⑤ 5/8 つながる手
「千乃さんの気持ち、とってもよくわかります。好きですって言葉がほしいですよね。中山さん、千乃さんをよろしくお願いします。ちゃんと告白してください」
笑いすぎてにじんだ涙をぬぐい、菜花は立ち上がった。すると良雄も立ち上がる。
「大石さん、本当に、あの……なんて言ったらいいのか。ありがとうございますと、すみませんでしたがごちゃ混ぜで」
「じつは、すでに好きな人がいるので気にしないでください」
「えっ」
「それじゃ、お幸せに」
軽く手を振って別れた。良雄と次に会うときは、ふたりの結婚式かもしれない。そう考えるとまた笑みがこぼれる。
軽い足取りでカフェレストランを出てからは、薄暗いロビーを真っ直ぐ進む。自動販売機が並ぶ
緊張がとけてふぅっと大きく息を吐いたとき、「あれのどこが復讐だ」と頭上から司の声がふってきた。
「女々しいとか、マザコン気質とか。大嘘をつきましたよ。本人を目の前にして」
「もっとドロドロした女の争いを期待していたんだが」
「テレビドラマの見過ぎです」
「俺があそこにいた意味あるの?」
「千乃さんと大喧嘩になる可能性があったから、池田さんなら止めてくれるでしょう。それより仕事に戻らなくていいんですか?」
「よくない。あれで気分は晴れたのか」
「すっきりしました。中山さんはものすごく困ってたし、千乃さんも顔を真っ赤にして楽しかったです」
満足そうに顔をほころばせていると、司は荒々しく菜花の横へ座った。
「こっちは、時間を無駄にした」
「仕方ないでしょう。中山さんと千乃さんをくっつける協力をしてくださいと頼んで、協力してくれますか? この忙しい時期に」
「絶対に協力しない。くだらなさすぎる」
疲れ切った声をしているが、どこかホッとしたような表情も見せてくれる。それが嬉しくて菜花はほほ笑んだ。
「わたし、少しわかったんです。男の人が魔法使いなら、女の人は……というか、わたしがなんになっていくのか」
「三十歳になっても童貞なら魔法使い、処女ならなんになるって、話?」
「もうちょっとオブラートに包んで話せませんか。恥ずかしい」
「そっちが言い出したんだろ」
「はい、はい、そうでした。それじゃ、黙って聞いてください。きっとわたしは、縁結びの神様になります」
司は瞬きをくり返した。だから「またわけのわからないことを」と言われる前に、話を続ける。
「千乃さんと中山さんの赤い糸が見えたんです。わたしはこのまま独身だけど、世話好きなおばさんになっていくような。誰かと誰かの縁を結ぶのが面白くて。次の派遣先は結婚相談所とかブライダル関係にしてもらおうかな」
「次の派遣先?」
「六月末で三年になるので、また別の派遣先に」
「そうか、あと少しなんだな。神社にはいつでも来いよ。にぎやかな連中が待ってるから」
菜花はうなずいた。いつもならここで縁が切れる。また会おうと言って、二度と会わない人ばかり。それに慣れて、当たり前にして、平気なふりをしてきた。
「池田さん、やっぱりあの神社には縁結びの神様がいましたよ」
「どうして?」
「縁って、なにかがはじまる切っ掛けのようなものだから、あの神社に通ってからはじまりだらけなんです。あとは縁をつなぐのも、切るのも自分次第。いままですぐにあきらめて手放していたけど、わたしが大切にしたいと思えば切れない気がします」
晴れやかな顔をして立ち上がり、菜花は手を差し出した。
「次は、試飲会ですね。絶対に成功させましょう」
「失敗するわけないだろ」
ニッと自信に満ちた笑みを浮かべて、司は菜花の手を握る。小さくてやわらかい手は、強く握ると壊れてしまいそうだったが手から手へ。確実に伝わる温もりが互いの心を引き寄せていた。
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