新入Ⅱ

 慌てて自分の馬車走っていったマリヤンは、申し訳なさそうな顔で一人の男の子の手を引いて戻ってきた。どうやら、マリヤンの馬車に乗せてきたはいいが、彼女がリーズとの再会に夢中で存在を忘れていたらしい。


「たはは、紹介するのを忘れててほんとにごめんねっ」

「……いや、別に」


「ええっと、その子がもう一人の新しい人?」

「若いね。ミーナとほぼ同い年くらいかな」


 マリヤンが連れてきた男の子を見たリーズとアーシェラは、フィリルの時とはまた違った驚きを見せた。

 乱雑に切られぼさぼさになった淡い緑の髪の毛に、ジトっとした目、その表情は長旅のせいとは思えない――――まるで何かを諦めたかのような、くたびれた顔をしていた。

 服は比較的いいものを着ているが、おそらくマリヤンかロジオンのどちらかが与えたものなのだろう。

 性格もフィリルとは真逆で、落ち着いているを通り越して、自分の殻に閉じこもっているかのように暗い。


(いったいこの子に何があったんだろう……? まるで、いつかのシェラを見ているみたい)

(僕と同じ戦災孤児かな……いや、そんなのじゃないな。僕は「失った」だけだけど、この子の目は「奪われた」人の目だ)


 男の子を見たリーズとアーシェラは、同じようなことを心の中でつぶやいた。

 リーズが冒険者になろうとした頃――――ただ一人の肉親を失った上に、所属していたパーティーの殆どが任務で還らず、失意に打ちひしがれていた、かつてのアーシェラを彷彿とさせる。だが同時に、アーシェラは男の子が抱えている境遇は、自分が経験したそれとは似ているようで違うものだとも感じた。

 母親はとても優しかったし、初めに所属していたパーティーギルドは、上下関係こそ厳しかったがアーシェラを不当に差別することもなく、冒険者としての基礎をみっちり仕込んでくれた。その点でいえば、アーシェラ自身は恵まれていた方だと感じている。

 一方でこの男の子は、視線と表情から他人への警戒心がむき出しに見えた。もしかしたら、今まで何かひどい目にあってきたのかもしれない。


 すると、和気藹々とした空気が冷めていくのを感じたのか、ほとんどしゃべらなかった男の子は静かに口を開いた。


「俺……ティムっていいます。どうか、俺をこの村に……置いてほしいんです。俺にできることなら、なんだってしますから……」

「なあアーシェラ、俺からも頼む。実は俺も詳しい事情はよく知らないんだが、商売関係の知り合いからこの子を静かな場所に住まわせてやってほしいって言われてな」

「…………何やら深い事情がありそうだね。まあ、この村の住人のほとんどは元々そんなものだったし、そういった事情には慣れてるから。僕たちが責任を持って受け入れるよロジオン」

「ありがとう、俺からも礼を言おう。まあ、心配する気持ちもあるだろうが、ティムはこう見えても家事全般こなせるし、武器の扱いも心得ているし、術も使えるそうだ。本人もこう言っているし、何か手が足りない仕事を手伝わせてやってくれ」


 あまり真面目そうに見えなかったティムだったが、意外なことにやる気はそれなりにあるようだ。

 新たな村人になる二人とも、やや心配な面が見受けられるのは確かだが、そもそもこの村の住民は(もちろんリーズも含めて)誰もが多かれ少なかれ何かしらの事情を抱えていた者ばかりだ。いまさらそのことを気にする人はほとんどいないだろう。


「ティム君っていうんだねっ! 何か辛いことがあったみたいだけど、リーズたちの村はみんないい人ばかりだから、困ったことがあったら何時でも言ってねっ! リーズたちが力になってあげるから♪」


