交易
新人二人の受け入れに際して多少のゴタゴタはあったが、そのあとは順調に隊商が持ってきた物資の搬入と、村に保管してあった使わない魔獣の素材の積み込みを行った。
隊商が運んでくる物資は、小麦粉や油といった村であまり取れない大量消耗品や、鋼や魔術合金といった専門の設備が必要な金属、それに衣服など。それに加えて、馬車の積載に余裕があれば、村人たちが気に入りそうな日用品やアクセサリーを持ってくる。
そして帰りに、村の人間が採取した自然素材や、討伐した魔獣の素材を積んで持って行くことになる。
今年の初めまでは村の生活に余裕がなく、隊商に引き取ってもらえるような素材も少なかった。
しかし、長く険しい道のりを越えてまで大赤字の取引をしていたにもかかわらず、
ロジオンは一切文句を言うことなく、アーシェラたちに援助をし続けてきた。
もちろんロジオンは親友アーシェラを助けたいという気持ちもあったが、
いずれ村が大きくなれば、ロジオンの店が優先的に交易を独占できるという商人的な打算もある。
そんなロジオンへの見返りは、本人の予想を上回るすさまじいものだった。
「これはモンスリノケロースの角と骨格じゃないか! それに頑丈な皮膚まであるぞ!」
「な……なんですかこのおっきな魚の骨はあぁぁぁっ!? こんなの見たことありませんよっ!」
「ね、すごいでしょ! 両方ともリーズが頑張って仕留めてくれた強力な魔獣なんだ」
「えっへへ~、魔神王の時に比べたらどうってことないよっ♪」
ブロスの家の倉庫に保管されている魔獣の素材を運び出そうと赴いたロジオンとマリヤンは、
とんでもない貴重な素材の数々を見て、腰を抜かしそうなほど仰天した。
リーズが村に来たばかりのときに仕留めたサイの魔獣と、初めて川に釣りに行ったときに、アーシェラやミルカ達と協力して釣り上げた怪魚の素材は特に貴重なもので、今後3年村に物資を持ってきてもまだお釣りがくるほどの価値がある。
それに加え、今まで村の周囲で討伐された魔獣の素材もかなりの量があり、これらを持って帰って売るだけで一財産築けるだろう。
「なぁ、二人とも……俺がこんなことを言うのもなんだが、本当に物資との交換だけでいいのか? なんなら今手持ちの金を全部渡しても安いくらいだぜ?」
「リーズはシェラがいいって言うならそれでいいよっ。ロジオンとマリヤンにはこれからもお世話になるからねっ!」
「そうそう、この村に置いておいても使い道がないし、だったら山向こうで使ってもらった方がいい。それにロジオンには今まで殆どタダ同然で物資を届けてもらったし、マリヤンにもこの先確実にいいものを渡せるとは限らないからね」
「そうですか…………ではせっかくなので、ありがたくいただきますねっ。うぅ、こんなことなら、もっといいもの持ってくればよかったなぁ……」
「え? もっといいものって?」
「いえっ、なんでもありませんっ」
仲間同士の間柄とはいえ、持ってきた物資よりもはるかに価値が高い素材をもらうことになったロジオンとマリヤン。
普通の商人なら「儲かった! ラッキー!」と飛び跳ねて喜ぶだろうが、根が誠実なこの二人は得したと思うどころか、かえって恐縮してしまったようだ。しかも、あの「勇者様」から貰ったものだと下手に知られたら、嫉妬で袋叩きにされる恐れもある。
そんなことを考えているとはつゆ知らず、素直なリーズは遠くから来てくれた仲間に報いることができたと喜んでいた。
「えっへへ~、この素材ってそんなに高く売れるんだねっ! 冒険者やってた時もここまで狩りに来ればよかったかな? そうしたらリーズたちも大金持ちになれたかも」
「確かにそうかもしれない…………5人で素材を持って帰ることができたらの話だけど」
「リーズが勇者になるまで、俺たち万年金欠だったからなぁ」
「リーズ様たちの貧乏時代…………なんだかあたしには想像もつかないですね」
マリヤンをはじめとする勇者パーティーの仲間たちは、リーズやアーシェラが元々平凡な冒険者だったというイメージがわかないらしい。
ロジオンの言う通り、リーズが中央神殿から呼び出されて聖女ロザリンデから勇者に指名されるまでは、リーズのパーティーはかなり貧乏だった。酒場や冒険者組合の依頼ばかり律義にこなしていたせいで実入りが少なかったのもあるが、リーズの食費やエノーの武器防具代がかなり嵩むうえに、ツィーテンは仕送りをしていたせいで共同資金に金を入れなかった。
そんな中上手くやりくりできたのは、ひとえにアーシェラの実務能力とロジオンが資金管理をしていたおかげだ。
「で、リーズはまだ大金持ちになってみたいと思うか?」
「ぜーんぜんっ♪ だって、お金持ってても好きなことできないなら意味ないもん」
「っていうかリーズは、ついこの前まで本当の大金持ちだったはずなんだけどね」
今のリーズは大金持ちになることには興味はない。
元々リーズは大金持ちになっても、好きなものを好きなだけ食べられる程度にしか思っていなかったし、
たとえ働かなくても生活できるようになろうとも、自分の好奇心を満たすために冒険者を引退することはなかっただろう。
そして今は――――――いくらお金があっても買えない、大切な存在がずっと傍にいる。
「リーズはね……シェラが傍にいてくれればそれでいいの。たとえ貧乏でも、シェラと一緒ならずっと幸せでいられるから♪」
「ふふっ、それは僕も同じだよリーズ。どんなに困っていても……いや、リーズにはもう悲しい思いは絶対にさせない」
「ははは、また始まったな…………ちくしょう、俺もカミさん連れてきたかったぜ」
「あうぅ……あたしもなんだか、恋人がほしくなっちゃいますぅ」
甘い言葉を呟き合うリーズとアーシェラを前に、商人二人は思わず赤面してしまった。
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