反省

「リーズ様…………いい意味で変わってたわね」

「そして、いい意味で今までと変わらなったな」

「いやー勇者様が幸せそうでよかったよかったっ! 勇者様もアーシェラも、いままで一番幸せそうだった!」


 リーズたちが家でレスカたちと話し合っている頃、訪問したメンバー3人も宿泊している部屋に集まって、先ほどまでのことを朗らかに語り合っていた。

 憧れのリーズとアーシェラが結ばれた姿を直接その目で見て、夜遅くまでたっぷりと会話を交わして、おまけに二人の手作り料理を思う存分堪能することができた。

 長く辛い山越えの直後に、この世の天国かのような満足感…………彼らはすっかり絆されてしまい、結局肝心の話題を出すことができなかった。だが、今では却ってその方がよかったと3人は感じていた。


「あんな笑顔されたら…………今まで疑ってごめんなさいなんて、言えるわけないもんな」

「アーシェラさんは私たちの本当の目的に気が付いてたみたいだけど、急かすことも止めることもしなかった。

ずっとずっと……リーズ様には謝らなくちゃって思ってたけど、それさえも結局私たちの自己満足だってようやく気が付くことができたわ」

「そうだよね。今になって思えば、ずっと仲が良かった奴から「実は疑っていたんだ、ごめん」とか言われても困るだけだしな。

だがまあ、それがわかった上に他の悩みも全部消し飛んだ。ここまで足を運んで大正解だったぜ」


 アーシェラの予想通り、フリントにアンチェル、それにプロドロモウは、王都入場を拒否されたことへの反発で、一時期リーズのことを批判していたことを謝りに来たのだった。

 プロドロモウの言う通り、事情を知らない本人に対して「今まで嫌いだった」という必要はない。不誠実と言われるかもしれないが、自分たちが二度と同じ過ちを繰り返さないように自覚することの方がよっぽど大切だ。


 アンチェルは寝床として用意されたマットにコロンと寝転ぶと、体を大の字にうんと伸ばして、穏やかな村の雰囲気を胸いっぱいに吸い込む。

 つい最近まではとても忙しかった彼女は、ここに来てようやく人心地付けた気がした。


「あの頃は…………世界が平和になったばかりだったのに、私たちみんなピリピリしてたわ。今思うと、本当に自分が詰まらない意地張ってたってわかるの」

「まあ、一番ピリピリしてたのは、ほかならぬアーシェラだったがな」

「確かにあの頃のアーシェラって、なんか怖かったもんな!」


 彼らは今でもよく覚えている。

 自分たちの新天地が決まったと知らせを受けて、3人がかつての仲間だったロジオンの店に集められた時のこと――――――


 その頃フリントは、リーズが自分たちを見放したと思い込み、リーズのことを見損なったと度々口にしていた。まっすぐな性格であった反面、彼は曲がったことが大嫌いだった。

 アンチェルは、リーズが王国の王子と結婚するという噂を真に受けてしまい、同じ女性の風上にも置けないと憤慨していた。

 そしてプロドロモウも、ここまで差別的な待遇をしながら結局それを止めることがなかったリーズに失望していた。


 アーシェラは、リーズに不満を持つ仲間たちを一堂に集めて、こう言った。


「君たちにお願いがある……リーズに恨みを持たないでほしい。リーズはむしろ被害者なんだ。むしろ、リーズこそ一番大変な思いをしているんだ」


 その時のアーシェラの顔は一見するととても穏やかそうだったが、集まった仲間たちは思わず椅子から立ち上がって後ずさりしたくなるほど…………鬼気迫る何かを感じた。


「リーズはもう……命を懸けて一生分の仕事をしたはずなのに、王国は勇者を私物化して、自分たちのためだけに働かせようとしている。リーズだって、自分の好きに生きる権利があるのに、王国はそれを奪った」


