物語

 射手の月最終日となったこの日の朝、客人3人は村長宅で朝食をごちそうになった。

 昨日の夕食に比べると簡素なものだとアーシェラは言っていたが、机の上には味付けを変えた昨日のシチューと分厚い魔獣肉の燻製ベーコンを巻いたハンバーグ、それにあっさりとした酢の物のサラダにトロリとした卵焼きと、十分すぎるほど豪華なラインナップだった。


「あー……美味しかったぁっ! おいしすぎて太っちゃうわこれ!」

「リーズ様って朝からあんなにガンガン訓練してたんッスね! 俺たちの部隊もよく訓練してよく食ってますが、まだまだッス!」

「ふっふっふ~、それは違うよフリント! リーズはね、シェラのご飯をたくさん美味しく食べるために、頑張ってお腹を減らしてるんだからっ!」

「それはまた勇者様らしいと言おうか……でもまあ、これが毎朝食えるなら、それくらいしたくなる気持ちはわかるぜ」

「それを言うなら、毎朝これだけのものを作る気力がわくのはリーズのおかげさ。一人で過ごしていた頃の朝ごはんはとっても簡素だったんだから」


 豪華な朝食をたっぷり堪能して、満腹のお腹をさする彼らは――――食事のかたずけが終わった後、昨日できなかったアンチェルの相談について話をすることになった。


「ところで、アンチェルも何か悩みがあるんだっけ? 今度はリーズも力になれるといいな!」

「悩み、と言いましょうか。私も大勢の人を束ねる立場になったので、悩みもフリントやプロドロモウと同じで、人の上に立つ心構えをお聞きしたかったんですの」


 アンチェルは南方出身の魔術剣士で、舞い踊るような流麗な剣術と幻惑の術を組み合わせた戦い方は、敵を倒すだけにとどまらず、味方に活力を与え鼓舞する力もある。

 そんな彼女は一時期は一軍枠に所属して最前線で戦っていたのだが、一軍の男性からの執拗なまでの下心をことごとく跳ね除けたうえ、女子メンバーたちの嫉妬により仲間外れにされ、十分な装備を回されなかったため二軍落ちしたという過酷な経歴の持ち主だ。

 現在アンチェルは、戦火で活躍場所を失った各地の歌劇団を一つにまとめ、世界各地を巡って慰問をしている。個性的で毛並みの違ういくつもの劇団をまとめる労力は並大抵のものではなかったが、その名声は今や王国にすら届いているという。


「ですが、それはもうお二人が先に聞いてくれましたから、別の相談をさせてほしいのです。しかも! リーズ様にぜひともお力になってほしいことなので!」

「リーズが力になれるの! やったぁ! えっへへへ~、アンチェルは何が聞きたいのかな?」


 アンチェルので力になれると聞いたリーズは、まるで背伸びしたい年頃の女の子のように目を輝かせ、テーブルにずいっと身を乗り出した。


(ははは、リーズってやっぱり根っからの「勇者様」だなぁ)


 フリントとプロドロモウの悩み事はアーシェラがきっちりと片付けてしまったので、リーズも自分が力になれるとわかって嬉しいのだろう。そんなリーズを、アーシェラはお茶を注ぎながらほほえましく見守る。


 だが、アンチェルの相談内容は、リーズとアーシェラにとって予想外のものだった。


「実は私、仕事の合間を縫って、お二人の活躍を後世に残すための物語を書いているんですの!」

『え?』


 アンチェルの言葉を聞いて、二人の笑顔が一瞬でポカーンとした驚きに変わった。

 リーズとアーシェラが、コンマ一秒たがわず同じ反応をするものだから、正面から彼らの顔を眺めていたフリントとプロドロモウは飲んでるお茶を吹き出しそうになり、むせた。


「ぶふっ、ケホッヘェッホっ! お二人とも、そんなに驚くことっスか?」

「だ、だって……リーズのことを物語にするの!?」

「ほかの人ならまだしも、アンチェルが……?」

「うふふふ……だって、100%歴史に残る偉人候補が私の目の前に居るんですもの! お二人の物語が劇となり、歌となり、はるか後世まで語り継がれる…………そう考えるだけでも筆が止まりませんの! それに各地からの断トツのリクエスト内容でして、一つ目の物語は8割以上完成しています!! ですが……昨日の夜にリーズ様からアーシェラさんとの馴れ初めを聞いた時、さらなる壮大な物語が頭の中を駆け巡っているんです! これはもう、私が一生をかけてリーズ様とアーシェラ様の一代記を記すしかないと確信したのです!」


