバーが大勢屯していた、冒険者ギルドに隣接する酒場は、少し前までの大盛況が嘘のように静まり返っていた。
酒場のマスターをしているやや浅黒い肌の中年女性は、カウンターの中で重苦しいため息をつきながらグラスを磨く。
彼女が言うように、顔見知りの大半が帰らぬ人になったのはとてもつらいが、お得意様だった有名パーティーが消滅したことで、ギルドに寄せられる依頼の数も大幅に減ってしまった。これでは商売あがったりである。
そんな時、暗い雰囲気の酒場に二人の女の子が入ってきた。
一人は、紅いツインテールに金と銀の瞳が特徴的な、かわいらしい女の子――――すなわち、まだ13歳だったリーズ。
もう一人は、紫の髪をポニーテールにした活発な雰囲気の女性――――ツィーテンだった。
「ごめんくださーいっ!! 冒険者になりに来ましたっ!!」
「あっれー? なんか静かじゃない? 老騎士の鉤槍が所属するギルドって、ここでじゃなかったっけ?」
「…………こんな時に騒がしいのが来たわね。冒険者になりたいのかしら、とりあえずこっちに来なさい」
躰は小さいのにやけに大きな声を出すリーズと、緊張感のない様子で酒場を見渡すツィーテンを見て、女性マスターがさらに深くため息をついた。ほおっておくと面倒になりそうだったので、彼女は二人を手招きしてカウンターの前まで来させた。
「あのっ! 初めましてっ! リーズって言います」
「…………リーズちゃんね。そちらはお友達かしら」
「そうそう、友達! ついさっき、町に入った時に友達になったばっかだけどね! あ、私はツィーテン、よろしくねマスター」
「要するに行きずりってわけね。で、二人は冒険者になりたいんだって?」
「はいっ! リーズは冒険者になりたいっ!」
「いやー、どうもこの子さー、将来有望そうなんだけど実家がお貴族様らしくってね。適当な冒険者ギルドじゃ最悪
「なるほどねぇ~、それで『老騎士の鉤槍』がいるこのギルドに来たってわけかい。けど残念だったね。パーティーは10日前に依頼中の戦闘で全滅しちまった」
『え!?』
マスターから、肝心のパーティーが全滅したと聞いて、リーズとツィーテンは愕然とした。
どうやら二人にはまだ情報が行っていなかったようだが、この町で一番信頼性が高いパーティーが消滅したのだから、二人の目論見はいきなり破綻してしまったようだ。
特にリーズは、冒険者にあこがれを抱いていたので、いきなり突き付けられた厳しい現実にショックを受けたようだ。
「全滅……!? そんなの嘘でしょっ、なんでなのっ!?」
「あちゃ~……それは困ったなぁ。下積みはちょっと長いけどメンバーはベテランぞろいで、しかもリーダーが女性で公明正大だって聞いてたから来てみたんだけど。…………少しくらい、元メンバー残ってないの?」
「あいにく、数少ない居残り組のほとんどは別のパーティーやギルドに移籍したか、ショックで
「うーん……誰か一人でも経験者が残っていれば、その人を組み込んで新しいパーティーでも作ろうかとも思ったけど。野外経験があるとはいえ、私一人で新人を何人も抱えるのは不安だし…………」
どうしたものかとリーズとツィーテンが悩んでいると…………ふとマスターが、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、そういえばまだ一人残ってるといえば残ってたわ」
「まだ生き残りがいるの!? どんな人?」
「戦力になるかどうかはわからないけど…………ん?」
ほぼ全員がいなくなったパーティーメンバーの中で、ただ一人――――行き場を失った人物がいることを、マスターが思い出したのとほぼ同時に、クリーム色の髪の毛の青年アーシェラが無言で入ってきた。
その表情はとても暗く、ひどく憔悴した様子が見て取れる。
ちょうどいいところに来たとマスターが声を掛けようとした…………その時!
アーシェラを一目見たリーズは、何か思うところがあったのか、反射的に彼のもとに駆け寄った。
「あのっ! 何か悲しいことがあったの?」
「え……?」
悲嘆にくれたアーシェラの視界に、今まで見たこともない美少女が突如現れたことで、彼の心からどんよりした気分が一瞬だけ吹き飛んだ。
リーズとアーシェラの初めての出会いだった。
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