 正直なところ、アーシェラがリーズのことを徹底的に擁護するだろうことは予測できていた。それゆえ彼らは、アーシェラが下手にリーズをかばうのなら、徹底的に反論することも辞さない構えでいた。

 プロドロモウに至っては、リーズをかばうのであれば、身代わりとなったアーシェラに思いのたけをぶつけてやろうとすら考えていたのだ。


 ところが、アーシェラのよく回る舌から紡がれる説得という名の演説は、プロドロモウたちに反論の余地を与えなかった。


「思い出してほしい。前線の仲間たちが僕たちを差別する中、リーズは仲間全員を気にかけてくれていた。そんなリーズを、王国はわざと囲い込んで分断を図り、これからも勇者として働かせる気なんだろう。君たちがリーズのことをよく思わない気持ちはよくわかる…………でも、それこそ王国の佞臣ねいしんたちの思うつぼだ」


 初期パーティーの時からずっとリーズに付き従い、ずっと身の回りの世話をしてきたアーシェラの言葉にはとても重みがあった。リーズは純粋故に王国に利用され、これからも勇者として働かざるを得なくなる。

 むしろ、リーズを私物化している王国こそがすべての元凶である――――アーシェラは何度もその主張を繰り返し、彼らからリーズを嫌う気持ちを徹底的に排除し、彼らのヘイトを王国の上層部へと押し付けたのだった。


 アーシェラの話を聞いた仲間たちは、リーズが自分たちにも分け隔てなく接してくれたことを思い出し、むしろ彼女はこれから一生勇者として全力で生きなければならない境遇であるとわかり、心を痛めた。

 それと同時に、リーズをはじめとする一軍メンバーたちの力を私物化し、あまつさえ自分たちを仲違いさせようとした王国に対しての敵意が沸き上がった。


「そうだ! アーシェラの言う通りだ! リーズ様は今でも一生懸命頑張っていらっしゃるんだ! 俺たちもうじうじしている暇はない!」

「アーシェラさん、私たちが間違っていたわ。いつまでも勇者様に頼りきりじゃいられないものね」


 こうして彼らはリーズへの悪意をほとんど捨て去り、改めて仲間同士で一致団結することを誓った。世界各地にバラバラに散ってなお、仲間たちが頻繁に連絡を取り合って結束を固めているのは、アーシェラの説得による力が大きい。



「そしてそのあと…………リーズ様が俺たちのところに顔を見せてくれた」

「それだけじゃなくて、私たちに頭を下げて謝ってくれたわ」

「あの時アーシェラが俺たちを説得してくれなかったら、リーズ様を快く迎えられなかったかもしれん。ここまであいつの計算の内なのだとしたら、本当に恐ろしいものだな」


 アーシェラがリーズのことを全力で擁護したのは、やはり彼がリーズのことを心の底から愛していたからという理由が大きい。だが、アーシェラの凄いところは、ただ只管リーズをかばうのではなく、怒りの矛先をそらして不満を団結の力へと変えたことだろう。

 アーシェラの説得がなかったら、いずれ二軍メンバーたちはリーズへの見解の違いで仲違いしていた可能性すらある。

 そして今やリーズは王国に見切りをつけてアーシェラのもとに身を寄せ、彼女とともに最前線を担ったエノーやロザリンデもこちら側に着いた。いったいどのような奇術ミラクルを使えばこの逆転劇を演出できるのか不思議でならないようだ。


「…………やはり反省は、行動が伴わなきゃだめだな」

「ということは、シェマの話に乗るってことね。私も賛成よ」

「俺も俺も! リーズ様とアーシェラを苦しめて、俺たちを馬鹿にした王国には、10倍返しくらいしても罰は当たらないだろう」


 こうして彼ら3人もまた、家主に迷惑が掛からないようにヒソヒソと夜遅くまで何かを話し合っていた。

 もしかしたら彼らは、まだ一部反省していない点があるのかもしれない。

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