② 5/8 いよいよ復讐のはじまりです
にこやかな笑顔のホールスタッフとしばらく話し込んでから、菜花は細かい指示を出してきた。
「池田さんはここ。十五番のボックス席に座ってください。昨日、朝食を食べた場所です。わたしは十四番。背中合わせになるようにお願いします。千乃さんたちがわたしの向かい側に座るので」
「千乃が俺に気付いたら?」
「大丈夫、絶対に気付きません。中山さんを先に呼んでいるので、千乃さんは中山さんしか見ません」
「自信たっぷりだな」
「あのふたりは両思いなんです。わたしに中山さんを紹介してくれた日、千乃さんはサングラスをしてました。あれは泣きはらした目と、中山さんへの気持ちを隠すためだったんです」
あまりにも冷静に語るので、司は違和感を覚えた。
「それを知ってて、これまでの経緯をぶちまけるのか? 中山って奴を困らせてふたりの仲を裂くつもりなら、失敗するぞ」
「わかってます」
わかってないだろ、と苛立つ声がのどもとまでせり上がってきたが、腕を組んで目を閉じた。五秒数えてから目を開き、不機嫌を凝縮した声を出す。
「千乃の勘違いからはじまったことだが、あいつは明日、大事な試飲会を控えている。あまりにもひどいようなら止めに入るぞ」
「構いませんよ。それじゃ、そろそろ時間なのでよろしくお願いします」
菜花は頭を下げてから十四番のボックス席へ向かう。その様子も納得できなくて険しい目をしたが、その目は大きく見開いた。
「おまえ、震えてるぞ。大丈夫か?」
菜花は唇を引き結んでうなずくと、細かく震える手を隠して席に着く。すると良雄がカフェレストランに飛び込んできた。
「大石さん、この前は本当に」
「急に呼び出してすみません。座ってください」
菜花は後方の司を隠すように立って、良雄を座らせた。
「お仕事中でしたか?」
「いえ、大丈夫です。溝口が僕の穴を埋めてくれたから」
菜花は溝口にもメッセージを送っていた。仕事で忙しい良雄がここに来られるように、協力してほしいと。だが溝口は、五月十日までゴールデンウィークを満喫する予定。難色を示してきたが、恵里奈にこれまでのことを全部バラすと脅したら手のひらを返してきた。いきなり協力的になって、なんでもするからそれだけは勘弁してくれと謝る。
恵里奈が溝口を選ぶ可能性はゼロなのに。
「中山さん、コーヒーを飲みますか? ここのコーヒーは」
「それより僕の話を聞いてください。スマホにも送りましたが」
「あれ? 良雄と菜花じゃん」
え、と思わず顔を上げた良雄から、瞬時に血の気が失せた。大きな丸い目がスタイリッシュなショートヘアーの千乃を捉えると、怯えの色をあらわにする。
「千乃さ……ん……」
そのあとの言葉は声にならず、恨みのこもったまなざしを菜花にぶつけてきた。
良雄は、誠心誠意を込めて謝罪しようと決めていたのに、話を聞いてくれない。それどころか千乃を呼んできた。
溝口があのひどい会話を恵里奈にバラされる。もうおしまいだと嘆いていたが、一番、傷ついているのは菜花。全部バラされても仕方がないと考えていたが、この場で話されるのはきつい。
「大石さん、そういうことだったんですね」
怒りで肩が震えた。それを止めるために良雄は奥歯を強く噛みしめて、太ももを鷲掴みにする。
良雄のただならない様子から、その心情が菜花にも伝わった。事情をまったく知らない千乃だけが、やたらと明るい声を出していた。
「おっと、ふたりが一緒にいるってことは、デートの真っ最中? お邪魔しちゃったかしら」
「千乃さんも座ってください」
「えー、邪魔しちゃ悪いよ」
「それじゃ、先に仕事の話をします。明日の試飲会ですが――」
仕事の話をはじめると、千乃はあわてて良雄の横へ座った。良雄はうつむいたまま視線を激しく泳がせている。しかし、ふたりが付き合っていると思い込んでいる千乃は、良雄の背中を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます