夕焼

 リーズとミーナが羊たちを引き連れて帰るころには、丘の上にある開拓村は夕陽に照らされてほんのりと赤く染まっていた。この風景を見るたびに、リーズの心の中に「帰ってきた」という気持ちが沸き上がり、家に帰ってからのあれやこれに心を馳せる。


「リーズお姉ちゃん、今日の晩御飯は何になりそう? ミーナは今日、お姉ちゃんにグラタン作ってもらうの~!」

「グラタンかぁ、それもおいしそうだね。今度シェラに作ってもらおうかな。あ、そうそう、リーズの方はシェラがウサギでシチューを作ってくれるって! 朝からすっごく楽しみだったんだ!」

「まあまあ、いいですわね村長のシチュー。私もあの味を再現できないか試しているのですが、まだ全然ですの」


 そして、リーズとイングリッド姉妹が話すのは今晩の夕食のこと。

 小さくて裕福とは言えない村だが、アーシェラやブロス一家などが頑張っているおかげか、この村は今まで一度も飢餓の危機に直面したことがなかった。

 それにリーズが来てからは、彼女が積極的に魔獣を狩ってくるので、肉類にいたってはかなり有り余っている。なんだかんだ言って、食べるものに困らなければ、人間穏やかに生きていけるものだ。


 彼女たちが村の入り口に戻ると、村の見張り役のレスカが出迎えてくれた。

 アーシェラ以上の長身と、腰よりも長い黒髪、きりっとしまった顔立ちをしたレスカは、ちょうど夜の見張り役と交代するところだった。


「よっ、リーズ。それにミーナとミルカも。羊たちのお世話、ご苦労さん」

「あ~らリーズちゃ~ん、ミーナちゃ~ん、おかえりなさ~い」

「こんばんは、アイリーン!」


 アイリーンと呼ばれた女性は、村でただ一人の夜の見張り役だ。

 リーズも最近になってその存在を知ったアイリーンは、厚ぼったい黒いコートを着て、雑に三つ編みにした銀髪はかなりぼさぼさというややだらしない格好で、おまけに若干眠そうだ。

 何しろ彼女は完全な昼夜逆転人間で、夕方になってようやく起きて、朝になると寝てしまう。普通なら完全な社会不適合者なのだろうが、この村にとってはみんなが寝静まっている間に、起きて危険を知らせてくれる彼女はとても重宝されている。


「リーズはこれからシェラとご飯食べたら、シェラとお風呂に入って寝るけど、何か危ないことがあったら呼んでねっ!」

「わかった~、真っ最中でも呼ぶから~」

「ちょっ!?」


 真っ最中と言われて、リーズは思わず顔を真っ赤にした。だが、ミーナはまだ何のことかわかっていないようで、ちょっと首を傾げた。


「まっさいちゅうって?」

「ふふふ、それはね、ミーナ…………」

「こらこらミルカ。お前の妹にはまだそんな話は早いだろ」

「あら~、レスカさんのところの弟さんも、同じくらいじゃなかったかしら~」

「フリ坊は関係ないだろ!! 私とフリ坊はまだ――――」


 ミルカを止めるつもりが、逆にアイリーンにいじられ始めるレスカ。

 見た目は厳格な彼女だが……実は結構いじられやすい性格だったりする。

 そして彼女が今まさに墓穴を掘る寸前、彼女の弟フリッツがレスカを迎えに来た。


「レスカ姉さん? 僕がどうかしたの?」

「うっ、フリ坊!? いや、なんでもない、なんでもないからなっ!」

「あはは! 全然何でもないように聞こえないねっ! こんばんはフリッツ君」


 いつしか村の入り口には、帰る人と迎えに来る人が集まっていた。

 そろそろ日が暮れて夜になってしまうと、あとは各々の家でのんびり過ごすことになるので、まだ少し明るいうちに話したいことは話し切ってしまおうと思てしまうのだろう。いつしか話が弾んで、村の中に入れない羊たちが右往左往し始める。

 するとそこに――――――


「やあみんな、こんなところに集まって、何かあったの?」

「あ、シェラっ!」


 リーズがなかなか帰ってこないので、アーシェラが門まで迎えに来てしまったようだ。

 そして、アーシェラが来たことで、門の周辺に集まっていた村人たちも、ようやく自分たちが帰るのが遅れていることに気が付いた。


「おっと、もうかなり暗くなってるじゃないか!」

「姉さんを迎えに来たのに、つい夢中になっちゃった!」

「お話に夢中で羊さんたちが困ってますっ!? 早く帰らなきゃ!」

「あらあら私としたことが、そろそろご飯の支度をしないと」

「私はもう少し話し相手がいてくれると嬉しいんだけどな~」


 これから仕事が始まるアイリーンはさておき、ほかの村人たちも、家の中が真っ暗になって明かりすらつけられなくなる前に帰るべく、三々五々に散っていった。

 家に帰れば、彼らも空腹なことを思い出して、一日の仕事の終わりのご飯に舌鼓を打つのだろう。


「ごめんシェラ……まっすぐに帰らなくて」

「ふふっ、大丈夫だよリーズ。まだ真っ暗になってないし、僕も夕飯の準備が早く済んで、リーズを迎えに行こうかと思っただけだから」

「えっへへ~、そうだったんだ♪ じゃあ、ただいまシェラっ」

「あ、ちょっと待った」


 フリッツがレスカを迎えに来たように、アーシェラがリーズを迎えに来てくれたのが、彼女はとても嬉しかったようで…………アーシェラに近づいてつま先立ちになり、キスしようとする。

 その様子を、近くでアイリーンがニヤニヤしながら見つめていた。


「ちょっと~、何で止めるの~? いいところだったのに~」

「あ、あはははは……帰ろっ、シェラっ! お腹空いたっ!」

「おっととと、じゃあアイリーンあとはよろしくね!」

「ちぇ~っ、まあいいや。今夜もいっぱいラブラブに過ごしてね~」


 あわやアイリーンの前でキスしそうになったリーズは、先ほど以上に顔を真っ赤にして、アーシェラの手を引っ張って帰る。

 あともう少しで素晴らしいものが見れそうだったアイリーンはやや不満そうだったが、すぐに表情を切り替えて、仲良く帰っていく二人に手を振った。


「さ~て、私もお仕事お仕事~っと。でも、今晩だけは、ちょろっとだけ……見てみようかな? ふふふ、役得役得ぅ♪」


 のんびりしているように見える割には軽い動きで、村の中心にある見張り台に登っていくアイリーン。

 そんな彼女の特技は「暗闇に溶け込む」ことと「暗視」そして「透視」だったりする。

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