第三の男

 シャストレ伯爵マトゥシュの婚礼の儀は、正気を保つ者たちにとっては最悪の展開となった。

 宴の主役である新郎新婦の席では、新婦の隣にセザールがぴったりと寄り添い、まるで自分が婚礼の相手であるかのようにふるまう一方で、マトゥシュはセザールが連れてきた貴族たちによって、机の端の方に椅子を寄せられてしまい、どこか達観した表情で黙々と酒をあおっていた。


 セザールと対立する寸前までいったグラントも、本来自分に用意された上座に近い席をセザールの取り巻きの一人に譲り、彼自身はなるべくセザールに絡まれないよう、遠い席に移った。

 幸いセザールは奪った花嫁といちゃつくのに夢中になっているせいか、グラントに絡みに来ることはなかった。だが、楽しみにしていた儀式を台無しにされた中は酒も進まず、料理も喉に通らない。

 ため息をつきながら、ふと周りの会話に耳を澄ませても、聞こえてくるのはセザールにおべっかを使って巧言令色を並べる貴族の声ばかりだった。


「第二王子殿下とこのようなところでお会いできるとは、光栄の至りでございます!」

「マトゥシュ殿には悪いですが、やはり美しい令嬢には凛々しい青年である第二王子殿下の方が、隣にいると絵になりますなぁ!」


 目敏い貴族はすでにマトゥシュのことをなかったことにして、セザールにすり寄り、まだまともな者たちは何も言えぬまま沈黙するばかり。

 それに、セザールとその取り巻きの貴族たちは、ナイフとフォークの使い方や、グラスの持ち方などの所作は完璧で美しいというのに、行っている所業があまりにも下品で見るに堪えないほどだった。いくら完璧な作法を身に着けていたとしても、心が伴わなければ無意味なものだと、グラントは改めて感じた。

 もはや何のための礼儀作法か…………王国貴族文化の形骸化がいかにひどいかがよくわかる。こんなことばかりを押し付けられていたリーズはさぞかし窮屈だったに違いない。


(マトゥシュ殿……感謝いたします。王国はきれいに作り直さねばならない…………そのためにも今は、耐えるしかない)


 こうして、世にも珍しい王国貴族内での歳の差恋愛婚礼の儀は、王族と彼らの息がかかった貴族たちによって台無しにされるという前代未聞の事態で幕を閉じた。

 マトゥシュと令嬢は、名目上婚礼の儀を上げたことによって夫婦となったのだが、肝心の花嫁はセザールが――――――


「王族とのよしみを持ついい機会だ。しばらく王宮で花嫁修業をさせてやる」


 と言って、そのまま王宮に連れて帰ってしまった。

 このように、相手の家が逆らえない状態にして、名目上の妻と結婚させた後、立場が上の家がその女性を愛人にするという嫌がらせは、普通は公にされないものの過去に何回かあった事例ではある。しかし、セザールはそれを大衆の前で堂々とやってのけたのだ。

 こんなことをすれば当然第二王子としての評判にかなり傷を負うだろうが、彼自身いずれ勇者リーズと結婚し、この国の国王になるつもりなので恐れるものは何もないのだろう。

 むしろ、関係の深い貴族たちからすれば、自分たちの派閥に逆らえばこうなるのだという脅しの意味も込めているようだ。


 あまりにもインパクトが大きかった今回の公開花嫁強奪婚礼は、後世において代表的な悲劇オペラの題材にまでなったという。



 嵐のような婚礼の日が過ぎ去った数日後――――本格的に雪が舞い始めたシャストレ伯爵領では、グラントをはじめとするマトゥシュの友人たちが、彼を慰めるために改めて宴を開いていた。

