本音
結局、プロドロモウの相談はそのうち領主としての彼の苦労話に移り、フリントやアンチェルが時々話の腰を折ることで、途中から完全に和気藹々の食事会となってしまった。
3人が抱えていた「本題」が話しにくいものという事もあったが、仲間と話しながらアーシェラの作った料理を食べるリーズの笑顔があまりにもまぶしくて…………彼らはネガティブな話題を出すことができなかったのだ。
とはいえ、リーズとアーシェラが語り、レスカとフリッツが彼らの視点から補足する――――村長夫妻が結ばれるまでの笑いあり涙りの物語は、もはや「本題」などどうでもいいと思えるほど面白く、普段の倍近くかかった夕食の間、村長宅から笑いが絶えることはなかった。
そして、アンチェルの相談に入る前に夜も遅くなってしまったので、続きは明日にすることとなり、レスカが三人を宿泊場所であるブロス一家の家に送っていった。
「戻ったぞ」
「あっ、お帰りレスカ姉さん!」
「おっかえりーレスカ! 3人を送ってくれてありがとーっ! シェラがあったかいお茶入れたから、寝る前に飲んでいってよ」
「そうか、ではいただくとしようか」
厚めのコートを羽織ったレスカが村長宅に戻ってくると、リーズ達と片付けをするために家に残っていたフリッツが玄関で彼女を出迎え、リーズが人数分のお茶を用意していた。
いつもならもうとっくに寝る時間を過ぎているのだが…………どうもアーシェラが、寝る前に話したいことがあるというので、少し残ってもらっていたのだ。
「おかえりレスカさん。なんだか久々に騒がしかったけど、疲れてない?」
「あぁ、話が弾みすぎて頬がやや引き攣る感じはするが…………これもまた悪くない心地だ」
「えっへへ~、じゃあ明日からフリッツ君とたくさん話して訓練しなきゃねっ! ところでシェラ、リーズ達に話したいことって何? アンチェルたちに聞かれちゃまずいこと?」
「拙いと言おうか…………3人から言い出すかと思ってずっと身構えてたんだけど、結局言ってこなかったからねぇ…………。あんまり愉快な話じゃないけど」
そう言ってアーシェラは、手元にあるティーカップをゆっくり持ち上げ、気持ちを落ち着かせるようにお茶を一口すすった。
「端的に言うと……………フリントとアンチェル、プロドロモウは、少しの間リーズのことを嫌いになったことがあったんだ」
「っ!!」
「リーズを嫌う……だと!?」
「あの気のよさそうな人たちがリーズさんを嫌うなんてことがあるんですか!?」
アーシェラの予想外の言葉にリーズは言葉を失い、レスカ姉弟も「信じられない」と驚きの表情を隠せなかった。
飄々とした好青年のフリント、たおやかで頼もしそうなアンチェル、それに向上心と正義感の強いプロドロモウ―――――見るからに善人そうな彼らがなぜリーズを嫌うのか……レスカ姉弟には理解できなかった。だが、リーズは何となく心当たりがあるようで………………
「シェラ……もしかしてそれは、リーズが何も知らずに多くの仲間たちにを王都に入れてあげられなかったから…………?」
「…………もちろん、あれはリーズのせいなんかじゃない。ただ、王国が何を考えてあんなことをしたのか知らないけど、僕たち「二軍」と呼ばれた仲間たちは、怒りのあまり王都になだれ込む寸前だったってことは、リーズにもレスカたちにも話したと思う」
「村長たちのグループは王国首脳部に舐められていたのだろうな。ほっとけば何もできないと思われるほどに」
実際のところ、レスカの言う通り王国首脳部はアーシェラたち二軍メンバーを「余分なもの」程度にしか思っておらず、反抗するなら「反乱を起こした」として討伐してしまえばいいと思っていたようだ。また、その見立てはある意味正しく、二軍メンバーたちがいくら騒いでも勇者をはじめとする一軍メンバーと対立してしまえばあっという間に消し飛んでしまうだろう。
「あの後僕は、何とかみんなの当面の生活費と新しい職場を見繕うことができたけど…………それでも、あの3人をはじめとする一部のメンバーは、リーズと一軍メンバーが功績を独り占めしたって憤っていた」
「うん……当然、だよね。リーズはみんなのいるところを訪ねる旅をしてた時、みんなから怒られたりひどいことを言われるって覚悟してたんだもの」
「でもねリーズ、僕はリーズのことを嫌い始めてる仲間たちに、リーズのことを嫌いにならないでほしいって説得して回ったんだ」
「えぇっ!? シェラ……そんなことまでしてくれてたの!?」
