相談 Ⅱ

 王国による勇者パーティー分離政策によって、褒美も栄誉も得ることのなかった二軍メンバーたちは、アーシェラの頑張りによって、例外なく全員が栄光ある第二の人生を歩み始めることができた。

 言葉にするとなんてことないようにも思えるかもしれないが、当然このようなことを為す労力は「大変」という表現ではとても収まりきらない。


 実力のある者を必要としている人や場所、それらに見合ったメンバーの選定、それに報酬の交渉など――――一人の面倒を見るだけでも、役人が十数人単位で必要な仕事量となる。アーシェラはほぼ一人でメンバー約200人分を、それもたった半年でこなしてしまったのである。

 当初メンバーたちは「アーシェラさんが面倒を見てくれて助かった」と軽い気持ちでいたが、彼らがそれぞれの地で責任ある立場の仕事をし始めると、如何にアーシェラがとんでもないことをしていたかをようやく理解した。

 おそらく、同じことをやれと言われて実際にできる人間は、世界広しと言えども存在しないだろう。


 しかもそれだけでなく、大勢の人間の面倒を見たにもかかわらず、約1年たった現在でも今の環境が合わなかったり、辞めてしまったりする者が一人もいないことも特筆すべきだろう。

 全員の活躍場所を見つけるだけでも無茶な仕事だというのに、癖の強いメンバーたち一人一人の個性をきちんと把握して、最善の道を用意したのだ。

 二軍メンバーたちがあてがわれた仕事は、上は一国の貴族から下は一隻の船長や個人商人とかなり不平等のように見えるが、合わない仕事でストレスをためるよりも自分の能力を十分に生かせる仕事の方がやりがいがあるというもの。

 王都に招かれて莫大な褒美と貴族の地位を手に入れたにもかかわらず、すでに仲間同士でいがみ合いつつある元一軍メンバーたちとは大違いである。


 このことから、元二軍メンバーたちの間ではアーシェラの評価が現在も急上昇中であり、一部ではリーズより凄いのではないかとすら言われ始めている。

 アーシェラがそのことを知ったら全力で訂正に走るだろうが、おかげでリーズとの結婚したことに反対する声は全く出ず、むしろ「勇者様とアーシェラさんが結ばれてよかった」と祝福されたのである。


 そんなアーシェラは、つい最近までロジオンなど一部の人間しか居場所を知られていなかったが、リーズと結ばれたことでかつての二軍メンバーにまでそれを知られるようになった。そのため、仲間たちはこぞってアーシェラとリーズあてに手紙を書くようになったのだが、中には今やっている仕事のアドバイスが欲しいという内容がちらほら混じるようになった。


 そしてこの日…………とうとうアーシェラに相談を持ち掛けるために、はるばる雪の山道を越えて訪問してくる仲間が現れたのであった。


「確かに君たち3人は、僕たちの仲間になる前は単独で仕事をこなしていたから、いきなり人の上に立つと戸惑うことも多いよね」

「そうそう、それなんスよ! 今いる仲間たちはみんないいやつで、もうほとんど兄弟みたいな感じなんスけどね、なんというか、こう…………俺も兵隊の隊長の端くれだから、もうちょい威厳があった方がいいのかなって」


 自分でも村人程度の存在感しかないと言っているフリントは、腕のいい猟師であると同時に、邪教集団との戦いで一人で45人の敵兵を射抜いた弓の名手でもある。勇者パーティーの中ではあまり腕を発揮する機会がなかったが、その実力と持ち前の人付き合いのうまさから、戦後はとある中規模国家に仕官して新設された山岳専門兵の隊長となったのだった。

 アーシェラの言うように、フリントはもともとほぼ単独で仕事を行ってきたので、ほかの人を率いる立場になった経験はほとんどなかった。だが、それでも今まで部下に嫌われることなく慕われているのは、ひとえに彼の人柄によるものだろう。