 だが、あのようなことがあった後ですぐに気分を切り替えるなど到底できるはずもなく、出席者たちの間に漂う雰囲気は、まるでこの日の空のように分厚くどんよりしていた。


「最近の第二王子殿下の行動は、以前にもまして目に余る…………王太子殿下もいるというのに、もう次の国王気取りだ」

「なんでも……婚約している勇者様が行方不明になったまま帰ってこないせいで、殿下がいつも以上にイライラしていて、いつも以上に女癖が悪くなっているとか」


 出席者たちの口から出るのは、セザールと王国への愚痴ばかり。肝心のマトゥシュはひどく落ち込んでしまって、ほとんど口を開かなかった。


「勇者様はどこに行ってしまわれたのだろうか……? 勇者様が帰ってこないせいで、とばっちりを受けるのは我々なのに」

「グラント殿、あなたは何かご存じか」

「よせ。この問題で一番苦労しているのは、ほかでもないグラント殿なのだぞ」

「いやいいんだ……それより、まだ勇者様が行方不明になったと決まったわけではない」


 セザールの暴君ぶりがひどくなった原因の一つに、婚約者になる予定として大々的にうわさされている勇者リーズが帰ってこないというのもある。

 なので、貴族たちの中には、なかなか帰ってこない勇者リーズに対してまで恨み言を述べ始める始末。しかも、勇者が行方不明になって、黒騎士エノーや聖女ロザリンデが探しに行っていることは、王国上層部の間だけの秘密のはず。それなのに、今や噂はこのような末端の貴族たちにまで公然と広まっており、グラントも名目上は取り繕うが、もはや否定することはできないと諦めきっている。


(やれやれ…………セザール殿下のせいで勇者様まで非難されるとは)


 勇者と親しい仲間だったグラントとしては、リーズのことをかばってやりたいのは山々だが、あいにくこの沈痛な場では何を言っても逆効果にしかならないだろう。


「勇者様がいた頃は、毎日とても楽しくて…………僕たち下級貴族出身のメンバーでも分け隔てなく接してくれたというのに…………。最近第二王子殿下の周りや偉い貴族の連中から見下されているような気がするんです。ひどいと思いませんか?」

「俺と仲がいいやつも、第二王子に恋人を取られたんだ…………。これじゃ俺……この国を守りたくなくなっちまうよ……」

「アラン、ヴァーシャリ、お前たちも今は難しい立場だろう。だが、今は耐えるのだ」


 元一軍メンバーだったアランとヴァーシャリも、今の王国のごたごたに嫌気がさし始めてきたようで、そのことを同じ仲間のグラントに愚痴っている。

 彼ら自身、二軍メンバーたちのことを差別した挙句今ではその存在をすっかり忘れているなど、やや自業自得な面もあるが…………


 マトゥシュを慰めるはずが、愚痴の吐き合い会場と化し、さらには王国への不満を募らせる出席者たち。

 あまり心地いいものではなかったが、グラントにとってはむしろチャンスとなりつつあるのも確かだ。


(不幸に付け込むようで申し訳ないが、彼らを時間をかけて説得すれば、今後の計画の力になってもらえるだろう。そうすれば、今まで以上にこの計画は容易くなる…………余計な血も流さずに済む)


 仲間たちの愚痴を聞きつつ、グラントが心の中でそんなことを考えていると…………マトゥシュの家来が会陰会場に入ってきて、この場に訪問者が来たことを伝えてきた。

 だが、その訪問者がまた予想外の人物であった。


「閣下、申し上げます…………その、ジョルジュ殿下がお見えになられましたっ!」

「な……なにぃっ!?」

『!!??』


 訪問者の名が告げられた瞬間、今まで一言も口を開かなかったマトゥシュが、まるでばね仕掛けの人形のように驚いて席から立ち上がり、その他の出席者たちも「まさか!」と唖然とした表情をしていた。


(第三王子殿下が!? 一体ここに何をしに!?)


 王国で革命を起こす算段を心の中でしていたグラントは特に驚いた。

 マトゥシュの家来の案内で宴会の席に姿を現したのは、青を基調とした格式高い服に身を包んだ青年――――王国の第三王子ジョルジュだった。

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