夫婦
村の入り口からリーズとアーシェラの住む家までは、歩いて1分とかからない。
やや高台にあるので、ちょっとした坂を上る必要はあるが、ゆっくり歩いてもあっという間の距離だ。
そんな短い帰り道を、この日リーズはアーシェラと手を繋ぎながら歩く。
「シェラの手、あったかぁい!」
「ふふっ、さっきまで料理してたからかな。リーズの手は少し冷たいね」
「そうなの。だからシェラの手で温めて♪」
秋夕暮れの冷たい風は、リーズの白い手を冷やし、やや赤く染めていた。
そんなリーズの手を、アーシェラの暖かくて大きな手が優しく包み、リーズの手も離さないようにしっかりと握り返した。
夫婦になった二人は手を繋ぐことはもちろん、腕を組んで歩くことさえ当然のことになりつつあるが、まだ恋人同士という意識も残っているからか、二人とも手を繋ぐだけでもまだドキドキを感じている。
「これからはもっと寒くなるだろうから、そろそろリーズの為に作業用とは別に、毛糸の手袋を作ってあげよっか。イングリッド姉妹の羊たちの毛で作る手袋は、とってもあったかいよ」
「手袋編んでくれるの!? 嬉しいっ! でも、こうして手を繋ぐときは、シェラの手であったまりたいな♪」
アーシェラが手袋を作ってくれると約束したところで、二人は家に着いた。
扉を開ければ、アーシェラが作って保温してある鍋から、ウサギ肉のビーフシチューのいい香りが漂ってくる。
「じゃ、せっかくだから……ただいまっ、シェラ」
「おかりなさい、リーズ。んっ……」
そして、二人はアイリーンがいたせいでできなかった、ただいまとおかえりのキスを交わす。
今日何度目かもわからないほど口づけを交わしてきた二人だが、もちろん嫌になることはない。むしろ、自分たちは結ばれたのだという気持ちが、より強くなるばかりである。
「えへへ……やっぱりシェラのキス、甘い♪」
「不思議だね。僕はリーズの唇のほうが……甘く感じるんだから。それじゃあ、夕飯にしようか。食べ終わったらキスの味も変わるかもね」
「うん! リーズもお腹が空いてきたっ! 食器用意するねっ!」
甘いキスを交わした後に用意された夕食は、先ほどからいいにおいを漂わせていたメインのウサギのビーフシチューに、ウサギのもも肉のロースト、それに脂が少ない部分を使ったウサギと卵のシーザーサラダなど、まさにウサギ尽くしの内容だった。
これに、いつものように黒パンと作り置きのおかず、そしてデザートのウサギ形に切られたリンゴを加えれば、食卓がとても賑やかになる。
「えっへへ~、朝から楽しみだったのっ! いっただきま~すっ!」
「どうぞ、召し上がれ。今日は少し変わった味付けにしてみたけど、気に入ってくれるかな?」
朝食前にブロス夫妻からもらったウサギ肉が、トロっとした焦げ茶色のシチューの中でいい具合にほぐれていた。
リーズはやや大きめのスプーンで掬い、満を持して口の中に入れると――――なんと、ピリッと辛い。想像していなかった味わいに、リーズは少し驚く。
「えっ、なにこれ!? こんなのはじめてっ! でも、すっごくおいしいっ!!」
「ふふっ、僕にとってはちょっとした冒険だったけど、リーズに気に入ってもらえてよかった」
「んふっ♪ んん~、シェラってやっぱすごいっ! 体がどんどんあったかくなってく~!」
どうやらビーフシチューの中に、トウガラシの中でも特に辛みが強いものをほんの少し入れてあるらしい。火を噴くほどの強さはないものの、じわりじわりと辛さが口の中に広がっていく。
実はリーズは、味がかなり薄い食べ物、劇的に辛い食べ物、苦みが強い食べ物などが苦手なのだが、アーシェラの料理はリーズが刺激的に食べられるちょうどいいポイントを見事に射抜いたようだ。
リーズはたちまちアーシェラ特製シチューの虜になり、ほかのおかずも食べつつ、あっという間に1杯目を平らげた。
「シェラ、おかわりっ!」
「よしきたっ、お皿ちょうだい」
相変わらずおいしそうに自分の料理を食べてくれるリーズに、アーシェラも俄然うれしくなる。
もしかしたらリーズは、アーシェラの作るものなら、ちょっと失敗したものでもおいしく食べてくれるかもしれないが…………やはり、愛する人には真心がこもった完ぺきなものを作ってあげたいもの。
この日は今までにない味付けにしてみたので、うまくいった喜びも一入だ。そんなアーシェラは、嬉しさがいつもより多く顔に出てしまっていたからか、リーズをつられて笑顔を増した。
「シェラ、なんだかいつもより嬉しそうだねっ」
「嬉しそう? ふふっ、そうだね…………僕たちはこうして夫婦になったけど、改めてリーズがいてくれて本当によかったって思ってね」
「シェラ…………っ! そう、だよ。リーズとシェラは、結婚……したんだもんねっ!」
「昔は……僕がリーズの隣に立つなんておこがましいなんて思ってた。でも今では、こうして結ばれて夫婦になって……もっと、大好きなリーズを幸せにしてあげられる。それが嬉しくて…………? ん、どうしたのリーズ?」
アーシェラの言う通り、二人の関係は昔と変わっていないことも多い。
だが、夫婦になったことで、リーズとアーシェラは対等な関係であり、お互いに愛し合っているのを認め合った。ちょっとの認識の違いのように思えるかもしれないが、彼らにとっては非常に大きな進歩だった。
リーズはアーシェラから「夫婦」だと言ってもらえるのがとても嬉しかった。そのうえ、もっと幸せにしてあげるなんて言われたら…………
いつもはお互いの顔が見えるように、テーブルをはさんで対面で食事をとっているのだが、
アーシェラの言葉にいてもたってもいられなくなったリーズは、自分のお皿とスプーンをもって自分の席を離れた。そして、アーシェラの隣の椅子に腰かけると、椅子を少し寄せて、甘えるようにアーシェラの肩に頭を預けた。
「ねぇ、シェラ…………リーズは、こんなに幸せになって……いいのかな?リーズだけ、シェラとたくさんの幸せを独り占めにして、毎日甘えて…………」
「もう、リーズってば……君は魔神王を倒して、世界を破滅から救った勇者なんだから、本当ならもっともっとわがままを言っても許されるはずなんだ。この上まだリーズに、苦労して命を懸けろなんて言う奴がいたら、僕がリーズの代わりにそいつを叱りつけてやるから」
「えっへへぇ~♪ じゃあ今夜もたっぷり遠慮なく甘えていいよねっ!」
「…………もちろん」
返事に少し間があった気もするが、アーシェラの言葉に嘘偽りはない。
リーズと結婚する直前、アーシェラはリーズを連れ戻そうとする王国の魔の手から、自身の力で撃退して見せた。それが今でも彼の自信となって、何が何でもリーズを守ってあげようという思いになっているのだ。
「でもね、リーズも……シェラのことをずっと守りたいの。ずっとずっと、離さないんだからっ!」
こうして二人は…………この日も一緒のベッドで寝るまで、仲睦まじく過ごすことになる。
一緒に夕食を食べて、一緒にお風呂に入って、ベットの中でも一緒になって…………秋の寒い夜でも、さらに寒くなる冬の夜でも、この家の中はずっと暖かく暮らせるに違いない。
開拓村は、この日も平和だった。
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