「村長、さすがにその話は私も初耳だぞ」
「確か村長さんって僕たちと出会った頃、まだ仲間たちの仕官先を探してあっちこっち走り回ってたはずなんだけど…………それ、並行してできることなの?」
王都入場を拒否されて不満が募ったメンバーたちを何とか宥めようと、アーシェラは半年の間寝る間も惜しんで彼らの生活を支援していた。しかしながら、召集されてから命を懸けて戦った功績を認められなかったことへの不満は完全に消えることなく、その矛先をリーズやかつてのメンバーに向ける者が続出していた。
その中でリーズへの不満を持っていた者が、二軍メンバー約200人の中であの三人をはじめとしたわずか十数人にとどまったのは、リーズの絶大なカリスマと、普段から仲間と分け隔てなく接していたおかげであろう。
だがアーシェラは、二軍メンバーの冷遇はリーズの意図したものではないと信じていた。だからこそわずかな人数とはいえ、世界で一番尊敬するリーズのことを嫌ってほしくなかったし、将来リーズと仲間が再会した時にリーズに恨み言を言うようなことがあってはならないと感じていたのだ。
アーシェラは――――血を吐くような忙しさに追われていたにもかかわらず、リーズに不満を持っていたメンバーたちを根気よく説得した。彼の言葉が最終的にメンバーたちにどこまで通じたかは定かではないが、リーズが各地を訪問する旅で誰一人としてリーズに恨み言を言わず、謝罪を快く受け入れたのを見るに、彼の必死の努力は実を結んでいたと言ってよいだろう。
「フリントも、アンチェルも、プロドロモウも…………短い間だったとしても、リーズを嫌っちゃったことを謝りに来たんだと思う」
「そんな…………っ! リーズは……リーズはっ!! 皆に嫌われて当然のことをしたのに……謝るなんてっ!」
アーシェラとの結婚生活が幸せすぎてうっかり忘れそうだったが、リーズとかつての二軍メンバーの仲はやや綱渡りの状態である。
もしアーシェラが仲間たちを説得してくれなかったら、彼らとの関係はいまだにぎくしゃくしたものになっていただろうし、場合によっては不満の矛先がアーシェラにも向いたかもしれない。
少し泣きそうになっているリーズの頭を、隣に座っているアーシェラが優しく撫でる。
なんだかんだ言って、一番苦労したのはほかならぬアーシェラだというのに…………
「ねぇリーズ……3人がこのことを話せなかったのは、きっとリーズと話すのがあまりにも楽しかったからなんだと思う。でもね、過去がどうであれ、リーズにとって彼らは大切な仲間だし、彼らにとってリーズはこれから先も尊敬するリーダーなんだ。つまらないことなんてお互い水に流して、これからも手を取り合っていけばいいじゃないか」
「うん………そうだね。えへへ、三人がリーズを心から許してくれてるかはわからないけど、リーズは嫌われてたことなんて気にしないよっ!」
「そうだ、その意気だリーズ。しかし…………それなら別にリーズに話さなくても、村長の胸の内に秘めておいてもよかったんじゃないのか?」
「いいや、それはできない」
レスカの言う事ももっともだった。リーズがアーシェラのことを信頼していたおかげで彼女の心の傷はかなり浅かったが、説明の仕方によっては完全に藪蛇でしかない。
だが、アーシェラにはそれができない理由があった。
「何しろ僕はプロポーズの時にリーズに誓ったから……………もうリーズに隠し事はしないって。ね、リーズ」
「えっへへへ~♪ シェラだいすきっ!」
「な……なるほど。それはそれは…………」
「…………さて、フリ坊。もうとっくに寝る時間も過ぎた。そろそろ帰るぞ。邪魔したな村長、リーズさん」
今まで幾度となく感じてきたことではあったが――――リーズは改めて「アーシェラと結ばれてよかった」と心の底から実感し…………レスカ姉弟の前であるにもかかわらず、ベッドに入る直前までアーシェラの腕を抱きしめて離さなかった。
そんなラブラブな二人にフリッツはどう反応していいかわからず、レスカはこれ以上は弟に変な影響が出ると感じたか、あるいは自分が変になると感じたからか、茶を一気に飲み干して家に帰ってしまった。
ともあれ、リーズに新たな事情を話したことでアーシェラの気はかなり楽になったし、リーズも彼らとさらに腹を割って話すことができるようになるだろう。
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