名前

 物資の荷下ろしと素材の積み込みがひと段落した後、村の中心にある四阿の周りに村民と隊商メンバーが一堂に集まっていた。

 これから始まるのは、新しい村人となる二人の若者――――フィリルとティムの入村式。

 穏やかで過酷な辺境の村で、みなと助け合いながら生活していく意思を表明し、村の一員として仕事に励むことを誓う…………という名目ではあるが、実際のところは単なるパフォーマンスでしかない。

 リーズのように、いつの間にか村に住み着いてそのまま村人になってしまっても、気にする人間は全くいないのだが、これから先移民がどんどん増えるとそうもいかなくなってくる。そのため、アーシェラの提案で、予行演習のような形で「入村式」を行うことになったのだ。


「みんな、集まってくれてありがとう。村の掟に従い、3家族以上の賛成を得た新しい仲間が二人、今日からこの村に加わることになった」


 人々の中心に立つアーシェラが、よく通る声で入村式の開催を宣言し、副村長のリーズが左隣にぴったりと寄り添っている。

 リーズを差し置いてアーシェラが音頭を取るという光景に、ロジオンとマリヤンは若干の違和感を覚えたが、それと同時に村長としてのアーシェラの成長も実感した。


「それじゃあ二人とも、ここの下に名前と、自分の性別を書いてねっ!」

「これ、冒険者名簿?」

「似たようなものかな? 『連盟状』っていうの」


 次にリーズが、新入り二人の前に名前がいくつも書かれた羊皮紙とペンを、満面の笑みとともに差し出した。

 少しだけ冒険者の経験があったフィリルは、連盟状と呼ばれた名簿が、冒険者パーティーで使われるそれに似ていることに気が付く。


「二人がこの先ずっと村にいるのか、それともいつかは出ていくのかはわからないけれど、ここに名前がある限り、どんなに離れたところにいてもリーズたちは仲間だからねっ!」

「どんなに離れていても」

「仲間……?」


 フィリルとティムはお互いに顔を見合わせた。

 まだあまり仲の良くない二人だったが、リーズの言葉を聞いて急に目の前にある名簿が重く存在感を放ち、軽々しく名前を書ける代物ではないと感じるようになると…………否が応でも、自分たちは仲間として助け合っていかなければならないという思いが強くなる。

 すると、今までフィリルに対してほとんど口を利かなかったティムが――――


「君の方が年上だったはず…………だから、先に名前を書いていい」

「えっ!? あたしの方が年上っていつ話したっけ!? ま、まあでも、そういうことならお先に」


 こんなところで初めて声を掛けられたことにフィリルは若干驚いたが、素直に先に名前を書かせてもらった。

 「フィリル・ケンプフェルト」の文字が、伸び伸びとした文字で連盟状に刻まれる。そして、彼女が書き終わると、直接ティムにペンが手渡され「ティム」まで書かれたところで筆が止まった。


「あの…………これって、苗字も書かないと、だめですか?」

「う~ん、出来れば書いてほしいんだけど、今が嫌なら…………気が向いた時で構わない」

「もしかしてリーズの時みたいに、結婚したい人がいるの? なんて、冗談冗談っ! でも、いつか書ける日が来るといいね♪」


 どうやらティムは苗字に対して何か思うところがあるらしく、連盟状に名前だけしか書きたがらなかった。連盟状は村で唯一の正式な書類なので、本当はフルネームでなければならないのだが、アーシェラとリーズは今回だけ特例で認めることにした。

 特にリーズは、結婚した後に改めてアーシェラの下に「リーズ・グランセリウス」と書くことができたのがとても嬉しく、結婚前に記名しなくてよかったと強く思った経験がある。

 それゆえか、良くも悪くも苗字にこだわるティムの気持ちが痛いほどわかったようだ。

 一応村人たちにもいいかどうか聞いたが、全員「異議なし」と答えた。ティムを引き取ったヴァーラにいたっては「なんならウチの名前を書くかい? もううちの子みたいなもんなんだからさ!」と笑いながら冗談を飛ばしていたくらいだ。


「よっ、書き終わったか二人とも! 俺もこれを見るのは初めてだから、少し見せてくれよ」


 二人がそれぞれ記名を終えると、ロジオンが二人の肩の間越しに名前の書かれた羊皮紙を覗いてきた。

 連盟状の一番上には「アーシェラ・グランセリウス」の名前が、その下に「リーズ・グランセリウス」の名前が書かれている。

 ほとんどの名前は等間隔に間が空くように書かれているのだが、リーズの名前だけはアーシェラの名前とかなり接してしまっている。


「はっはっは、リーズは名簿の上でも甘えん坊なんだな」

「むっ、甘えん坊で悪い?」

「いやいや俺はリーズらしくていいと思うぜ?」

「私も気になります! 見せてくださ~い!」


 マリヤンまで見たがったので、アーシェラは全員がきちんと見ることができるように、みんなの前で連盟状を広げた。

 新しく二人の名前が加わった連盟状は、心なしか以前よりもにぎやかになったような気がした。

 空きスペースも少なくなり、あと3人新しい村人が加わると、2枚目を用意しなければならなくなるだろう。


「おや、エノーさんと聖女様のお名前もあるんですねぇ! これ…………後世に伝わったら、ものすごい価値が出そう! アーシェラさん、絶対大事に保管してくださいよ!!」

「ふふっ、言われなくてもわかってるって。そうだ、二人も「名誉村民」ってことで名前を書いていくかい?」

「確かにそれは魅力的な提案だが…………俺はもう当分あの町のために尽くすって決めてるし、そうでなくても俺は妻と一緒じゃなきゃ名前は書きたくないな!」

「わ、私も……せめて誰かと結婚したらにしたいなぁ…………」


 ロジオンとマリヤンは、アーシェラの提案をやんわりと断った。

 アーシェラも本気で二人に提案したわけではないが、かつての同じパーティーのメンバーだったアーシェラとリーズ、それにエノーとツィーテンの妹もいるのに、ロジオンの名前だけないのも、なんとなもったいない気がするのも確かだった。

 だが、先程リーズが言ったように、かつての5人は離れていても仲間であることには変わりはない。たとえ一人が遠い空に旅立っても…………パーティー結成した日に書いた名前は、今も彼らを繋いでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます