日課

 朝食をたっぷりと食べたリーズは、アーシェラが食器の片付けと洗濯をしている間に、武器と防具の手入れを行う。そして、水洗いを終えた洗濯物を二人で手分けして物干しに干し終えると、家の裏から出て少し離れた場所にある薬草畑に足を運んだ。


「うんうん、よく育ってる! 昨日は村の外に出てて面倒見てあげられなかったから、今日はしっかりやらなきゃっ!」

「今の時期は雑草がそこまで育たないから、そこまで頻繁に面倒見なくて大丈夫だけど、育てていると愛着がわくから、出来るだけ面倒見たくなるよね」


 青々と生い茂る薬草畑の中で、如雨露で水を撒くリーズ。彼女の真っ紅な髪の毛は、緑と茶色で彩られたこの場所でとてもよく映える。

 アーシェラも、畑の中にいるリーズの姿を絵にして残したいと何度も思ったくらいだ。


 この畑で育てている薬草は、別に高級なものでも希少なものでもなく、森などに行けばそこら中に生えている効能も、傷に直接塗ればそれなりによく効くのと、飲めば体調不良が治りやすい程度。おまけに、直接口にするととても苦い。

 よって、そこまで真剣に育てる必要性がないように感じるかもしれないが……アーシェラは将来的に品種改良したり、もっと適切な植物を育てるその前段階として、こうして実験的に畑を作っている。

 魔神王に滅ぼされた文明がまだこの地にあった頃――――何が育てられていたのかを示す資料が散逸してしまったので、アーシェラをはじめとする村人たちは、今でも毎日が手探りなのだ。


 生育が早い薬草の木は、一度育つと何ヵ所か葉っぱを毟っても、すぐに新しい葉が生え始める。

 水を撒き終え、少し雑草を間引き終えたリーズは、ふと何か思い出したかのように、十分な大きさに育った葉っぱを一枚摘み取った。


「ねぇシェラ、リーズに初めてこの畑を見せてくれた時のこと、覚えてる?」

「初めて畑を見せたときのこと……ああ、よく覚えてるよ」


 リーズがアーシェラの家に来た日の翌日、村の中にある場所で初めて案内されたのがこの畑だった。

 アーシェラの日課に付き合う形でこの畑に来たリーズだったが、その次の日には早くもアーシェラの農作業を手伝い始め、今日にいたるまでアーシェラが畑に行く日は欠かさず一緒についてきていた。


「二人で冒険者の頃の思い出を語って、そのあと僕がリーズの口に薬草の葉を―――――」

「隙ありっ♪」

「むぐっ!?」


 リーズが突然、薬草の葉をアーシェラの口に差し込んだ。

 いたずらっ子のような表情で笑うリーズに対し、アーシェラはそのまま口の中で葉を半分かみ切ってしまい…………たちまち口の中に広がる青臭さと苦みに悶えた。


「ちょっ……リーズ!? いきなり……っ! うぅ、やっぱ苦っ」

「えっへへ~、あの時のお返し、まだしてなかったよねっ! 涙目になってるシェラの顔、かわいいっ!」

「あのね、リーズ……。可愛いって……」

「まあまあ、あの時はシェラも一緒に食べてくれたでしょ。だからリーズも―――」


 リーズの手に残ったもう半分の薬草を、リーズはためらいもなく口に含む。

 すさまじい苦みがリーズの口の中を駆け巡り、彼女は青い顔をしながら「うっ」と手で口元を抑えた。


「や、やっぱりにがぁいっ!」

「そんな……なにもリーズまでわざわざ苦い思いをする必要はないのに……」

「えうぅ~……だってあの時は、シェラだってリーズに葉っぱをかじらせた後、自分も食べてたでしょっ。リーズね、あの時シェラと間接キスしてるって、すごくドキドキしたんだからっ!」

「間接キスかぁ。言われてみれば確かにそうだった」


 リーズが初めて薬草畑に来たとき、アーシェラはリーズに「普通の薬草より苦くない」と言って、リーズに薬草の葉を齧らせた。

 珍しくアーシェラにほとんど騙される形で苦いものを食べさせられたリーズは、涙目になってアーシェラに抗議しようとしたが…………アーシェラもまた、リーズが齧った後の残りを自ら口に含んでいた。それを見たリーズは、アーシェラへの抗議の気持ちが一気に消え、アーシェラがわざわざ自分と同じ苦みを味わったことと、リーズの唾液が付いたものを何の抵抗もなく口に入れたことに衝撃を受けたのだった。

 ただ、アーシェラはリーズの方を見ていなかったので、リーズが顔を真っ赤にしていることに気が付かなかったようだ。


「そう考えると……リーズと間接キスかぁ。今更だけど、ちょっと恥ずかしいね……」

「でも今はリーズとシェラはいつでもだもんねっ♪ 間接キスだけじゃ物足りないよねっ!」


 物足りないのはリーズの方じゃないかな、とアーシェラは心の中で苦笑する。けれども、なんだかんだ言ってアーシェラも、今更間接キス程度ではそこまで悶々としないことも確かだった。


「じゃあリーズ、口直しに君の甘い口づけが欲しいな……なんて」

「えへへ、今のシェラの言葉、なんだかお芝居みたいでちょっとドキッとした♪ んっ……♪」


 誰も見ていない薬草畑の真ん中で、リーズとアーシェラは口づけを交わした――――――


 余談ではあるが、後年この地で栽培される薬草や茶は、品種改良により苦みが少なく、蜂蜜などに付けなくても甘い香りがすることで有名になる。

 その不思議な甘さが付いた原因は、アーシェラとリーズが甘すぎる夫婦生活を送ったことで、作物に砂糖が蓄積されたからだという伝説が、まことしやかに語られ続けることになる。

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