 とはいえ、最近は部隊内で規律が緩んできている兆候があるらしく、嫌われてでも部下たちの引き締めをした方がいいのかを悩んでいるようだ。


「ふふっ、フリントがそんな悩みを持つなんて。いい部下たちをもって、君も成長したようだね」

「いやいやいや、笑い事じゃないッスよアーシェラさん! 俺もいつか勇者様やアーシェラさんみたいな立派なリーダーになりたくて、頑張ってるんスからっ!」


 陽気な性格で悩みとは無縁そうなフリントが、リーダとしての在り方を悩むというのは、アーシェラの言う通り彼が隊長になったことで精神的に成長した証でもある。

 果たしてアーシェラがどんなアドバイスをするのか…………隣にいるリーズや、同席しているレスカやフリッツもアーシェラから学ぼうと真剣な表情を浮かべる。


(リーズも…………シェラがどんなアドバイスをするのか、すごく気になるっ)

(人を率いるというのは難しい立場だな。この先私もそのような立場になるかもしれない。今のうちに学んでおかねば)

(ここで聞いたことは、僕が大人になった時に役に立つはず! しっかり勉強しないと!)


 しかし、アーシェラの意見は予想外のものだった。


「大丈夫、無理に厳しくなろうとしなくても、そのままの君でこの先も十分以上にやっていけるはずだ」

「え? で、でも俺…………まだそこまで自信がないし…………」

「今まで積み重ねてきた性格なんて、そう簡単には変わらないし、無理に威張ってもそれが虚勢だってことは仲間たちはすぐにわかる。それよりも君は、今のいいところを生かして、仲間からの信頼を築くことが一番大切だと思う。フリントのことだから、隊長になってから何度か手痛い失敗をしてるんじゃない? それが原因で少し自信を無くしているんだと思うんだ」

「え!? ちょっ……………いやいや!? なんでわかるんスか!? 臨時ボーナスが入った時に酒場で大宴会してみっともなく酔ったりとか、新しい保存食を作ろうとして腹壊したとか、訓練所の壁に穴開けたとか………」

「お前そんなことしてたのかよ」


 聞いてもいなのに自分の失敗談をべらべらしゃべるフリントに、呆れたプロドロモウが何度目かわからないツッコミを入れる。

 だが、こういったあけっぴろげな性格だからこそ逆に部下からは親しみを持たれるし、場合によっては「俺たちが隊長を支えてやらなきゃ」という使命感が湧くのだろう。人を率いる立場の者は、必ずしも完璧である必要はないのだ。


「僕が思うに、フリントに今必要なのはしっかりした性格じゃなくて、仲間たちを公平に評価してあげられるという保証なんだろうね。今君が所属している部隊にもいくつかルールはあると思うけど、問題が起こる前にしっかりとみんなでルールを決めて、フリントが率先してルールを守る姿勢を見せるべきなんだ。君はとても正義感が強いから、不正とかは見逃したくないでしょ? 仲間同士のルールがしっかり守られていれば、君が無理しなくても仲間と一緒に成長していけるはずだ」

「なるほど……! 規律を守る姿勢っスね! これは目から鱗ッス!!」

「へぇ~…………やっぱりシェラってよく考えてるね。リーズも肝に銘じなきゃ」


 アーシェラはあえてフリントの素の性格を尊重したうえで、リーダーとして公明正大であるべきと説いた。彼の言う通り、性格をごまかすことはそう簡単ではないし、威張ったり怒鳴ったりすることは逆効果なことが多い。

 古今東西、無駄に威張るリーダーは、自分の実力に自信がないことの裏返しであることが多い。そんな無様な姿を見せるリーダーには部下は決してついていきたいと思わないのである。

 フリント自身にはすでに人望はあるのだから、あとはルールの順守さえ徹底できれば、部下たちは自然としたがってくれるとアーシェラは読んだのだ。もっと言えば、アーシェラはフリントにこの仕事をあっせんしたころから、そのことは織り込み済みでもある。


 そして、そばで聞いていたリーズも――――アーシェラと結婚して村長夫人となった今、村のルールを率先して順守していくことが求められるだろう。それと同時に、別のことにも気が付いた。


(そういえば、この村のルールって……何か決まったものがあるのかな? 後でシェラに聞いてみよっと)


 今まで何となくのほほんとこの村で過ごしてきたリーズだったが、開拓村で決まった掟があるかどうかを考えたことは一度もなかった。

 リーズは、この相談会が終わったら、改めて村のルールについて聞いてみようと心の中で決意したのだった。

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