野外

 目につく実りが姿を消した森林で食べ物を探すには、かなりの知識と経験が求められる。

 リーズ率いる採取チーム一行は、静まり返った木々の中、山菜を求めて歩き続けた。途中、何度かサルトカニス森オオカミの群れやディアトリマ地走鳥などの魔獣に遭遇したりしたが、それらはすべてリーズが撃退し、それらの素材も残らず回収しつつ、めぼしい野草を採取していった。


「さっすがリーズ様ですねっ! 姉さんも手紙でリーズさんは滅茶苦茶強いって言ってましたけど、もうホンットに最強じゃないですかーっ!」

「えっへへ~、そうかな?」

「普通、あんな魔獣たちの群れに会ったら命の危機ですよっ! 食べ物を探してるのに、食べられちゃう心配しちゃいますよっ! それに、センパイとセンパイ旦那もっ! あんな距離で反応するなんて、プロの猟師顔負けですって!」

「あれくらい当然よ。あなたもあのくらいの距離で敵を見つけられないと、この森を一人では歩かせられないわ」

「ヤッハッハ! ゆりしーは厳しいね!」


 彼らの一連の動きは、新入りのフィリルにとってとてもレベルの高いものに映ったらしく、道中ではしきりにリーズやブロス夫妻のことを褒めちぎっていた。

 そんなフィリルも、魔物の群れに遭遇しても怖気づかず、こうして能天気に口が回る度胸の持ち主だ。こんなところも姉ツィーテンに似ているなと、最後尾を歩くアーシェラはしみじみと感じていた。


(ふふっ、ロジオンもこの子を身内びいきで連れてきたわけじゃなかったようだね。将来がとても楽しみだ)


 本質的な度胸があるのもそうだが、山菜の採取の際にもきちんと食べられるものとそうでないものを区別する知識はあったし、魔獣の解体の手伝いもなかなか手際が良かった。

 さらに、フィリルは天性の太鼓持ちの才があるようだ。ユリシーヌが彼女のヨイショを素直に受け取らないのも、昔から褒められ慣れていないゆえの裏返しなのだろう。

 もう生活基盤があるとはいえ、未開の地に運ばれてそのまま越冬という鬼のような所業に耐えられる人材として、彼女を連れてきたロジオンの目は(今のところ)確かだったようだ。


 アーシェラがそんなことを考えているうちに、一行は森林の中を流れる小川に差し掛かった。

 ふと隣にいるリーズ顔を覗き込むと、リーズも同じタイミングでアーシェラの顔を見上げた。アーシェラはすぐに、リーズのお腹が空きそうな頃らしいとわかった。


「みんな、飲み水が確保できる場所に出たことだし、この辺でいったんお昼にしようか」

「うんっ、リーズもシェラに賛成っ!」

「おや、さすがは村長、リーズさんがお腹が空きそうだってわかったようだねっ! ヤーッハッハッハッハ!」


 理由はどうであれ、太陽がほぼ真上にあることから、そろそろお昼の時間になることは疑う余地はない。

 彼らはさっそく即席竈の用意や休む場所の確保を行うと、リーズとアーシェラは野外調理に取り掛かり、ブロス夫妻とフィリルはそのまま周囲の探索を行うことにした。


「ねぇシェラっ! さっき倒したディアトリマのお肉、ここで食べちゃおうか! 秘密の調味料も持ってきたよねっ!」

「そうだね。水もたくさんあるから、煮込むのもいいかもしれない。ユリシーヌさん、何かその辺からいい味が出そうなものがあったら探してきて」

「わかったわ……探してみる」

「久々の村長の手料理、楽しみですねセンパイっ! 極上の野外料理が食べられるように、あたしたちも頑張って探しましょーっ!」


 野外料理と言えば焼くのが定番だが、こういった寒い日には携行した鍋で煮て食べるのが、やはり一番おいしい。

 ただ、最低限塩を振って食べるだけでいい焼き料理とは違い、煮込み料理にはそれなりに下味の出汁となるものが必要だ。一応、採取したキノコの中には煮込めばいい味が出るものもあるが、今使うのはあまりにももったいない。

