手紙

「遠い所を飛んできて、シェマも竜も疲れたでしょう。飛竜には桶に水を入れて差し入れたから、君もお茶を飲んで喉の渇きを潤すといい」

「いやー、ありがとう。俺も水を一杯もらおうかなって思ってたんだ。それに、空を飛んでいると風が冷たくて冷たくて」


 アーシェラが台所から3人分のティーカップとやや大ぶりのティーポットを運んでくると、まずシェマにカップを差し出してお茶を注いだ。

 用意したのは、温くなく熱すぎない温度でもおいしく飲めるドライフルーツのお茶で、長い距離を飛んできてのどが渇いたであろうシェマも、さめるのを待つことなく飲むことができた。

 乾燥したフルーツそのものが持っていた甘酸っぱい味が、冷えた体に優しくしみこみ、芯から暖かくなっていくのがわかる。一口飲んだシェマは、のどの渇きが潤っていくのも相まって、ふしゅーっとため息をついた。


「あー、あったまるぅ……」

「えっへへ~、シェマお疲れ様っ! よかったら、シェラの作ってくれたクッキーもあるから食べてね」

「いいんですか! それじゃ、ありがたく!」


 3人は少しの間歓談した後、シェマが持ってきてくれた手紙の山を取り出そうとする。

 アーシェラが持ってみると、袋は想像以上に重く、大変な量が入っていることが容易に想像できた。


「これ……何通入っているんだろう? 手紙だけでこの重さって…………」

「あはは、それだけみんなアーシェラさんや勇者様が無事だと知って嬉しいんだよっ! ああそうそう、ちょっとみんなには申し訳ないけど、こっちの手紙を先に読んでくれないかな」


 そういってシェマは、袋の中からではなく、別に持っていた肩掛けかばんを開いて、中をまさぐり始めた。カバンの中にも別の宛先の手紙がいくつか入っているようだが、その中から巻紙形に封がされた羊皮紙の手紙を取り出した。

 ほかの仲間を差し置くほどの重要な手紙とはいったい何だろうかと想いながら、アーシェラはシェマからそれを受け取ると、隣の椅子に座っているリーズにも見えるように、封を解いて広げた。


「あ……これっ、ロジオンからだっ!」

「そうか、そういえばもうそんな時期か」


 手紙の送り主は、なんとロジオンからだった。

 そして、手紙にはこう書かれていた。


『リーズとアーシェラへ

 こうして手紙を書くのも久しぶりだが、二人のことだからきっと恙なく過ごしているだろう。


 まずは、結婚おめでとう。


 詳しいことはエノーとロザリンデさん、それに師匠から聞いている。

 大変なこともあったようだが、二人が結ばれたことを俺もうれしく思う。本当におめでとう。


 俺は今この手紙を、旧街道の入り口付近で書いている。

 つまり、これから隊商を率いて越冬のための物資を届けに行くことになる。

 この手紙がリーズたちの手に渡るころには、俺たちの隊商もそれなりに進んでいるはずだ(何事もなければ、の話だが……)

 知らせるのがギリギリになって済まないが、今回はメンバーの一人で妻の友人だったマリヤンも来る。それと、以前話していた開拓村の手伝いができそうな人員を2人ほど見繕ったから、余裕があれば今後村人として迎え入れてくれ。


 手紙に書きたいことはいろいろあるが、書ききるには手紙の大きさが足りないし、なによりこれから直接会いにいくのだから、その時にゆっくりと話をさせてくれ。

 会うのを楽しみにしている。  親友:ロジオンより


 追伸:久しぶりにアーシェラのハンバーグが食いたいな』


 内容は簡素だが、真っ先に二人の結婚を祝う言葉が書かれているのがロジオンらしい。

 彼は1年に3回ほど開拓村に物資を届けてくれるのだが、その際いつもは「精霊の手紙」で事前に来ることを知らせてくれている。しかし今回は、たまたま道中でシェマに出会ったからか、そのまま手紙を書いてもったのだという。


「結婚おめでとう……だって♪ えっへへ~、何度言われてもうれしいなっ」

「ロジオンには、なんだかんだ言って僕もリーズも助けてもらったからね。ほんと、持つべきものは親友だ」

「それにマリヤンも来てくれるんだ! よーし、リーズも張り切っておもてなししなきゃねっ」

「そうだね。おいしいハンバーグを用意しておかなくちゃ」


 アーシェラが広げた手紙を、リーズは首を夫の肩に預けながら感慨深そうに読んだ。

 「結婚おめでとう」という文字が、わざわざ上下にスペースを開けて目立つように書かれているところにも、ロジオンの心から祝福する気持ちが強く現れている。また、筆致もどこか楽し気で、舞い上がる気持ちを抑えつつ書いているようにすら感じられた。

 そしてしれっと追伸に、料理のリクエストをしてきているのもほほえましい。


 仲睦まじげに手紙を読むリーズとアーシェラ。

 完全に二人の世界に入り始めた二人を前に、シェマはほっこりした気分でお茶を啜った。


(勇者様……本当に幸せそうだなー。よっぽどアーシェラさんのことが好きなんだろうなぁ)


 魔神王討伐の行軍中、シェマはリーズがひそかにアーシェラに甘えていたことを知っていたし、半年前にリーズが各地を訪問して回っていた際も、アーシェラの居場所を知らないかと必死に迫ってきた。シェマはそんなリーズの姿を見ていて、勇者様は本当の想い人とは結ばれないのだろうかと、心の中で悲嘆していた。

だが、二人はこうして何物にも縛られず、幸せそうな生活を送っている。それがシェマには、まるで自分のことのようにうれしく、思わず目頭が熱くなってしまいそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る