根子

 あったかい鍋で腹を満たしたリーズ一行は、少し休んだ後、再び山菜調達を開始した。

 すでにいくつかの籠には、リーズやフィリルが摘み取った山菜が満載になっているのだが、彼らの仕事はむしろここからが本番だ。


 彼らが昼食をとった場所を流れる小川は、緩やかな流れとともに森を横断し、その先で村の近くを流れるやや大きな川と合流する。5人は川辺を下流の方にどんどん歩いていくと、すぐに目的のものを見つけることができた。


「ブロス、あの辺がそうじゃない?」

「ヤァ村長、私が見てこようか」

「シェラ、何か見つけたの?」

「まあね。僕の目が正しければ、だけど」


 アーシェラが、歩いている場所から少し離れた対岸にある草の群生地を見つけ、ブロスが確認のために川から突き出た岩をひょいひょい渡って見に行った。するとそこには、普通の雑草に交じって茎がやや赤く背の高い草がいくつも生えていた。


「ヤッハッハ! これはいい! おぅいみんなーっ! あたりだっ! 気を付けて渡ってきて!」

「何があるんだろ? リーズには草が生えてるようにしか見えないけど…………」

「この辺の草って食べられるんですか、センパイ?」

「そんなわけないでしょう。食べたいなら好きにすればいいわ」

「いや、もしかしたら草も食べられるかもしれない」

『え?』


 先に川を渡ったブロスのもとに集まった4人は、改めてアーシェラの見つけた草むらを見た。

 やはり、一目見ただけでは背の高い草が生えているだけで、食べられそうな山菜の類は見当たらない。確かに、葉っぱの種類によってはハーブになったり、揚げることで食べられるものもあるが…………

 一体こんなところに何があるのか――――そう思っていたリーズに、アーシェラが一本の草を指さして引き抜いてみようと言い出した。


「僕の目当てはこれなんだ。リーズ、一緒に引っ張ってみようか」

「うん……何が出るのかな?」


 二人で力を込めて一本の草を抜いてみると……………根元から土がもこもこと盛り上がり、人の拳よりやや大きいくらいの、紅色の球のような根っこが姿を現した。


「わわっ! シェラ、もしかしてこれって紅蕪ビーツ!?」

「その通りっ! 秋の間はまだ小さいけど、この時期になるとなかなか大きいね」

「へぇ~……野生だとこんな風になるんだ。初めて知った」

「実は僕も魔神王討伐の少し前までは知らなかったんだけどね。仲間だったフリントに偶然教えてもらったんだ」


 リーズが背の高い草だと思っていたのは、野生の蕪の一種だった。普通の蕪は葉っぱが比較的平べったく色白だが、この紅蕪ビーツは茎が地面からまっすぐに生える。紅蕪自体は市場でもよく見かける庶民のよく知っている野菜だが、畑で育てられているものは野生のものと違ってあまり背が高くならないので、野生のものは知識がないとただの雑草にしか見えないのである。

 実際、食べ物の知識に詳しいアーシェラも、二軍メンバーの一人だったフリントという男性に教えてもらうまで知らなかったし、かつては森でしょっちゅう食べるものを探していたリーズも、もっと言えば食べ物に困っていたはずのツィーテンやフィリルも知らなかったのだ。


「はえぇ~……蕪はたまに森に生えてることは知ってましたけど、こんな形のものがあるなんて。しかもこれ、本当に葉っぱまで食べられそうですよセンパイ」

「そこまで食べるものに困ってないから……無理に食べなくてもいいのよ」

「ヤッハッハッハ! 私も初めて村長に教わった時には驚いたのなんの! 去年の冬は本当にお世話になったよっ!」


 紅蕪は栄養豊富でシチューなどにぴったりの食材だが、実は葉っぱも調理によっては美味しく食べることができて、おまけにこちらにもたっぷりと栄養がある。この世界では葉っぱはあまり食べられないが、フィリルのような貧しい家では野菜は基本的に葉っぱまで食べるようだ。

 リーズたちは、群生する紅蕪を次々と引っこ抜き、新たに用意した籠に詰めていく。しかも、ブロスやフィリルが辺りを探索したところ、周囲にはまだまだ紅蕪がたくさん生息していることが判明した。その量は、ちょっとした畑以上にあるようで、今回だけでは取り切れないほどだった。


