③ 5/8 本音を語れ!
「良雄、どうしたの? 元気ないな。男ならビシッと胸張って」
「いや、それが……。僕は……大石さんに……」
ますます青ざめていく顔。それでも懸命に唇を励まして、声を絞り出している。菜花がこれまでのことを話す前に謝る。そう決めていても、千乃に嫌われるのが怖くて額に汗が。水を飲んでものどがカラカラで痛い。
なにも知らない千乃はあまりにも良雄の様子がおかしいので、助けを求める視線を菜花に向けた。
――もう限界だな。
崖っぷちに追いやられた良雄を眺めていた菜花は、足を組んで胸を張った。
「千乃さん、せっかく中川さんを紹介してくれたのに、ごめんなさい。わたしには、合わないわ」
「えっ、どうして。良雄はいい奴だよ」
「ちょうどいい機会だから、千乃さんにも聞いてもらおうかなぁ。どうしようかなぁ」
恩着せがましい言い方をしながら、楽しむような視線を良雄に投げる。すると、良雄の瞳がゆれた。怯える子犬みたいな目をして、それだけは勘弁してくださいと訴えている。普段の菜花ならここでストップしていたが、目を閉じた。でもすぐに目を開けて、大きく息を吸い込む。
「中山さんって、優柔不断なんですよね。マザコン気質もあって、ほんと、疲れちゃう。男らしくないし、わたしの後ろをついて歩くんですよ。おまえは付き人かよって、笑っちゃいました」
ケタケタと笑いながら話すと、良雄は呆然とした。菜花とふたりで会ったのは二回だけ。優柔不断なところを見せた覚えがない。後ろをついて歩いたこともない。
何度も瞬きをくり返しながら予想外のことに戸惑っていると、千乃がテーブルを叩いた。
「ちょっと菜花、本人を目の前にしてそれは言い過ぎなんじゃないの? 良雄はマザコンじゃないよ。優柔不断なのもやさしいから。まあ、確かに内気なところがあるから男らしく見えないかも知れないけど、出会ってまだ数週間なのにひどくない?」
「ひどくないよ。本当のことだもん。童顔で、頼りなくて、女々しくて。わたしはもっと堂々としてる、強い人が好きかな」
「童顔なのは関係ないでしょう。これでも良雄は頼りになるし、女々しくない。菜花は知らないと思うけど、いつもやさしく見守って――」
菜花は静かに話を聞いている。千乃はハッと顔を強張らせて、前のめりになった身体をもとに戻した。
「大好きな人を貶されて、ムカつきましたか?」
「いや、いや、いや、そんなわけないでしょう。あたし三十二歳よ。良雄より五歳も年上なのよ」
「中山さんは歳のことなんて、まったく気にしていませんよ」
「えっ? なに言ってんの」
戸惑いながら横に座っている良雄を見ると、羞恥の色が耳たぶまで真っ赤に染めている。ただごとではない様子に戸惑いの色をさらに濃くしたが、千乃は頭と両手をぶんぶん振って菜花の言葉を否定した。
「ちょっと、意味がわからない。良雄と菜花は付き合ってるんでしょう?」
「付き合ってませんよ。だって中山さん、他に好きな人がいるから」
「なにそれ。良雄、どういうこと? 菜花のことが気に入ったって」
良雄は完全にうつむいて、黙り込んでしまった。見かねた菜花はスマホを取り出す。
「中山さん、わたしに送ったメッセージの中で、千乃さんのことを書いてましたよね。それを伝えてください」
「えっ、でも……」
怯えた子犬の顔から、 え? え? え? と激しく狼狽えている。ちょっと可哀想に感じたけど、冷ややかな視線を良雄にぶつけた。
「それじゃ選ばせてあげる。いまここで自分の口から話すか、わたしがこれを読みあげるか」
「やめてください!」
「それじゃ、どうぞ」
メッセージには千乃への想い、弟扱いされる苦しさ、結婚のことも書いてあった。幼い頃から一途に想い続けた気持ちが素直にあふれて、くすぐったくなるような内容だった。
このメッセージをそのまま言葉にすれば、良雄の願いは叶う。千乃の小指と良雄の小指に結ばれた、運命の赤い糸。それが見えているのは菜花だけ。放っておけるはずがなかった。
「早くしてください」
「わかってます。僕も男ですから、はっきりさせます」
千乃さん、と半分裏返った声を上げて良雄は真剣な目をした。
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