 アンチェルは興奮のあまり椅子から立ち上がり、まるで歌劇の役者のように派手な身振り手振りを交えながら、歌うように自身の野望を語った。

 じつは、アンチェルは以前から物書きを趣味にしており、勇者パーティーにいる間アーシェラの手伝いとして詳細な戦闘記録をつけたりしていた。そんな彼女が率いる歌劇団の一座は、上演する演目の台本をすべて彼女が執筆しているようで――――――各地で好評を博している彼女のもとには「勇者様とアーシェラさんの恋愛を題材にした歌劇」のリクエストが数多く寄せられているらしい。


「あら? アーシェラさんはあまり乗り気じゃない? リーズ様との仲睦まじい様子が、後世までしっかり語り継がれるのよ!」

「いや……別に嫌というわけじゃないけど、その、あまり誇張はしないでほしいなって」


 新進気鋭の脚本家に劇の題材にされるというのは、本来ならとても光栄なことなのだが―――――アーシェラは、アンチェルが恋愛に関してはかなりのロマンチストだという事もよく知っている。彼女が時間が空いた時に書いたという物語をいくつか目を通したことがあったが、どれも読んでてこっぱずかしくなるくらい甘い恋愛も物語だったと記憶していた。

 そんなアンチェルが、リーズとアーシェラを題材に物語を作るとなれば、どこまで脚色されるか分かったものではないとアーシェラは感じたのだった。


「えっへへ~、そっかぁ……リーズとシェラのことが劇になるんだ……………! ちょっとびっくりしたけど、確かに面白そうっ! じゃあリーズはシェラと一緒になるまでの話をもっともっとたくさんすればいいのね!」

「そうなのですよリーズ様! リーズ様がアーシェラさんと出会って、それから今に至るまで! 壮大なラブロマンスを私に書かせてください! アーシェラさんもいいでしょう? 台本とは別に、歴史書になるようなきちんとした記録もちゃんと作るから!」

「ふぅ……まいったな。そこまで言われたら断るわけにもいかないな。リーズとの絆を描かれるのも、嬉しいしね。その代わり、変なことをでっちあげないように、僕も立ち会うからね」

「まったく…………道中やけにそわそわしてると思ったら、お前そんなことを企んでたのか。だが、俺もいい考えだと思うぜ。王国がまた嘘の歴史を捏造する前に、お前の手で民衆に伝えてやろうぜ」


 ほとんど事後承諾のようなものだったが、リーズとアーシェラは、アンチェルが自分たちを題材にした劇を作り、同時に歴史書に残せるような公正な記録を記すことに同意した。

 なんだかんだ言って、彼女の物書きとしての才能は本物なので、最終的には素晴らしい物語を作ってくれることだろう。


「そのうえでお二人に相談なのですが、私と……フリントとプロドロモウも、あと3日くらいこの村に滞在してよろしいですか?」

「俺たちこのところ働き詰めでしたもんで、まとまった休暇を貰ったんスよ!」

「もちろん、必要とあれば滞在経費は支払うが……」

「うん、いいよっ! リーズは大歓迎だよっ! ね、シェラっ!」

「君たちの仕事が大丈夫であれば、僕たちは問題ないよ。何もないところだけど、しばらくゆっくり休んでいきなよ」

「ありがとうございますリーズ様、アーシェラさん。うふふ、では滞在中にお二人の蜜月について、じっくりとお伺いさせていただきますわね」


 こうして、訪問者3人はまだしばらくこの村で休暇を過ごすこととなった。

 彼らはリーズと違って、自分の仕事を投げ出してここに居つくことはできないが、それでも3日もあれば仕事詰めで疲れた心身を十分リフレッシュできることだろう。

 アーシェラも、いつかこの村が各地に散らばった仲間たちがふらっと立ち寄ってバカンスができるような、そんな場所にするのもいいかもと思った。


「あ、そうそうリーズ様、アーシェラさん! 実はまだ物語のタイトルが決まってないんですけど、せっかくなのでお二人からも案をいただけませんか?」

「タイトルか~……ええっと、シェラとリーズのラブラブ物語! なんてどうかな!」

「さ、さすがにそれはあんまりだと思うんだ……」


 その後もお昼になるまで、5人は村長宅でアンチェルの作る歌劇についての話で盛り上がった。

 果たして、はるか後世まで伝わる最強の勇者と稀代の謀神の歌劇の題とは、いったいどのようなものになるのだろうか。(※)


×××


※作者注:作者注:異世界で本になってます♪ 好評発売中です!


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