鍋
「フィリル、ただいま戻りましたっ!」
「あ、おかえりフィリルちゃん」
「村長、これだけあれば足りるかしら」
「ありがとうユリシーヌさん。それだけあれば、とてもおいしいものが作れそうだ」
ブロス夫妻とフィリルがいくつかのハーブや野草を抱えて戻ってきたとき、リーズとアーシェラはまるで何事もなかったかのように焚火の前で談笑していた。だが、おしどり夫婦ぶりなら負けないと自負するブロスとユリシーヌは、二人の雰囲気を見るなりいろいろと察したようだった。
「ヤァ村長! ヤアァリーズさん! さすがに二人きりだからって、料理の準備そっちのけで「あんなことやそんなこと」はしてなかったみたいだねぇ!
それとも、ちょっとくらい何かしちゃってた?」
まるでカマかけるように茶化すブロスの言葉に、リーズとアーシェラは――――
「「さあね」」
と、同時に答えた。
ともあれ、鍋の味付けに使う材料とすぐに食べられる野草が加わったことで、アーシェラは本格的に野外調理が始めた。
鍋の中には、あらかじめ出汁をとるために切れ目が入った腱が煮込まれており、その上からユリシーヌがとってきた香草――バジリコ草(※バジルのこと)をゆっくりと溶かし、味が付いたら腱は鍋から出す。
次に彼が取り出したのは、リーズと一緒に作った、ディアトリマの肉に軟骨を混ぜて丸めた一口サイズのつくね。
これらをいい香りがするスープの中にたっぷりと沈め、さらに取ってきたばかりの細かい山菜や水菜と煮込めば完成だ。
「はいどうぞ、フィリルちゃん。そのまま食べてもおいしいけれど、このシェラ特製魔法の調味料をちょっと入れると、びっくりするくらいおいしいのっ!」
「そ、そんなにおいしいんですか!? じゃあ……先に頂きますねっ」
フィリルはリーズから手渡されたスープを、まずは何も入れずに食べてみた。
たっぷりゴロゴロと入っている鳥魔獣肉のつくねは、軟骨が混じっていて、噛むごとにボリボリとした歯ごたえを感じさせてくれる。煮込まれた山菜類も、素朴な味のスープを吸って、とても豊かな味わいを生み出していた。
「はあぁぁ~…………体に染みわたりますぅ~」
「これからの寒い季節は、やっぱりスープが一番だよね。それじゃあこれ、使ってみる? あまりたくさん入れすぎないで、スプーンの先っぽに乗るくらいでいいからね」
確かにこれだけでも、お腹いっぱいになるまで何杯でもお替りできそうなほどのおいしさだったが…………
半分程食べたところで、満を持してアーシェラから貰った「秘密の調味料」を、ほんのひと摘み入れてみる。
すると、まるで今までおとなしかった食材たちが突然立ち上がって踊りだしたかのように、スープの味が激変した。これにはフィリルも目を丸く見開くほど驚き、たちまち未知なる味の虜になってしまった。
「ヤッハッハー! どう、驚いたでしょ! 言葉にも出来ないか!」
「この調味料……いろいろなものに使えるけど、やっぱり鶏肉が一番よね」
ブロス夫妻も、自分たちの言葉に返答できないほどがつがつスープを掻き込むフィリルをほほえましく見守りつつ、スープの味をしっかりと楽しんだ。
彼らが作る料理も悪くないのだが、やはりアーシェラが作るものは別格だ。
フィリルは器の中の具材を一気呵成に頬張り、スープを最後まで飲み干すと、沸騰した薬缶から蒸気が出たかのように「ふーーーっ」と長い吐息を噴出した。
「まるで魔法みたい…………こんなにおいしいスープ、初めて食べましたっ!! お替りもらっていいですか!?」
「いい食べっぷりだね。まるでリーズがもう一人いるみたいだ。よそってあげるから、お椀ちょうだい」
「いいわ村長……私がよそうから。村長はリーズさんのをよそってあげて」
「えっへへ~、食べる量ならリーズも負けないもんねっ! リーズもおかわりっ!」
「リーズ……張り合わなくてもいいからね? スープはまだまだたくさんあるから、好きなだけ食べてよ」
こうして、肌寒くなった寂しい森の中で、リーズたち5人は和気藹々とつくね鍋に舌鼓を打ち、しっかりと体を温めた。
特に、故郷で貧しい生活を送ってきたフィリルは、素朴ながらも心に染みる味のスープと、その味をさらに引き立てる秘密の調味料にいたく感動していた。
