生活

 アーシェラとリーズが住む開拓村は、名前すらついていない、とてもとても小さなコミュニティーだ。

 人口も、全員で7家族23名しかおらず、そのうちの2人は「村民」と扱ってはいるが、現在諸国を巡る旅の最中で、当分この村には戻ってこない。

 けれども、この村では人が少ないからと言って寂しいと感じることはあまりない。むしろ、村のほぼ全員が顔なじみなので、村全体が一つの家族のようにすら感じるだろう。

 子供たちは村の大人たちが協力して面倒を見ているし、暇な人はほかの人の仕事を手伝ってあげたりするなど、小さい村ならではの秩序と自由を謳歌することができるのだ。


「豪華な宮殿もいいけれど~♪」

「小さくても~やっぱり私の家が好き~♪」

「そこでは~天からの魅惑漂う~♪」

「世界中探せど他に変わる所なし~♪」


 昼食を食べ終えたリーズは、午後からイングリッド姉妹の羊の放牧を手伝っていた。

 餌になる草が多く生えているところまで羊たちを先導するリーズと姉妹の妹ミーナは、仲良く歌を歌いながら意気揚々と歩く。ほとんど仲のいい姉妹のように見える二人を、羊の群れの最後尾の後ろを歩く姉のミルカが、ほほえましく見守っていた。


「うふふ、リーズさんがいると「付き添い」も楽でいいですわ。あとは二人に任せて、私は明日の「仕事」に備えて英気を養わせていただきましょうか」


 そして、すでに仕事をさぼる算段をはじめた…………

 彼女にとって羊飼いの仕事は単なる「付き添い」であり、周囲にも「趣味」と公言して憚らない。ミルカが自負する「仕事」は別にあるのだ。

 

 リーズとイングリッド姉妹がやってきたのは、村から少し離れた平原だった。

 連れてこられた羊たちは、青々と広がる草の絨毯をみて俄かに色めき立つ。そして、ミーナの食事の合図を聞いて間もなく、トコトコと思い思いの場所に散らばって、のんびりと草を貪り始めた。

 冬が迫るこの季節に、羊がおいしく食べられる草が生える場所は限られるが、羊たちの健康を考えると、やはり自然に生えている草を食べさせるのが一番だ。

 

「いっぱいお食べ、羊さんたち。いっぱい食べて大きくなってねっ」

「リーズおねえちゃんがいてくれると、羊さんたちも安心してお食事ができるね~」

「あらあらミーナ、私では安心出来ないというのですか?」

「そ、そういうことじゃないよ~お姉ちゃぁ~ん!」

「ミルカさんもそう思われたくなかったら、あまりサボらないでね?」


 草場にいる間、リーズたちは気ままに動き回る羊たちが迷子にならないように見守るのが仕事となる。

 とはいえ、外敵が来ない限り羊飼いの仕事はほとんど見守るだけで、その気になれば、せわしなく動き回る牧羊犬に仕事を任せて、自身はのんびり昼寝していても何とかなるほどだ。

 と、言っている傍からミルカはさっそく木陰の下に腰を下ろし、やけにいい姿勢のまま寝始めてしまう。

 リーズがいようと、仮にアーシェラがいようとも、自分の行動を直そうとしないミルカに、リーズとミーナは苦笑いするほかなかった。


「でもまぁ、お姉ちゃんもやるときはしっかりやってくれるから、リーズお姉ちゃんがいるときくらい寝かせてあげてもいいのかもね」

「ふふふっ、なんだかんだ言って、ミルカさんもミーナちゃんのことを信用してるからね」


 魔獣に襲われる心配さえなければ、羊の放牧はとても楽な仕事だ。

 ミルカがサボっているのも、いざとなったらすぐに羊と妹を守れるという自信があるからで、

この仕事が嫌いというわけではなさそうだ。

 これが大きな町とかだと、いくら仕事の成果をきっちり上げても、仕事の態度が悪ければ怒られるだろうが、のどかな開拓村では仕事に追われながら生活する必要はない。そんな自由気ままな生活が、リーズはとても気に入っている。


「じゃあリーズお姉ちゃん、今日も冒険のお話聞かせてほしいな~」

「うんっ、いいよミーナちゃん。前は夏でも寒い洞窟の中に入った時のお話だったから、今日はね――――」


 リーズはミーナとともに、居眠りをするミルカの近くにあった手ごろな岩の上に腰かけると、かつて冒険者としてあちらこちらに行った時の話をミーナ相手に語って聞かせた。

 ミーナは、リーズが体験した冒険物語を聞くのが大好きで、一緒に羊の放牧をしている時はよくこうしてリーズに話をねだる。それに対してリーズも、かつて冒険をしていた頃の話を丁寧に語ってあげていた。

 話の内容は若干アーシェラを美化しているところもあったが、おおむねリーズが体験した記憶に沿って、楽しかったことも辛かったことも、成功した話も失敗した話も、臨場感のある口調で語られた。

 リーズに話し方がかなり面白いせいか、すぐそばで聴いているミーナはもちろんのこと、木陰で寝転がっているはずのミルカも内容が気になるらしく、ひそかに聞き耳を立てて、寝返りを打つことすらしない。


「それでねっ、塩を取りに行くための塩がないからって言われて、リーズたちが代わりに取りに行くことになったんだけど…………あっ、あの羊が群れからはぐれそう! 戻さなきゃ!」

「ほ、本当だ~っ! シルル~、そっちっちゃダメ~、戻ってきて~!」


 もちろん、話ばかりをして仕事をすっぽかしているわけではなく、時折羊が遠くに移動しそうになると、話を中断してはぐれる前に急いで引き戻しにいく。

 また、先日も同じくリーズが放牧の手伝いをしていた際は、羊の群れを狙った肉食魔獣が襲ってきたのを撃退したこともあった。

 

 羊が群れからはぐれないように見張りつつ、かつての冒険の話をしていると、時間はあっという間に過ぎていく。さらに今の季節は陽がかなり短くなってきていて、一つの話を終えるころには、太陽が山の少し上あたりまで下りて来ていた。

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