傍若無人

 馬車から出てきたセザールは、一度周囲を見渡して「ふんっ」と小ばかにしがら、勝ち誇ったような態度で婚礼会場に足を進めた。

 彼の隣には、純白のドレスを着た花嫁になるはずの令嬢が、とろけたような表情で寄り添っており、その後ろからはセザール王子の取り巻きの貴族たちが、続々と馬車で乗り入れてきていた。


 あまりにもあんまりな光景に、その場にいた誰もが言葉を失い、にぎやかだった婚礼会場は一瞬で静まり返る。

 グラントもまたショックのあまり数秒間その場に固まってしまったが、騒々しく馬車から降りてきた王子の取り巻きたちの姿を見てはっと我に返り――――


「妻を裏口から馬車に乗せ、急いで領地を脱出するのだ。ここには私が残る!」


 同行していた家来たちに命じて、同行している妻を急いで脱出させ、グラントの動きを見た周りの妻帯者や、娘を同行させてきた貴族たちも、彼に習って急いで女性陣を会場から退出させた。


(なぜ第二王子がここに……!? ありえん……!)


 いくらセザールが見境のない色情魔だとはいえ、彼の立場ではそもそも伯爵家の領土に顔を出すこと自体が驚天動地の事態であり、少なくとも半月前には今日の婚礼を知っていなければ、ここまでの暴挙はできないはずだ。

 セザールがどのような手段で今日の婚礼のことを知ったかは定かではないが、わざわざ取り巻きの大貴族まで連れて、伯爵家の花嫁の略奪をするなど、明らかに常軌を逸している。

 グラントは目の前の光景が嘘であってくれと願った。が、いくらあり得ないと否定すれど、目の前のセザールが消えて、すべて悪い夢だったことにはならない。


 そして……すべてを察したマトゥシュは、絶望のあまり腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。


「ふっ、貴様がシャストレ伯爵マトゥシュか。その歳になってこんな若くて美しい女を口説き落とすとは、なかなかやるではないか。俺は話を聞いて、その心意気に大いに感動した。それゆえに、こうして次期国王になる俺が女の家まで出向いて、わざわざここまで送ってやったわけだ。どうだ、身に余る光栄だろう?」


 目の前で婚約者を抱き寄せるセザールに対し、マトゥシュは黙って頷くほかなかった。

 ここで少しでも逆らったりしたら、彼の命はなく、シャストレ伯爵家は取り潰しを余儀なくされる。王家の権力を笠に着たやりたい放題に、本来の出席者たちは一様に眉をひそめたが……残念ながら反抗できるものは一人もおらず、口を閉ざすほかなかった。


「いやー……それにしても殿下! 花嫁様とはずいぶん親しいようで……」

「まあな、ここに来るまでに何度か話しているうちにすっかり意気投合してしまってな。

美しくて教養もあって、おまけに結婚するまで純潔を守るなんて、こいつにはもったいないほどのいい女だと思わないか?」


 追随してきた取り巻きの貴族の一人が、故意に挑発するような話題をセザールに振ると、彼もわざとか本音か、さらに神経を逆なでする言葉を吐いた。


(……わが盟友の花嫁を奪った上に、さらに貶めようとするかっ!)


 親しかった親友の婚礼を踏みにじられたことに、グラントはもはや我慢ができなかった。

 未来の王国の為必死の努力を続けているにもかかわらず、このよう所で失脚するのは愚策ではあったが…………魔神王を倒した英雄が、友の一人も守ってやれないようでは男が廃る。そう考えたグラントは、人混みの中からゆらりとマトゥシュの前に体を割り込ませ、セザールたちの前に立ちはだかった。


「セザール殿下、恐れながら……冗談にしては度が過ぎるのではありませんか?」

「チッ、誰かと思えばグラントか……」


 せっかくいい気になってマトゥシュをいじめていたというのに、突然妨害するものが出てきたことで、セザールは一気に機嫌を悪くした。しかも、その相手がよりによって最近自分に対してあまり敬意を払っていない(とセザールが感じている)グラントだったのだから、よけい面白くない。


「婚礼の儀の日に、婚約者と親族以外が花嫁に触れるなど、あってはならぬことだというのは、平民ですらわきまえております。ましてや、王国貴族の模範となるべき王族であるセザール殿下が、このような暴挙を行うなど――――――」

「黙れグラント。俺はな、この女の両親に、婚礼会場に同行してほしいと頼まれたのだ! この第二王子直々の参加だ、文句はあるまい?」


 額に青筋を立てながらも、相変わらず小ばかにするようにしゃべるセザール。

 セザールの圧倒的な美貌と華麗な口説き文句、それに王族という圧倒的な権力に絆されてしまった花嫁同様、彼女の両親も王族の権力に逆らえず馬車への同行を許可してしまったのだろう。


「それよりも……だ、グラント。貴様こそはどうした? こんなところでサボっているとは、貴様も存外不真面目な人間なのだな! もし俺が国王になったら、無能な怠け者は使いたくないのだがな?」

「サボり、ですと……」


 グラントの心の中に、いっそのことこの第二王子を今この場で始末してしまった方がよいのではないかという考えがよぎった。

 セザールの後ろには手練れの護衛兵が数名いるが、勇者パーティーの最前線にいたグラントにかかれば、王子と護衛兵、それに背後にいる貴族たちや、第二王子にべったりな元一軍メンバー全員まとめて相手しても普通に勝てる見込みがある。

 今ここでセザールを殺し、突発的に反乱を起こすことになれば、それこそ王国は大混乱に陥ってしまうだろう。自分の一時的な怒りで、大勢の王国民を犠牲にしてしまってもよいのか……

 ここで事に及ぶべきか否かを決断しようとしたグラントだったが、その前に頭を垂れていたマトゥシュがよろよろと立ち上がり、逸る心の親友をとどめた。


「グラント、貴殿は下がれ…………」

「マトゥシュ殿っ、しかし………っ」

「私なら、大丈夫だ」


 結局、グラントはマトゥシュの制止によってその場を引き下がらざるを得なかった。

 マトゥシュは自分のふがいなさで親友が立場を失うことを良しとせず、屈辱を甘んじて受け入れたのだ。

 友の為に自分のみすら捨てる覚悟を決め、また一方で、友の身を案じて自らが傷つくことをいとわない姿勢…………王国貴族社会では珍しい友情劇だが、セザールはそれをまるで道端の小石のように蹴り飛ばすように、笑いながら婚礼の宴の席へと歩いて行った。

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