 さらに、今度はフィリルが新たな食べ物を発見してきた。


「センパイ! リーズ様っ! 見てくださいこれ! 素敵なもの見つけちゃいましたっ!」

「何か見つけたのフィリルちゃん?」


 フィリルが見つけたのは、若干枯れてチクチクした実をつけている植物だった。

 これを見たリーズは、森や草原などを冒険する時にあっちこっちに引っ付いていたオナモミを思い出した。だが、オナモミは食べるものではないことは、リーズもよく知っている。


「どれどれ、何を見つけて…………え? それって食べられるの?」

「そうなんですよ村長っ! これ、ゴボウですよ! こうやって引っこ抜いて…………」


 いぶかしがるアーシェラの前で、フィリルがチクチクした実をつけた植物を、根元から思い切り引っこ抜く。だが、やたら細長い根子が出てくるだけで、やはり食べられるものには見えない。


「フィリル…………まさか、ニンジンみたいにその根っこを食べるとか言わないでしょうね?」

「センパイはゴボウを知らないんですか? 故郷にいた頃はほとんど毎日のように食べてましたよっ! しかも結構おいしいんですから、だまされたと思って食べてみてくださいっ!」

「ヤッハッハ! ならば今夜にでも試してみようか! ねぇゆりしー!」

「……ごめん、食べられるイメージが全くないわ」

「シェラは……知ってる?」

「いや、僕も初めて見るよ。ツィーテンさんからも聞いたことなかったし。まあ、僕たちも試してみようか。食べられるなら何かの役に立つかもしれない」


 そう、フィリルが掘り起こしたのは野生のゴボウだった。というよりも、この世界の人々はごく一部を除いてゴボウが食べられるという事を知らない。植物学者ですら、食べられると知っているのは一握りである。

 ツィーテンは知っていてもよさそうだが、リーズもアーシェラも教えてもらったことはなかった。ひょっとしたら、何か事情があるのかもしれない。

 食べられるかどうかは、この後各自家に持ち帰って試してみることにした。


「えっへへ~、みてみてシェラっ! あれだけたくさん持ってきた籠が全部いっぱいになっちゃったねっ!」

「お疲れ様リーズ。これだけたくさんあれば、ほかの村人たちもしばらく食卓が豊かになるはずだ」

「やっぱり森はいいですねリーズ様っ! まるで天然の食糧庫みたいですっ!」


 想像以上の収穫を終えて、リーズやフィリルはとても満足そうだった。

 食べ物を探すのに色々と苦労した思い出がある二人にとって、これだけたくさんの収穫があるのはとても嬉しいのだろう。


「これで川に魚がいればもっといいですけど…………お魚さん、いないんですね」

「そっか、フィリルちゃんには説明してなかったけど、このあたりの魚はまだ戻ってきてないんだ。フィリルちゃんは魚釣りは好き?」

「はいっ! 大好きですっ!! 自分で釣った魚を食べるのは最高ですよねっ!」

『!!??』


 フィリルの言葉に、アーシェラとブロス夫妻は思わずびくりとして、なぜかあわただしく周囲を見回し始めた。


「……? どうしたんですかセンパイ?」

「いえ、もしかしたらどこかの草むらからミルカが飛び出してきそうな気がして」

「ヤハハ、まずいな、せっかくの新しい仲間をミルカさんに取られちゃわないか心配だ」


 「釣りが大好き」というの言葉をミルカに聞かれたら…………おそらく数日もしないうちに、強引に釣りに連れていかれてしまうであろう。しかも、あの突拍子もないミルカのことだから、そのあたりの草むらから「話は聞かせてもらいました」と言いながら現れても不思議ではない。

 幸い(?)ミルカはこの場にはいなかったようだが、下手にミルカにこのことを話してしまうと、場合によってはブロスの家での修行そっちのけで毎日釣りに連れ出されかねない。


「ま、まあまあ……ミルカさんには僕から穏便に話しておくよ。それに、そう遠くないうちに村の近くの川でも魚釣りができるようにしたいものだね」


 こうして、リーズたち5人は日が暮れる前に村に戻り、この人れた山菜や魔獣の肉をブロスの家にある食糧倉庫に運んだ。

 少しずつ少なくなってきている秋の植物に変わり、これから地中でひっそりと力を蓄える冬の味覚が、村の食卓を彩ってくれることだろう。

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