 ブロス夫妻とフィリルは、採取できるものを求めて川の上流へと向かっていった。


「ねえシェラ、フィリルちゃんって結構すごいよね。リーズがまだ冒険を始めた頃は、ほとんど何もわからなくて困ってたことが多かったのに、フィリルちゃんはツィーテンみたいにいろいろと知ってるみたい」

「フィリルの場合は、ただ単に遠出に慣れていないだけなのかもしれないね。僕たちがまだ冒険者始めたばかりの頃は、ツィーテンが居なかったらもっとひどい目にあっていたかもしれない」


 リーズとアーシェラが二人きりで作業する間…………初々しいながらも実力の片鱗を見せ始めているフィリルを見て、自分たちが初心者の頃は如何に冒険が下手だったかを思い出し、お互いに苦笑いした。

 貴族生まれのリーズは世間知らずで、エノーは自信過剰、ロジオンは知識先行、アーシェラはまだ先輩たちから教えてもらった知識はあったものの、実践経験はほぼ無いに等しかった。


「初めて広い森を冒険した時は大変だったよね。あの時リーズは、森に行けばその辺に野菜が生えてるし、動物もいるから食べるものには困らない……なんて考えてたし」

「今考えると、あの時はよく依頼を達成できたよね…………」


 冒険者を始めてまだ間もないころ、冒険者ギルドから毛皮の調達依頼を受けたリーズたちのパーティーは、初めて広大な森を数日間かけて探索することになった。

 リーズが口にした通り、その頃の彼女は森に行けばその辺に食べ物が生えている程度の認識しかなく、おまけにエノーとロジオンも「何とかなるだろ」と楽観視していた。しかもツィーテンはツィーテンで貧しい故郷の生活に慣れていたせいか、リーズとはまた別の方向で最低限の食糧しか考えておらず、準備不足だと主張したアーシェラは彼らに引きずられる形で冒険に出発してしまう。

 季節は春――――森の中はところどころに花は咲いていたが、肝心の食べられる野菜などあまりなく、狩りにも慣れていないせいで野生動物には何度も逃げられた。キノコを見かけてもほとんどが毒キノコで、所持している携行食料は粘土を食べているかのように不味い。

 リーズは常に空腹にさいなまれて元気をなくし、エノーは家に帰りたいと連呼し、ロジオンは何度も腹を壊した。


 そんな中、ツィーテンが故郷での知識を生かして意外なところから野菜を調達してくれたのと、アーシェラがありあわせの素材で何とか美味しく食べられるように工夫したことで、彼らはようやく気持ちを持ち直し、何とか依頼を達成することができた。

 そんな失敗を経験してきたリーズ達から見れば、フィリルはまさに優等生と言っても過言ではない。


「失敗も多かったけど、そんなところも楽しかったよねっ!」

「ほんと、僕たちはあんなに何度も痛い目にあったのに、不思議と懲りなかったよね。やっぱり…………それだけリーズと冒険できるのが楽しかったから、かな」

「えっへへ~、それはリーズも同じっ!」


 材料の下ごしらえを終え、鍋の用意ができたが、ブロス達はまだ戻ってこなさそうだった。二人は彼らが戻ってくるまで、火の用意だけして少し待つことにした。


「…………二人きりだね、シェラ」

「そうだね、リーズ」


 ブロス達がいつ帰ってくるかはわからない。すぐ戻ってくるかもしれないし、もうしばらく時間がかかるかもしれない。アーシェラはすぐに、リーズが何を考えているかを理解した。

 冒険とはすなわち、あえて危険を冒すという事。成功するか失敗するか、そんな中でしか得られない興奮や経験もある。


 二人は辺りを見渡し、誰にも見られていないことを確認すると―――――無言でお互いの唇を重ね合わせた。


 どうやらこの二人は、根っからの冒険好きのようだ。


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