仮面の王子
きっちり整えられた青色の髪と、吸い込まれそうなほど深い茶色の瞳、すらりとしたシャープな顔立ちが見た目麗しい、第三王子ジョルジュ――――――兄であるセザールよりも細身だが、全体的に知的なオーラが漂う彼は、その場にいるだけでセザールとはまた違った意味で、周囲にプレッシャーに与える。
お供は男性騎士がわずかに二名だけだったが、その実力は勇者パーティーの一軍メンバーに匹敵するほどのように感じられ、グラントですら思わずうかつには手出しできないと感じるほどだった。
「な、なぜジョルジュ殿下がこちらに…………? 妻なら、ここにはおりませんが………」
「諸君、そう固くならずともよい。私は宴会を邪魔しに来たわけではないのだからな」
周囲の貴族が緊張で固まる中、ジョルジュは人々の間をまっすぐ進み、マトゥシュの前に立った。
数日前の出来事のせいで、マトゥシュは王族がまた自分に何か無理難題を突き付けるのではないかと身構える。
だが、彼の前に立ったジョルジュは、なんとその場で深く頭を下げた。
「シャストレ伯マトゥシュ。この度は、不肖の兄がそなたや周りの諸君に迷惑をかけた。同じ王子として大変申し訳ない……この通りだ」
「ちょっ!? お、お顔を上げてください殿下!? 殿下が謝ることではございません!」
「今日ここに集まっている諸君が、我らが王国に不満を抱いていることは承知しているし、この場で咎めるつもりはない。父王も兄上も、それだけのことをしているのだから、当然のことだ」
常に尊大な態度のセザールと違い、ジョルジュは真摯な態度でマトゥシュに謝罪する。
王族が臣下の貴族に頭を下げるなど、王国の歴史上でもほとんどあり得ないことである。しかもジョルジュ自身が過ちを犯したわけでなく、兄が仕出かした不始末を詫びるために、わざわざ臣下の領土にまで赴いたのだから驚くほかない。
正当な謝罪を受けているにもかかわらず、マトゥシュは慌ててジョルジュに頭を上げるよう申し入れ、逆に彼の方が頭を下げ始めてしまった。
「グラント、そなたも兄上の暴虐を止めようと、勇敢にも立ち上がったと聞いている。たとえ王族だろうと、過ちは諫める…………さすがはかの魔神王を討伐した剛の者。そなたこそ、真の王国の忠臣といえよう。父上はいい顔をしないだろうが、私からとりなしておくゆえ、安心するとよい」
「いえ…………もったいなきお言葉」
ジョルジュはさらにマトゥシュだけでなく、セザールには向かったグラントにまでねぎらいの言葉をかける。
恩義は三歩歩けば忘れる癖に、歯向かってきた恨みはずっと忘れず、陰湿にやり返してくるセザールと不必要な対立をしてしまったせいで、今後の計画に支障が出るかと心配していたグラントにとって、ジョルジュの言葉はたとえ冗談でも非常に心強い。
ただ、彼はジョルジュの一連の言葉に若干の違和感を覚えた。
(我々の集まりをいかにして知ったかはわからぬが、あまりにもタイミングが良すぎる…………果たして、ジョルジュ殿下を全面的に信用していいものだろうか?)