 暗い表情のティムを元気づけようとしたのか、リーズは笑顔でティムに向かって手を差し出した。

 ティムは一瞬どうしたらいいのかわからず戸惑ったが、握手がしたいのだとわかると、おずおずとではあるがゆっくりと手を握り返した。

 リーズの手は身長の割にやや大きめで、毎日のように武器を扱っているせいか武芸だこや傷が所々に出ていたが、握り返すととても力強く、心なしか元気をもらえる気がする。まるで、父親のような手だった。


「じゃあ僕からも、よろしくお願いするよ。無理に馴染めとは言わない。しばらくは自分の納得する生き方を探すといい」


 リーズに続いてアーシェラも、ティムに手を差し伸べた。

 アーシェラの手は色白で柔らかく、包まれると暖かくて気持ちが落ち着く。まるで、母親のような手だった。


 二人からの握手によって、ティムのとげとげしい警戒心がちょっとだけ薄れたような気がした――――が、今度は傍で見ていたフィリルが急にふくれっ面になった。


「あ~っ! ずるいっ! あたしより先にリーズ様と握手してる~っ! あたしもしたいっ!」

「ご、ごめんねフィリル! リーズは忘れてたわけじゃないからっ!」

「くすっ、別に今すぐやらなくても、これから一緒の村に住むんだから、握手くらいいつでもできるんだけどね。ま、気分の問題か。今日から二人は村の一員だから、仲良くするようにね」


 ティムが先に握手をしたのを見て駄々をこねるフィリルは、姿こそツィーテンに似ているが、こちらはどことなくリーズと似ている面もあるようだ。ただ、そんなフィリルがティムと仲良くなるかというと…………


「……アーシェラ村長がそう仰るのであれば」

「あたしは仲良くしたいんだけどさ~、ここに来る途中で何回も話しかけたのに全部無視したのっ! ひどいと思いませんかセンパイっ!」

「そんなこと、私に言われても……。しかも、もう私のことを先輩だなんて」

「ヤッハッハ! 一緒に生活していれば、そのうち何とかなるって! フリッツ君だってそうだったんだからさ!」


 いろいろと前途多難の様だった。


「ヤァそういえば村長、こっちの子も私たちで面倒を見る必要はあるかい?」

「ん~、ブロスが希望するならそれでもいいけど、出来れば別の家がいいな」


「あら村長、だったらその子うちで面倒を見てもいいかしらっ! うちにはもう子供が二人いるけど、それなりに力のある男の子も欲しかったのよね~っ!」


 続いてティムをどの家で受け入れようかという話をし始めたところ、近くで積み下ろし作業をしながら話を聞いていた、パン屋ディーターの奥さんであるヴァーラが名乗りを上げた。

 ヴァーラは夫のディーターよりも力があると噂される恰幅のいい女性で、栗色の髪を後ろでお団子にし、丈夫なエプロンを身にまとった様は、まさに肝っ玉母ちゃんそのものだった。

 そんなヴァーラなら、もしかしたら沈みがちなティムを立ち直らせることもできるかもしれない。そう思ったアーシェラは、ティムをディーターの家に預けることにした。


「分かりましたヴァーラさん、ディーターさんと一緒に面倒見てあげてください。ティム君もそれで構わないかい?」

「え、あ……あぁはい」

「ふっふっふ、任せときな! あたしはパン屋のヴァーラさ、よろしく頼むよ坊や! さ、そうと決まったら今日からあんたはパン屋さん見習いだよっ! 少し休んだら小麦粉運ぶの手伝っとくれ!」

「いえ、俺は疲れていませんから……何でもお手伝いしますよ」


 こうして、ティムの居場所は思いのほかあっさり決まり、すぐに仕事の手伝いに向かって行ってしまった。すると、残ったフィリルもすぐに対抗心をむき出しにし始める。


「えっ!? もう仕事に行っちゃうの!? せ、センパイっ! 私も早く仕事がしたいですっ!」

「はいはい、言われなくてもあなたにしてもらうことは山のようにあるわ。覚悟しなさい」 


 あっという間にそれぞれの下宿先に行ってしまった新人二人。

 彼らを連れてきたロジオンとマリヤンは、流石にやや気まずそうな表情をしていた。

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