④ 4/24 助けてね

「正直に言うと、三ヶ月でやめると思ってた。私、うるさいでしょう。雑用ばかり押し付けるし、無理難題も丸投げするし。菜花の前にいた子なんて、数日で消えたわ」

「粘り強いのが取り柄なので」


 胸を張ったのに、鼻で笑われた。


「菜花はお人好しのバカよ。この先も心配だわ。悪い男に捕まって、ボロボロにされて、ポイッと捨てられそう」

「ひどいこと、言いますね」


 苦笑いをすると、ユウユは心底ふしぎそうな顔をした。菜花とまったく考え方が違うから、いまの言葉に悪意はない。本当のことを言ってなにが悪いの、と態度で示してくる。

 菜花の表情が曇ると今度は短いため息をついて、二、三度、首を横に振った。


「ねえ、菜花がピンチになったら助けてあげるから、私が困ってるとき、助けてくれる?」

「そりゃ、困っていたら助けますよ」


 即答したが、ユウユがピンチで困っているところなど、想像できない。でも、菜花の答えを聞いたユウユは、安堵の笑みを浮かべて「ありがとう」と。これから槍でも降ってくるんじゃないかと、びっくりした。


 ――なにか、おかしい。


 脳内に警鐘が鳴り響いた。絶対に、裏がある。じっとみつめて勘ぐったけど、それが失礼に思えてくるほどユウユは穏やか。やわらかい表情で「菜花はいい子だね」と褒めてくる。

 ちょっと胸の奥がじんと熱くなった。色々あったけど、菜花がスキルアップできたのはユウユのおかげ。やはりいい人だと肩の力を抜いたのに。 


「あれ?」


 今後の予定を確認している途中で、目を疑った。


「ユウユさん。明日、打ち合わせって……。土曜日ですよ」

「私は休みだから、お願いね」

「私だって土曜日は休みです」

「これも貴重な経験だから、がんばって。試飲会の成功を願ってるんでしょう。どんどん仕事を与えてあげるから、さらにスキルアップしなさい。よその会社に行っても、アカツキビールでの経験を活かしてね」

「うっ……」


 楽しみにしていた良雄とのデートが、消えていく。それだけは断固阻止したい。菜花は気合いを入れ直した。


「明日は、大事な用事があって出社できません」

「それじゃ、いまからマーケティング部の企画課へどうぞ。菜花は派遣だし、急なことで代わりがいないことを話せばわかってくれるかも」

「なるほど。それじゃ、ちょっと行ってきま……」


 立ち上がってから気が付いた。おそらく明日の会議は急な変更への謝罪と、今後の説明。謝罪となると、責任者の司が出てくる。「明日はデートなので、欠席します」など言えない。


「わたし、あの人、……苦手だ」

「誠実そうに見えるって言ってたじゃん」

「……言いましたけど、怖い……」

 

 それ以上、言葉が出なくてうつむいた。

 結婚を真剣に考えた女性がいたと知った日、ひどくおっかない顔で突き放された。余計な詮索をして嫌われたと思っていたのに、にこやかに笑ってくれた。そして司は、仕事にやりがいを感じている。千乃の話によると、欠点だらけの菜花でも、仕事ができるからそれなりに認めているらしい。


 せっかく良好な関係に戻ったのに、仕事よりも男を取れば間違いなく軽蔑される。でも、明日は――。

 究極の選択に目を閉じて考えていると、ユウユが珍しくいいことを言った。


「千乃さんに頼めば? 池田さんと同期で仲がいいみたいだし、マーケティング部企画課の要だから、話もスムーズに通るんじゃないの?」

「おぉっ、そうします。ぜひ、そうしてください。お願いします‼」

「了解。内線、つなぐから、ちょっと待ってて」


 素晴らしい名案を提示してくれたユウユに感謝したけど、どこか胸がつかえるような思いを抱く。


「千乃さんがマーケティング部企画課の要だってことは……。すごい人なんですね」

「池田さんが表でガンガン突っ走るから、千乃さんが裏でしっかり支えてるみたい」

「へぇー、詳しいんですね」


 何気ないひと言だったのに、ユウユの顔色が変わる。


「詳しくなんかないわよ。菜花が物事を知らないだけ。ホント、派遣はお気楽でいいよね。やってらんない」


 急にプリプリ怒り出して、内線をつないでくれなかった。


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