立場

 フリントの相談から話題が盛り上がり、会話が続いているうちに――――気が付けば時刻は夕方になった。

 次の相談に入る前に、リーズとアーシェラは客人たちに疲れをいやしてもらうために風呂に入ってもらい、その間に二人は一緒に夕飯を作る。

 三人が順番に風呂に入り終わった頃には、食卓にやさしい香りと湯気を立ち昇らせるシチューと、山盛りのハンバーグ、色とりどりの山菜のサラダが彼らを歓迎した。


「おおぉぉっ!! これこれ、この味ッスよ! あの頃は勇者様の笑顔とアーシェラさんの料理が一番の生きがいでしたからっ! それに俺の大好物の紅蕪まで入ってるじゃないっスか!」

「本当にいい時に来たねフリント。まさに君に採取方法を教えてもらった食材を使っているんだよ。僕の方こそ、お礼を言いたいよ」

「ああ、懐かしい…………これを毎日食べられるなんて、リーズ様は幸せですね」

「えっへへ~、リーズもね、この村に初めて来てシェラのシチューを食べた時…………あまりの嬉しさに泣いちゃいそうだったのっ! 今日はリーズも一緒に作ったんだよ、一杯食べてね♪」

「その上このハンバーグはリーズ様のお手製ときた。くぅ……うまい、生きててよかった」


 知っての通り、勇者パーティーで食事を一手に担っていたのはアーシェラであり、かつてのメンバーにとって彼の料理は第二のおふくろの味のようだった。

 彼の料理の腕は衰えるどころか、リーズと一緒に生活して気合が入ったのか、さらに磨きがかかって一口でわかるほど美味しくなっている。その上、戦いで疲れた体をいたわるような優しさも健在で、雪の山道を越えてきた3人の身体に、じわりじわりとしみこんでいくのがわかる。


「ええっと、僕とレスカ姉さんの分も用意してくれて、ありがとうございますっ」

「いいのいいのっ! レスカもフリッツ君も遠慮しないでっ」

「ふっ、リーズさんも腕を上げたな。これでもう誰が食べても「こんなもの食えるか」とか言って床にポイ捨てされる心配もあるまい」


 レスカの冗談に、リーズをはじめその場にいた人たちはドッと大笑いした。

 リーズとアーシェラが結婚した直後のドタバタは、ある程度もと二軍メンバーたちにも知れ渡っているようだ。


「俺ももう貴族の端くれになったが…………あんな風にはなりたくないものだな。俺なんか、いつも領民に愛想を尽かれないか心配してるってのに、王国の貴族どもはよくああも威張り散らせるものだ」

「そういえばプロドロモウは領主になってたよね! リーズが来た時も住んでる人全員で歓迎してくれたし、プロドロモウがいい領主してるってよくわかったよっ!」

「いやぁ、すべては俺を信頼して領地を任せてくださったコルネイユ公と、紹介してくれたアーシェラさんのおかげですよ」


 プロドロモウは地方の没落騎士の家の出で、自分の家を再興するために必死で活躍したおかげで、勇者パーティーにその名を連ねるようになった猛者である。ひょろ長の身体からは想像もつかないが、戦いの際にはハルベルトを自在に振り回し、自身の腕の長さも含めたリーチで相手を圧倒する戦い方をする。

 勇者パーティーでは、ツィーテンが戦死した後彼女の代わりに本隊ではカバーしきれない村や町の救出の指揮を執り、二軍メンバーの中でも比較的リーダーに近い立場であった。

 彼に直接救われた人々は、戦後領主になった彼を頼って村ごと移住してくることもあるという。

 そんな、一見すると順風満帆な新生領主のように思えるプロドロモウも、やはり大きな悩みを抱えているという。


「リーダーとしての心構えは、先程フリントに話したのを聞いてとても勉強になりました。しかしながら…………我々はこれから新しい街づくりをしようと思い、何か知恵はないものかと」

「街づくりか……また何でそんなことを?」

「実はロジオンとも話し合ったのですが、これから勇者様とアーシェラさんの村を往来する人が増えるだろうから、旧街道を時間をかけて整備し、その一環として街道入り口に宿場町を建設することになりまして」

「へえぇ……確かに、あそこに町が出来たら今まで以上に便利になるかも」


 アーシェラとリーズは、同じタイミングでハンバーグを噛みしめながら、ゆっくりとプロドロモウの話を聞いた。

 プロドロモウが仕えるコルネイユ公爵領は、旧街道の入り口を領地に含むゆえに、ここ開拓村に最も近い独立国家と言える。ただ魔神王と邪神教団の侵攻で、領土の大半が荒らされてしまっており、人が安全に住めるのは首都とその周囲の町や村だけだと言われている。