そもそも、第三王子ジョルジュは武術より文化面に才能があることと、第二王子セザールと昔から仲が悪いこと程度しか知られていない、やや知名度にかける王子であった。
グラントもジョルジュが幼いころから何度か会ったことがあるが、どちらかといえば繊細で引っ込み思案な性格だったと記憶している。
第二王子に比べて何もかも平凡で覇気のない第一王子では将来的に不安で、かといってセザールには付きたくないという比較的新興の貴族たちからは人気があるらしく、リシャールの実家であるエライユ公爵家の支持もある。
最近はかつての勇者パーティーメンバーの一部も取り込み始めており、第三王子派は近年急速に勢力を拡大しているようだ。
(支持拡大のための根回しに来たのか? それとも…………)
グラントは表面上は礼儀正しい態度を取りつつも、心の中ではジョルジュの行動を疑う。
だが、マトゥシュをはじめとする周囲の貴族たちは、物腰柔らかで紳士的なジョルジュの魅力に、徐々に絆されていっているようだ。
「し、しかしジョルジュ殿下…………わざわざこのようなところまでお越しいただいても、僕たちは…………提供できる献金もあまりありませんし、貴族同士の深いつながりも…………」
「まさか殿下も、セザール殿下のように次期国王への野望を…………?」
「確かに、そなたらがそのような心配するのも無理はない。それに、このようなことは根本的な解決にはならないと、重々承知している。だが、私はただ、兄上によって貶められている王家の品格を、取り戻したいだけなのだ。どうか、今一度私を…………そして王国を、信じてはくれまいか」
グラントほどではないが、王国と王国貴族制度に疑問を持ちつつあったアランとヴァーシャリも、真剣に訴えるジョルジュのまなざしに、思わずときめきを覚えてしまった。
「なんという…………なんというお言葉っ! わかりました、僕はもう少し……この国を信じてみます!」
「こんなに第二王子殿下と第三王子殿下で意識の差があるとは思いませんでした……! 間違いない、殿下は間違いなく名君……!」
「諸君らには苦労を掛けるな…………第三王子である私は将来国王になることはないだろうが、それでもこの国を想う気持ちに変わりはない。これからもこの国の為に、力を貸してほしい」
『ははっ』
これも王族のカリスマゆえか――――冬空のように凍てついていた宴は、ジョルジュの訪問を境に一気に明るくなり、まだこの国は捨てた物じゃないという強い希望を抱いた。
どん底に落ち込んでいたマトゥシュも、ジョルジュの励ましでまた一から婚約者探しをすることを決意。むしろ、王族相手とはいえ婚礼の日にほかの男性に媚を売る女性と結婚しなくてよかったと前向きにとらえ始めたのだった。
「ふんっ、かの勇者のように、仮面をかぶり続けるのもなかなか肩がこるものだな…………」
その日の夜――――宴が終わり、すっかり酒に酔った貴族たちがマトゥシュの館の客室に泊まって寝静まった頃、ジョルジュ王子も迎賓室で一夜を過ごすことになった。
彼は部屋の灯を一切つけず、カーテンを開けて窓の外をじっと眺めていた。
月明かりが雪に反射し、青白い光が部屋の中に差し込む。冷え切って澄んだ空気の中、青白く照らされた顔はまるで氷の彫像のようで、人の温かみが一切感じられない。
そして、部屋にはジョルジュのほかにもう一人の人間がいる。今までの宴には参加しておらず、いつどうやってこの館に入ったのかさえわからない。
「にっひっひっひ~♪ お疲れちゃん、王子様っ。どうだった、今日の収穫は?」
「そうだな……奴らは兄上に迎合せぬほどの愚直ゆえ、有能だが扱いやすい。便利な駒として十分な働きをしてくれるだろうな。だが、それだけだ」
「子分が増えるねっ! やったね、王子様っ!」
「それとモズリー…………あまりこういったところまで付いてくるなと命じたはずだが? お前の存在がばれると、いろいろと面倒なのだぞ?」
「だってー、お姉ちゃん王子様のことが心配なんだもーん」
モズリーと呼ばれた女性は、ジョルジュが寝るはずのベッドの上で全く遠慮することなくごろごろしている。
寒い夜にもかかわらず全体的に非常に軽装で、褐色の肌と薄い白髪の間で、金色の双眸だけがいたずらっぽく笑っていた。
「まあよい、たまにはこうして本音で話しておかねば、息も詰まってしまうからな」
「ふぅん、じゃあ将来王様にならないっていうのも嘘なの?」
「嘘と言えば、まあ嘘だな。余はこの国の王などという小さなものに興味はない。いずれ余は…………世界の王となるのだからなァ」
そう言ったジョルジュは、宴の席では見せなかったどす黒いオーラを醸し出す。
月と雪の灯に映し出されたガラスの窓には、いびつな笑みを浮かべる男の姿が映し出されていた。
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