夢 Ⅱ
アーシェラの夢――――滅びた故郷カナケルの復興を口にしたロジオンは、アーシェラとリーズではなく、同席している村人三人の反応を伺った。
ミルカ、ブロス、レスカの三名は、予想に反して彼の言葉を聞いても一切動揺することなく、落ち着いた雰囲気を保っている。
やや沈黙があって、まず口を開いたのはレスカとブロスだった。
「なるほどな、それで私たちをここに集めたわけか。確かにこんな重大事、村長たちだけで決めるわけにはいかないな」
「ヤッハッハ! もしかして村長は将来国王になるとか? そりゃすごいことだっ!」
とはいえ、二人は「良い」とも「悪い」とも言わなかった。いや、言えないといった方が正しいか。
アーシェラが滅びた国の復興に取り組むということは……将来的に彼はこの開拓村にかかりきりになれなくなるということでもある。それだけでなく、この開拓村も復興の拠点として大勢の移民を受け入れ、様々な施設必要になれば、穏やかな雰囲気は失われ、犯罪などの問題も出てくる可能性が高い。そうなれば、今の村人たちも今の生活を変えざるを得なくなり、せっかく作った住処を追われるか、復興の手伝いに忙殺されるかの選択を迫られるかもしれない。
ただし、もし村人の中に反対の立場のメンバーが一人でもいれば、アーシェラは自分の夢をすっぱり諦めて、一生開拓村の村長として生きていく道を選ぶだろう。すると今度は、せっかく一つの国を復興できそうな人物が活躍する機会を、村人たちの身勝手で埋もれさせることにもなりかねない。
村人たち三人はそのことがわかっているからこそ、どう返事をしていいか決めかねているようだ。
「むぅ……ロジオンはまたシェラにたくさん働いてほしいってこと? それとも、マリヤンや他の仲間たちがそう望んでいるの?」
むしろ、ロジオンの意見に難色を示したのは――――リーズだった。
アーシェラはリーズに対して「リーズは勇者として、人間一生分以上の仕事を成し遂げたのだから、これからは自分の好きに生きる権利がある」と言ってくれるが……リーズにとってはむしろ、勇者パーティーで膨大な雑務をこなして、戦いが終わった後に2軍メンバーたちの面倒を最後まで見切ったアーシェラの方が、自分より大変な仕事をこなしていたと考えている。
そして、アーシェラがすべての栄光を捨ててこの地に移住したのも、成し遂げた仕事の大きさに疲れてしまったからだとも思っている。
「ロジオンがエノーの話を聞いてからの思い付きならまだ許せるけど…………もしロジオンたちが、シェラの夢を自分たちのために利用しようとしているとしたら、リーズは許さないんだからっ」
リーズの声は重く鋭い。
勇者として王国にさんざん利用され、人生を一生縛り付けられる寸前まで追い込まれたリーズは、同じような思いをアーシェラにしてほしくなかった。それに、親友の間柄とはいえエノーという前例もある。今度はロジオンが、商売の為にアーシェラを利用することも十分に考えられた。
「勇者」という名の呪縛からリーズを解き放ち、数えきれないほどの幸せを与えてくれる、最愛の夫アーシェラ…………彼をあらゆる災厄から守るのは、妻たる自分の役目だとリーズは自負している。
「マリヤンも、どうなのっ! 本当のことを言って! リーズは怒らないからっ!」
「ゆ、勇者様っ、誤解ですっ! 私たちは王国みたいにアーシェラさんを使い倒そうなんて、思っていませんからぁぁっ!」
「まあまあリーズ、僕のことを心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと落ち着こうか」
アーシェラを守ろうとするあまり、ロジオンとマリヤンに詰め寄ろうとするリーズを隣に座っていたアーシェラが肩をつかんで宥めた。
「でもシェラ…………」
「大丈夫だよリーズ。さっきロジオンは言っていたじゃないか。僕を連れ出そうってわけじゃなくて、むしろ逆だって。リーズが心配してくれている通り、かつての仲間の中には僕たちを利用したいと思う人もいるだろうし、あの公子様を退けたとはいえ、王国もまだリーズのことを諦めてはいないはず。いずれ連れ戻そうと……今度はもっと悪辣な手段を講じてくるかもしれない。そのための対策を今から講じておきたい…………そういうことでしょ、ロジオン」