「こんな魔法みたいな調味料があるなんて…………! センパイっ、これ、うちでも作りましょうよっ!」
「言われなくても、ついこの前やっと村長から教えてもらったわ」
「作るのに半年くらいかかるみたいだけどね! ヤッハッハ!」
「そんなにかかるんですか!?」
「う~ん、僕はもっとおいしくできるかなって考えてるけどね。熟成ももっと長くした方がいいかも」
「これよりまだおいしくなるの!? えっへへ~、リーズ楽しみっ!」
そして、これほどおいしいスープを作ったアーシェラは、まだまだおいしくできる余地があると考えているからさらに驚きだ。
10人分以上の量があったスープは、食欲が爆発したリーズやフィリルがお替りを繰り返してあっという間になくなってしまった。満足げにお腹をさするリーズたちを見て、アーシェラも「次はもっとおいしくしよう」と考えるのだ。
「はふぅ……ツィーテン姉さんの手紙に書いてあった通り、本当にほっぺたが落ちそうなくらい、おいしいです~……」
「ツィーテンは僕のことも手紙に書いていたのかい?」
「そうなんですよ村長様っ! 仕送りと一緒に手紙を送ってきてくれるたびに、こんなにおいしいものを食べたとか、こんなにおいしいものが世の中にあるんだとか、村長のことと一緒にたくさん書いてくるんですよっ! 残酷だと思いませんか!?」
「残酷って……せっかくのお姉さんの手紙になんてこと言うの」
「そうは言いますけどセンパイ! あたしたちの故郷の料理って、ホント不味いですって!」
フィリルは鼻息荒く力説するが、それは誇張でも何でもなく、彼女の――――ツィーテンの故郷は主な収入源が出稼ぎになるほど貧しい土地だった。
なにしろ土地が耕作に向かないため、畑でとれる作物だけでは地域の人口を到底賄うことはできない。そのため食べ物は行商人から買うか、少し離れた森に命懸けで食料を取りに行かなければならなかった。
パンを食べられない日も多く、腹持ちの悪い雑穀で作った団子や、具のないスープで済まさなければならない時もあったらしい。
「しかもうちは姉弟が大勢いましたし…………兄さんや姉さんたちは、あたしのような下の子に食べ物を多めに分けてくれましたけど、それでも足りなくて……。ああでもっ、うちはまだ恵まれてた方なんですよ! 友達やその姉弟が、いつの間にかいなくなってるなんてこともしょっちゅうありましたし! 生きてるだけで丸儲け、ですよ!」
「僕もそのことはツィーテンがいなくなった後に知ったよ。そんな事情があったなら、僕も協力してたのに」
「もしかしたら……ツィーテンは、リーズやシェラにまで迷惑かけたくないって思ってたのかな」
リーズが冒険者をしていた頃、ツィーテンは故郷のことを一切話さなかった。
もちろん、家が貧乏だから仕送りしているとは聞いていたが、そのような理由で冒険者をしている人は珍しくなかったので、あまり込み入った事情までは聴かなかったのだ。
「だからツィーテン姉さんがおいしい食べ物を食べたって書いてくるたびに、よだれが止まらなくなっちゃうんですよ~っ! 今でも家に残ってる姉さんの手紙は、あたしたち姉弟の涎があっちこっちにしみこんでますよっ! あははっ!」
「あー、それは確かに残酷だねぇ……。仕送り貰っても、お金自体は食べられないからね! ヤーッハッハッハ!」
「でもっ、今はこうしてあたしが姉さんと同じようにおいしいものを食べて……わかったんです! まだ故郷で頑張ってる兄さんや姉さんたちに、このおいしさを伝えたいって!」
「あはは…………そこはやっぱり血筋なのかもね」
今は亡きツィーテンは、いつも飄々としたその裏で、故郷の家族の為に命を削っていた。
彼女のつかみどころのない性格と、刹那的ともいえる独自の哲学は、厳しい故郷の生活が育んだものなのだろう。
フィリルの話を聞いたリーズとアーシェラは、彼女にはツィーテンと同じ道をたどってほしくないと強く願わずにはいられなかった。
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