決意

 カナケル復興の夢に向けて邁進するか――――それと、あくまで今の平穏な生活を維持するか――――

 アーシェラとリーズのみならず、村人全員を巻き込む一大事業だけに、アーシェラは決断に慎重にならざるを得なかった。


(大義名分が必要になることは、僕もわかってはいた。けど、本当に村人たちを巻き込んでもいいのだろうか。せめてもう少し考える時間が欲しい……)


 小さな村の村長とはいえ、村人たち一人一人の気持ちを大切にしたいアーシェラは、

ロジオンとマリヤンの提案をいったん保留し、村人たちと十分話し合ってから結論を出そうとする。

 だが、そんなアーシェラの胸の内を察したのか、レスカがその場にスクっと立ち上がった


「村長、私は彼らの考えに賛成だ。この村は名目上とはいえ「開拓村」…………初めからこの地域の復興も織り込み済みなのだから、今更働きたくないなどとは言わんよ」

「ヤッハッハ、そうそう! 山向こうの復興の目途がついたら、早かれ遅かれこの地方に人がなだれ込んでくることは村長もわかってるでしょっ! ならば私たちは村長とリーズさんに先導してもらいたいよ!」

「レスカ……ブロス…………」


 アーシェラの謙虚さは一種の美徳ではあるが、自分の力を過小評価してしまい、なかなか強引な決断を下せないという欠点もある。そんなアーシェラの性格を知っている村人たちは、彼が悩む前に次々と賛意を示し始めた。

 確かに彼らは俗世から逃げ隠れるようにこの地にたどり着いたが、完全に人生をあきらめたわけではない。彼らは、アーシェラについていくことで、新たなスタートラインに立つ決意をしたのだ。


「あらあら村長、私たちが信用されていないようで少々悲しいですね。今の生活が壊れるのを嫌う程度の根性なら、はじめてこの地にたどり着いた時に逃げ帰っておりましたわ」

「ね、やろうよシェラっ! リーズもこれからずっと一緒に居るんだし、きっと何でもできるよっ!」

「リーズ…………ああ、確かにそうだったね。僕はまだ、自分自身を信用出来てなかったみたいだ」


 レスカの皮肉交じりの応援、それになによりリーズがずっと付いていることが、彼に一世一代の決断を下す勇気を与えた。

 アーシェラは再び戦いの渦中へと歩みを進めることになる。

 それは武器での戦いではなく、政治的な戦いになるだろう。彼の行動次第で大勢の人間の命運が左右され、その上いつ決着するのかも誰にもわからない。

 しかし、これはいずれ誰かがやらねばならない使命。ならば自分がやるしかない――――――アーシェラの考えは固くまとまった。


「ロジオン、改めて僕からもお願いするよ。故郷カナケル地方の再興のため……ひいては世界の平和と、リーズの幸せのために、手を貸してほしい」

「お前ならそう言ってくれると信じていたぜ。長い道のりになるだろうが、アーシェラとリーズがいれば間違いはないだろうさ」

「良かったですぅ! 私もバリバリお手伝いしちゃいますからね!」

「任せてよ二人ともっ! シェラはリーズのお願いをかなえてくれたんだから、今度はリーズがシェラの夢をかなえる番だよねっ!」


 顔より大きなハンバーグを食べさせてもらった対価が滅びた国の再興というのは、天秤が釣り合わないどころか壊れてしまいそうなほどアンバランスではあるが…………ともあれ、これでこれからの開拓村の方針は決まった。

 一世一代の商談が成立したことで、ロジオンとマリヤンは今度こそすべての荷物を下ろし終えたかのようにほっとした表情を見せた。もっとも、これから帰りにさらなる重い責任を背負って帰ることになるのだが、彼らにとっては貴重な魔獣の素材以上の商材になるのだから、却って奮い立つというものだ。


「あーよかったよかった! 下手したら明日帰るまでに決まらないかもしれないと心配してたが、これで心置きなく帰り道を進めそうだ」

「え、ロジオンたち、もう帰るの? あと3日くらいいてもいいんじゃない?」

「そうしたいのは山々だが、マリヤンも次に行くところがあるし、俺もカミさんを実家に置きっぱなしだ」

「サマンサさん、妊娠しているんだったね。それは確かに、早く帰ってあげた方がよさそうだ」


 二人ともゆっくりしていけるのであればそうしたかったところだが、彼らはこれから山向こうに戻ってやらなければならないことがたくさんあるし、ロジオンは身重の妻サマンサの安全のために彼女の実家に預けたままだ。親元に居れば当面は安心とはいえ、長期間夫がそばにいないのは色々と良くない。

 そうでなくても、あまりダラダラ逗留していると旧街道が雪に埋まって帰れなくなる可能性もある。


「この村は本当に居心地がいいですからねぇ~…………あまり長居しすぎると、どなたかのように帰りたくなくなってしまいますから♪」

「そ、そうだね…………えへへっ」


 マリヤンの言葉に、リーズは赤面しながら苦笑いするしかなかった。

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