晩秋 Ⅱ

 ブロス夫妻たちと山菜採りに行った翌日の夕方――――――

 リーズがレスカと一緒に新しく建設する家の木材を伐採に行っている間、アーシェラはいつもの様に夕食の用意をしていた。

 この日はいつもに増して冷える日で、相変わらずアーシェラの足元を流れる空気が冷たく、あまり竈の前から離れたくないと思ってしまう。

さらに、外では風が強く吹いており、いよいよコートなしでは厳しい季節になってきた。


「リーズ……コート着ていかなかったけど、大丈夫かな?」


 いくらリーズが世界最強の勇者だと言っても、人間並みに寒さを感じるし、風邪をひくことだってある。

 一応彼女も自分のコートを持っていたが、アーシェラが見たときにはすでにボロボロで、新しく縫い直してあげなければと思ったほどだ。

幸いコートの材料はあるので、明日にでも仕立てることができるだろう。

 アーシェラがそんなことを考えながらシチューの味見をしていると、玄関の方からパタンと扉が開く音が聞こえた。


「シェラ、ただいまーっ」

「帰ってきたね。お帰り、リーズ」


 元気な声とともに入ってきたのはもちろんリーズだ。

 この後リーズは、すぐに台所にいるアーシェラに抱き着いてくるだろう。

いつものことなので、アーシェラはリーズに抱き着かれた際にシチューがこぼれないよう身構えるのだが…………


(今日は何か静かだ……?)


 アーシェラはなんとなく違和感を覚えた。

 いつもはバタバタと飛び込んでくるリーズの足音が、いつもより小さいような気がしたのだ。

 とはいえ、忍び寄ってきているわけでもないようで、リーズはいつも通りに台所にいるアーシェラに近づいて行った。そして――――


「ふぅ~……今日もさむかったぁっ! えいっ!」

「うひゃああぁぁっ!!??」


 リーズはアーシェラの背後から両手を伸ばし、少しだけ紅が差している彼の頬をピトっと包んだ。

 寒い外の空気に長時間晒されていたリーズの両手は氷のように冷たく、急に頬を冷やされたアーシェラは思わず女の子のような悲鳴を上げた。


「えっへへ~、シェラあったかーい!」

「もう、リーズってば…………外、寒かったんだね」


 予想外の冷凍属性攻撃を受けて面食らったアーシェラだったが、自分にこんなことをしたくなるほど寒かったのだろうと考えた彼は、背中に抱き着くリーズに向き直って、彼女の頬を同じように両手で包んだ。

 リーズの頬も手と同じくらい冷たかったが、アーシェラの手に包まれて嬉しくなったのか、少しずつ熱が戻ってきていた。


「今日も一日お疲れ様。昨日取れた山菜のシチュー、たくさん作ったから、お腹いっぱいになるまで食べてほしいな」

「ありがと、シェラっ……………んっ」


 お互いに相手の頬を手で包む形になると、自然と顔と顔が近くなる。

 ならばもうやることは一つしかない。どちらから何も言うことなく、リーズはゆっくりつま先を持ち上げ、アーシェラは少し背を丸め――――――唇同士を重ね合わせた。


 数秒後に唇が離れた時には、リーズの頬はほかほかに暖まっていた。



「へえぇ~、これが昨日フィリルちゃんが言ってた根っこ…………え~っと」

「ゴボウ、だね。煮込む前に生で味を確かめてみたんだけど、確かに悪くない味だった。鶏肉に意外と合いそうだから、シチューも結構いけると思う」

「……んっ、確かにっ! ポリポリしてておいしい! 同じ根っこなのに、ニンジンより食べやすいっ!」

「それはよかった。サラダにもゴボウを使ってみたから、こっちも食べてみて」


 あの後すぐに夕飯の支度を終えた二人は、椅子に隣り合わせに座って、新しい森の味覚がたっぷり入ったゴボウシチューを食した。

 ゴボウは大量の泥が付いているうえに灰汁の量が多いので、ほかの根菜以上に入念な下準備が必要であったが、短めに切りそろえてしっかり煮るとちょうどいい歯ごたえになり、今までとは一風変わったシチューが出来上がる。

 これにキノコや下味をつけた鶏肉と一緒にすると、全体的に和風に近い味になる。もちろんこの世界にはそういった料理はないので、リーズたちにとっては「不思議な味」という感覚になる。


「ふぅ……ついこの前まで夏がちょっとすぎたかなって思ってたくらいなのに、もう冬なんだ……。なんだかあっという間だったね」

「まあね、このところ一気に寒くなったっていう気がするよ。リーズのコート、もうボロボロだったよね。明日新しいのを仕立てるから、もし寒くて我慢できなかったら僕のコート使っていいよ」

「いいの!? ありがとシェラっ! 実はこの前ちょっとシェラのコートを内緒で借りちゃったけど…………また使ってもいいよねっ!」

「使うのは構わないけど……僕のお古じゃ動きにくくないかな?」


 たわいもない会話をする二人も、気が付けば数日前から対面で食事をしていたのが、毎日隣同士で並んでするようになっていた。

 お互いの顔を見ながら食べるのが少し難しくなるという欠点はあるが、寒い日はやはり愛する人の熱で少しでも温まりたいという気持ちの方が強いのだろう。

 これからますます寒くなれば、もしかしたら二人は家の中でも片時も離れなくなるかもしれない。


 現に、食べ終わって少しゆっくりしながら話しているときもリーズはずっとアーシェラの肩に頭を寄せていたし、寒いからという理由で台所の片づけを手伝う代わりに、分担作業のはずのお風呂を沸かす作業をアーシェラに付き合ってもらい…………お風呂の湯船の中でも一緒だった。


「ねぇシェラ、ご飯を食べてる間もお風呂を温めておく方法ってないかな?」

「うーん……火のつけっぱなしは火事の危険があるからよくないし、焼けた石を投げこんでもあまり効果はないからね。何かいいアイディアはないかなぁ」


 二人で一緒に風呂に入るのは、結婚した日からずっと続いていることなので、もうすっかり当たり前のことのようになっている。

 しかし、二人の頬が赤くなっているのは、決して風呂の熱気だけではないだろう。

 そしてこの後も、二人の意識がまどろみに堕ちるまで……いや、明日の朝になるまで、リーズとアーシェラはずっと一緒になっていることだろう。

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