「ああ、ずばりその通りだアーシェラ。相変わらず少し話しただけ全部わかるんだな」
マリヤンと同じようにリーズに詰め寄られても、なお動じなかったロジオン。
彼はアーシェラが意図を汲んでくれて、リーズに分かりやすく説明してくれると信じていたのだろう。
しかし、少ししか話をしていないのに結論まですべて理解されるというのも、それはそれで悔しくはあるようだ。
「あらあら、つまり村長とリーズさんに今後のカナケル地方の復興の音頭を取ってもらうことで「リーズさんとアーシェラさんは忙しいから、ほかに構っている余裕はない」と言い張るというわけなのですね」
「なんだか嫌な言い方ですけど……そういうことなんですぅ。せっかく勇者様はアーシェラさんと一緒に自由な生活を謳歌できるのに、私たちのせいでまた勇者様を縛ってしまったら、本当に申し訳ないですし……」
リーズは勇者の名声を捨て、アーシェラは辺境の片隅に隠居したが――――――だからといって、世界の人々にとって二人が無価値になることはない。
王国は何としてでもリーズを連れ戻そうとするだろうし、かつての二軍メンバーたちにとって、アーシェラの実務能力と戦略思考は喉から手が出るほど欲しいものだ。
かつての二軍メンバーたちには二人の居場所はすでに知られており、これからは郵便屋のシェマのように、この村を訪ねてくる仲間も次々に出てくるだろうし、そうなればいずれ王国にも居場所を知られることとなる。
リーズとアーシェラというあまりにも大きな力の塊は、下手をすれば次なる争いの火種になりかねないのだ。
そこでロジオンとマリヤンが考えたのは、リーズとアーシェラが自分たちの生き方を自分たちで決める大義名分を作ろうというものである。
ミルカが言ったように、リーズとアーシェラが「カナケル地方の復興」という壮大な事業を行っているという事実があれば、かつての仲間たちはうかつに二人を利用できないだろうし、勇者を連れ戻そうとする王国に対する強力な対抗材料になるだろう。
もちろん、名目だけ掲げて何もしないというわけにはいかないので、いずれアーシェラとリーズだけではなく、村の住人たちにも変化を強いることになるが、少なくとも二人が世界情勢に振り回されるよりも遥かにましだろう。
「そうだったのね…………ごめんなさいロジオンっ、マリヤンっ! 仲間なのに疑っちゃって……」
「いや、気にすることはないぜリーズ。俺だってそう思われるかもしれないことは覚悟していたし、何より俺たちが儲かるのは事実だからな!」
「ちょっとびっくりしましたけど…………勇者様がアーシェラさんのことを守りたいっていう気持ちが、すごく伝わってきましたし……勇者様のその気持ちがある限り、お二人はずっと一緒にいられますよ」
ロジオンたちの真意を知ったリーズは、アーシェラを守りたい気持ちがあったとはいえ、二人に対し声を荒げてしまったことを詫びて頭を下げた。
パーティーのトップに立つ勇者であったにもかかわらず、こうして素直に頭を下げることができるのも、リーズが慕われる理由の一つなのかもしれない。
対するロジオンも、実のところこの提案をするかどうかを、昨日村に来るまでずっと迷っていたという。
「俺もな……リーズと同じことを自問自答していたんだ。俺たちの考えていることは余計なお世話かもしれない…………リーズもアーシェラも、人の一生分以上の仕事をこなしたというのに、まだ働かせていいのかってな。けどよ、この村に来て、お前たち夫婦が幸せそうに過ごしているのを見て漸く決心できた。お前たち夫婦の幸せを王国の連中や、ほかのやつらに邪魔させたくないからな」
しかし、リーズとアーシェラのあまりにの仲睦まじさを見て、ロジオンの迷いは一瞬で晴れた。
彼らは過去から逃げて暮らしているのではなく、未来を作ろうとしっかりと前を向いて歩いている。
ならば、その歩みをもっと強くしてあげたい――――一世一代の商機を立ち上げようとしているロジオンの鋭い表情は、腹の座った大商人のそれであった。
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