敬意

 しばらくロジオンの手紙に目を通していたリーズとアーシェラだったが、ふとリーズがこちらを見ているシェマの視線に気が付いた。


「……? どうしたの、シェマ? なんかニヤニヤしてるんだけど、リーズの顔に何か付いてる?」

「ニヤニヤ!? あ、いやいや、これは失敬! あの勇者様とアーシェラさんがとても仲よさそうにしてたんで、つい」


 仲睦まじい夫婦の姿をじっと見ていたはいいが、どうやら表情まで緩んでいたようで、リーズに指摘されたシェマは、失礼なことをしてしまったと顔を真っ赤にして慌てた。

 リーズは別に見られたことは気にならなかったが、それ以外のところで気になることがあった。


「ねぇ、シェマ。あなたはまだリーズに対して『勇者様』って敬語を使ってくるけど……シェラにはため口だよね」

「は? え、ええまあ……やっぱり俺たち二軍メンバーにとっては、勇者様は主君みたいな存在ですし~……」


 そう、リーズが気になったのは、シェマが彼女に対してだけ敬語を使うことだった。

 かつての勇者パーティーでは、建前上は全員が「平等な仲間」だとされていたが、実際は一軍と二軍、さらにそれぞれでも多少の上下関係が形作られていた。

 その中でもアーシェラは初期パーティーからの仲だったので、人目につかないところではリーズと親しげに話すことができたものの、シェマのようなリーズとの面識も薄く、実力も下位に近いメンバーになると、勇者リーズの存在はほぼ雲の上の人間に等しい。

 今でこそ、リーズはかなり親しく話してくれるが、一度刷り込まれた上下関係というのは、そう簡単に変えられないものだ。


 そんなシェマの態度に、リーズはもとより、アーシェラも、いまだに仲間たちの間に「壁」があることを感じた。


「シェマ……僕が言うのもなんだけど、これからはリーズも僕も、できる限り対等な仲間でありたいんだ」

「だからねっ、『勇者様』じゃなくて、リーズの名前そのまま呼んでほしいなっ! もうリーズは…………『勇者様』を演じるのを辞めたい……ううん、辞めたのっ! もしかしたら、今のリーズは嫌だっていう人もいるかもしれないけど、それでもかまわないから」

「う、うーむ……」


 リーズとアーシェラに「対等の仲間でありたい」と言われ、シェマは思わず考え込んでしまった。

 別に彼は上下関係を気にする人間ではないのだが、尊敬する勇者様をいきなり呼び捨てにしてもいいと言われると、自分のアイデンティティーが崩れそうな気がしてしまう。


(でも、かつての勇者様より、今の方が親しみやすいことは確かだしー……)


 品行方正で見た目完璧超人だったリーズも大いに尊敬できたが、今のリーズは自然体の親しみやすさがある。リーズが拒まないのであれば、シェマの方から距離を置く必要はない。


「…………わかったっ! これからは一人の友人として、よろしくお願いするよーリーズ様」

「むぅ、まだ『様』は取れないのね……」

「いやー、いきなりはまだ慣れないので……いや、慣れないからー」

「あはは! 僕からもこれからいろいろお願いするよ! もちろん、友人としてね」


 こうしてリーズとアーシェラは、改めてシェマと握手を交わし、対等な仲間だということを再確認した。

 リーズと握手したとき、シェマは思わずドキドキしてしまったが……かつての上下関係が徐々に薄まっていけば、いずれは心から対等な仲間として話すことができるようになるだろう。


「さてシェマ、喉の渇きは潤ったようだけど、遠路の疲れはまだ残っているでしょ。夕飯は僕が用意してあげるから、今日はこの村に泊まっていきなよ!」

「え、いいのー? よし、久々にアーシェラさんの料理が食えるぞーっ!」


 アーシェラが夕食を用意してくれると聞いて大いに喜ぶシェマ。

 かつてのメンバーのほとんどがリーズを尊敬していたのと同じように、アーシェラが作る料理もまた彼らの心と胃袋をしっかりとつかんでいたのだった。


 お茶を飲み終わった後も、三人で仲間たちからの手紙をひとつづつ開けていく。

 誰もかれもが、二人の結婚を祝福する言葉とともに、またいつか会って話したいと手紙に書いており、二軍メンバーたちはまだ横のつながりとリーズと戦えたことへの感謝を持っていることが読み取れた。中には、仕事が一段落したら旧街道を越えて開拓村に顔を出したいというメンバーもいるようだ。


「仲間のみんなも元気で頑張ってるようだね……。怠けてる僕とは大違いだ」

「またまたぁ! アーシェラさんが怠けてるだなんて、だれも思ってないから! むしろ、仲間たちの今の生活があるのは、アーシェラさんのおかげだって感謝してもしきれないくらいだしー!」

「えっへへ~、なんたってシェラはリーズの自慢の旦那さんなんだからっ♪」


 王宮で未だに足の引っ張り合いをしている一軍メンバーの大半とは違い、各々が自分の生活や家庭を持ち、魔神王の暴虐で荒れてしまった各国の復興に尽力している。そのことがリーズにとっては何よりもうれしかった。

 そして、彼らが今活躍できているのは――――お世辞抜きでアーシェラの力によるところが大きい。

 魔神王を討伐した後、なんの栄誉も褒美も得られず使い捨てにされた二軍メンバーたちが暴動を起こす前に彼らを取りまとめ、新しい居場所を提供したのは特筆すべき功績であることは間違いない。

 それゆえ…………かつてのメンバーたちは、アーシェラがリーズと結ばれたことに誰一人として異存はなく、こうして結婚を祝福する手紙を送ってくれていた。リーズもアーシェラも、手紙を一枚ずつ読むたびに、彼らと一緒に戦えてよかったと心の底から思ったのだった。


(みんな、考えていることは同じのようだ。一時期は……リーズ様を嫌いになった人もいたけど、それもアーシェラさんが「アレ」してくれたおかげで、二度と嫌う人はいない。……リーズさんとアーシェラさんの幸せはもう誰にも邪魔はさせない。この俺が、命を懸けてでもっ!)


 手紙を読みながら微笑みあう新婚夫婦を見て、シェマは改めてこの二人をもう離れ離れにはさせまいと心に誓った。それはまるで…………騎士が王に忠誠を誓うような、固い決意だった。


 だが、シェマの思いが後に大きな波紋を呼び、大陸を揺るがす一大事に発展することに――――――気が付く者はまだ誰もいなかった。

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