 プロドロモウは領主となったはいいものの、彼の任された領土はほとんどが人が住まない場所になっている。もちろん、これはコルネイユ公の嫌がらせというわけではなく、この地域の復興を彼が一手に任されたということだった。


「なるほど、これもまた難しい問題だ。僕はこんな小さな村を作るのが精いっぱいなのに」

「それは村長が秘密保持のために人数を最低限にしたからだろう?」

「村長さんが本気出せば、きっと国を作れますよ! というか、これから作るんですよねっ!」


 一方でアーシェラも、当然街づくりの経験などない。

 一応この辺境の地に「開拓村」を作ってみたが、ここはそもそも世捨て人のように生活できる場所が欲しかったから作っただけに過ぎない。むしろ、本格的なまちづくりはこれからアーシェラの夢をかなえていく過程で、彼自身に必要になるものだろう。


「基本的に街づくりは、そこに住む人たちで知恵を出し合ってやるものだと思うんだ。だからまぁ、食糧と飲み水がなくならないようにして、なおかつ病気が流行らないように衛生状態を整えておくのが一番なんだけど…………」


(さすがにシェラも、まだ街づくりの知識は持ってないみたい。でも、なんだかんだでわからない事でも一緒に考えて知恵を出してくれるのがシェラのいいとこだよね)


 どういったアドバイスをしようか少し悩んでいるアーシェラの真剣な顔を見て、リーズはその真摯な姿勢に改めて好意を抱いた。

 アーシェラは賢者と呼べるほど知識があるわけではないのだが、困ったことがあるととりあえず納得するまで相談に乗ってくれた。だからこそリーズも、なにかあれば真っ先にアーシェラのところに相談しに行ったし、プロドロモウたちもアーシェラを頼ってきたのだろう。


「プロドロモウのいいところは、周りの細かいところによく気が付くことだと思う。きっと領主になっても、毎日のように人々の暮らしに不便がないか、見て回ってるんじゃないかな」

「ああ、その通りだ。為政者として、民たちの不満は常に取り除いておきたいからな」

「でもね、あまりやりすぎると領民たちもいつも見られているようで落ち着かないだろうし、もしかしたら信用されていないんじゃないかって思ってしまうかもしれない。君は昔から完璧主義者だったけど、周りにそれを押し付けてはいけないよ」

「うっ……なるほど、確かに…………それは気をつけねば」

「アッハッハッハ! たしかにプロドロモウって風紀の乱れにめっちゃ厳しかったもんな! 時々貴族の奴らともいがみ合ってたし! 俺も何度か怒られたっけな!」

「フリント……お前はもう少し、いや…………俺ももう少し心を広く持つべきだったな」


 フリントと違って、領主としての自分のやり方に多少の自信を持っていたプロドロモウだったが、アーシェラはあえてプロドロモウが自覚していなかった点を指摘し、いつの間にかおごっていたことを自覚することができた。

 これではいい街を作る以前の問題だと心の中で大いに恥じたが、それと同時にそういった基本のところをしっかりと見てくれているアーシェラはやはりすごいと改めて感じたようだ。


「大丈夫っ! プロドロモウはちゃんと余裕のある心を持ってるよっ!」

「勇者様…………っ!」

「プロドロモウって本当にしっかりした性格だったから、リーズもあなたのところを訪ねた時にかなり怒られるんじゃないかって思ってた。でもね、あの時プロドロモウもリーズに「気にしなくていい」って言ってくれたから、とっても気が楽になったの。本当にありがとうっ!」

「そんな……勇者様にそこまで言っていただけるなんて、むしろ恐れ多い! まだまだ未熟ですが、俺も領民の為に尽くしていきますっ!」


 そして――――名前を憶えていただけでなく、自分の性格まできちんと把握してくれていたリーズに、改めて畏敬の念を感じていた。


(俺は…………一度ならず何度も勇者様のことを疑っていた! それなのに勇者様はっ!!)


 リーズとアーシェラが一緒にいると、まるで父親と母親から元気づけられるように感じるから不思議であった。しかも彼らはプロドロモウよりも幾分か年下であるにもかかわらず、だ。

 そして彼は感動するあまり、結局本題の本題を口に出すことができなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る