笑顔
リーズが朝の鍛錬で森を跳ね回っている頃、家の台所ではアーシェラの手に握られたフライパンの上では、ひき肉の塊が跳ね回っていた。
特製ソースを纏いながら踊るハンバーグは……まるで、作り手であるアーシェラの心のウキウキを代わりに表すかのようだ。うまく焼けている証になる香ばしい匂いが、より一層アーシェラのテンションを高めていく。
「うん、今日もよくできてる。リーズにも絶対おいしく食べてもらえるね♪」
朝の鍛錬で限界まで腹ペコになったリーズが、満面の笑みで自分の作ったハンバーグを食べるのを想像するだけで、アーシェラはとても幸せな気分になれた。
あれほどまでにアーシェラの料理をおいしそうに食べてくれる人は、後にも先にもリーズしかいないだろう。いや、もしアーシェラとリーズの間に子供が生まれたら、同率に並ぶ存在も現れるかもしれないが…………彼にとって、少なくとも今は、愛するリーズの為に腕を振るえることがとても嬉しかった。
「リーズがこの村に来てから…………まだ一か月とちょっとしか経ってないんだっけ? それなのに、一人でご飯を作って食べていた頃が、遠い日のように思える。ふふっ、なんでだろうな……」
ハンバーグを焼きつつ、隣の竈で煮込んでいるカボチャと秋野菜のスープにも目を通す。こちらも、具がちょうどいい具合に煮立ってきていて、甘くまろやかな湯気を立てている。
そのまま飲んでももちろんおいしいが、硬くなったパンを浸して食べれば、より一層おいしく食べられるはずだ。
かつて彼が一人で暮らしていた頃は、朝食も夕食も、たまに村民にふるまう以外は自分で消費するだけの生活だったので、あまり凝ったものはそう頻繁には作らなかったし、メニューで悩むということもほとんどなかった。
それでも――――アーシェラはリーズへの未練を捨て切れていなかったせいで、作るものは自然にリーズの好きな物ばかりになっていた。
リーズともう二度と会えないと覚悟していたのに、自然に頭に思い浮かぶのは、自分がおいしく食べられるかではなく、リーズが喜ぶかということだけ。つい最近まで、自分がどんな食べ物が好きかということすら忘れていたというのだから、いかに心が荒んでいたかがよくわかる。
そんな思いがあったからこそ、リーズの為に料理を作り、リーズが喜ぶ顔を見ることが、アーシェラにとっては毎日の楽しみの一つになっているのだ。
「シェラ、ただいまーっ!! 朝ごはんできた~?」
「おっ、嗅ぎつけてきたみたい。お帰り、リーズ。ちょうど今できたところだから、手を洗った後お皿を用意してくれるかな?」
「うんっ! でもその前に見てシェラっ! ブロスさんとゆりしーからこれ貰っちゃった!」
「ウサギを1羽丸ごとくれたのか! じゃあこれは今日の夕飯に使おう。あとで下ごしらえしておかなくちゃね」
「えっへへ~、どんなお料理にしてくれるのか楽しみっ!」
メインメニューが両方完成したちょうどその時、朝ごはんの匂いを嗅ぎつけてきた腹ぺこリーズが、飛び込むように玄関から入ってきた。
手にはブロス夫妻から貰った野ウサギを掴んでいて、それをアーシェラに渡した。アーシェラはさっそく夕飯でウサギの肉を使ってくれるという。今から朝食なのに、リーズは俄然夕食が楽しみになってきた。
汗びっしょりなうえに、手がそれなりに汚れてしまっているリーズは、台所の勝手口から一度外に出て手と顔を洗う。汗をぬぐってさっぱりしたら台所に戻って、アーシェラの料理をよそう食器を、ルンルン気分で取り出し始めた。
リーズが取り出したのは、彼女が一番気に入っている木製食器だ。一見すると何の変哲もない質素な食器だが、これにアーシェラの料理を盛ると、途端に不思議なほど見栄えが良くなる。
表面に大胆にベーコンが巻かれた特性のハンバーグ、野菜がゴロゴロ入った黄色いカボチャスープをはじめ、常備菜のマリネサラダやウサギ形に切られたリンゴが次々と食卓に並び、最後に真ん中に黒パンの入ったバケットを置けば、朝の食卓の完成だ。
「わはぁ……こうして並ぶと、とってもおいしそう……!」
普通の人には、少し品数の多い朝食風景にしか見えないだろうが、今のリーズにとってみれば、王国で供される豪華な宮廷料理すらもかすんで見えることだろう。
そして……リーズのお腹も我慢できないのか、キューっとかわいらしい声で悲鳴を上げた。
「あ、あうぅ……ごめんシェラ」
「いいよいいよ、待ちきれなかったんだね♪ 飲み物も用意できたし、すぐに食べようか!」
「えっへへぇ~いただきまぁすっ!!」
「ふふっ、たっぷり召し上がれ♪」
こうして、待ちに待った朝食の時間が始まった。
リーズはまず、ベーコンが巻かれたアツアツのハンバーグを豪快に切り分け、大きく口を開けて一気に頬張った。ソースでふわっと包まれた肉の中から肉汁があふれ、噛むたびに口いっぱいに広がっていく。大好物のハンバーグは、いつだって……リーズを幸せでいっぱいにしてくれる。そして表情も、トロっとした笑顔に変わっていく。
「んん~! おいひっ♪」
「よかった。今日も僕が作った料理で、その顔を見ることができて……僕は幸せだ」
「リーズも……毎日シェラのご飯が食べられることが、とっても嬉しいのっ!」
作った側が食べるのを見て幸せを感じる以上に、食べるリーズの幸福感もとても大きかった。
黒パンをかじりながら、スープですくって食べるカボチャのスープも、アーシェラの優しさがたっぷりしみ込んだ味が、空腹の胃に染み渡る…………さっきまでのハードな訓練でお腹を空かせてきたかいがあったようだ。
「ところでシェラ、さっき貰ってきたウサギなんだけど。あれ、ブロスさんとゆりしーが作った罠にかかった獲物なんだって! 珍しく二匹もかかったって、とても喜んでたよ」
「ほほう、新しい罠が安定してきたみたいだね。これからが楽しみだ」
こうしてリーズとアーシェラは、とめどない会話を楽しみつつ、のどかで素敵な朝食を満喫した。
新婚夫婦の一日はまだ始まったばかりだ。
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