③ 4/24 私は大嫌い

「ユウユさん、見てください、ここ。試飲会の会場はカフェレストランだけど、料理は別の場所でつくって提供ですよ。超、高級料理が並ぶんですか? 当日も参加させてください」


 先日、良雄とはじめて入った、ちょっとお高いカフェレストラン。それとは別に、緑まぶしい庭園を楽しみながら食事ができる、さらに高級なレストランがあった。

 菜花のような庶民が足を踏み入れてしまったら、最後。値段の高さに卒倒してしまう場所。そこの料理が食べられるかもしれない。瞳をキラキラと輝かせたのに、ユウユは路肩のゴミくずでも見るような視線をぶつけてきた。


「いいけど、どうせ総務は準備と片付けで終わり。飲食できないから、よだれ、こぼさないでよ」

「こ、こぼしませんよ」

「そうだ。今度一緒に、高い方のレストランに行ってみる? もちろん割り勘で」

「割り勘でも無理……です。すみません」

「そうなの? 派遣って、いくらもらってるの?」

「それは言えません。でも試飲会、楽しみですね」

「ふん、それじゃこれも、お願いするわ」


 ドサッと資料が増えた。


「前日、当日の流れ。総務はいつも振り回されるから、なにが起きても対処できるように、しっかり流れをつかんで。使いそうな備品の確保も、頼んだわよ」

「わかりました!」


 元気良く返事をして、新しい資料に目を通す。張り切る菜花を見て、ユウユは珍しく表情をゆるめた。


「前から思ってたんだけど、そんなに雑用が好きなの?」

「雑用が好きというより、試飲会がうまくいけば商品になるんでしょう。それが楽しみなんです。発売前の商品に関われる機会なんて、もうないと思いますし。貴重な経験です」

「ふうん、私はこの仕事、大嫌い。菜花は知ってる? 他の部署から総務がなんて呼ばれているか」

「お金を生み出さない部署でしたっけ。商品開発で会社に貢献したり、営業で売り上げを伸ばしたりしないから」

「そう、それ。ものすっごく見下されてるようでイヤなの」

「でも総務がいないと、仕事に集中できませんよ。陰で総務が支えているから、各部署の業務がスムーズに運営できるんですよ」


 その言葉にユウユは顔を曇らせた。そして天井を仰いでから、菜花の顔を真っ直ぐ見つめた。


「他人の喜びを、自分のことのように捉えることができる人なら、きっとやりがいのある仕事なんでしょうね」

「社内イベントが大盛況に終わったときとか、大きな達成感がありますね。次の試飲会も成功するといいですね」

「呆れた。私は総務の仕事が大嫌いだって言ってるのに。あーあ、結婚しても長く続けられる部署だから最初は喜んだのに、つまらない仕事ばっかりでイヤになる」


 凝り固まった肩を回して、ユウユは仕事の愚痴を続けた。

 面倒ごとがあると「とりあえず、総務に持っていけ」なので、確かに大変なことだらけ。「直接、担当者に聞いて!」と、叫びたくなることもしばしば。

 書類の作成や、備品の発注、設備の不具合を突然報告してくる人もいる。「もっと早くに言ってよ!」って、やけ酒をあおることもあった。でも、ありがとうの言葉も多い。


 いくつかの会社を渡り歩いた菜花にとって、アカツキビールはやりがいのある仕事が多い。でもそれは三年という期限があるから。新卒からずっとここにいると、ユウユみたいな気持ちになるのか。ぼんやり考えてみても、答えは同じ。やはり正社員で働くユウユが羨ましい。それでも、アカツキビールのような大企業に派遣されたメリットは、大きかった。


 派遣社員は直接企業に雇用される訳じゃないのに、しっかりした研修があって、法令順守。請け負った仕事を締め切りまでに終わらせるスケジュール管理能力が身についた。多種多様な仕事が舞い込んでくるから、臨機応変な対応もうまくなった。

 残業が少なくて、退社時間をコントロールしやすいのもありがたい。問題があるとすれば給料の低さと、正社員への道が厳しいこと。間違いなく三年でさようなら。


「株主総会が終われば、また別の会社かぁ」


 悲しみに沈んだ声を発すると、ユウユが目を丸くした。


「あら、もうちょっとでいなくなるのね」

「嬉しいですか?」


 冗談っぽく聞いてみた。するとユウユは苦々しい顔をして、本音を語りはじめる。

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